第2話 入団テスト

 灰色の雲が低く垂れ込め、街全体が不穏な空気に包まれていた。その中で、一人の少年が歩みを進めていた。


 エリオ・グレイス。16歳。

 目深にフードをかぶり、表情を隠したその少年の目は周囲のざわめきをものともせず、ただ前方にある巨大な建物に向けられていた。


「ここが、リバレイトのテスト会場か…」


 目の前に立ちはだかるのは、荊に覆われた巨大図書館の調査拠点の一つ。その一角で、リバレイトの入団試験が行われている。


 エリオの胸は高鳴っていた。

 父と母が果たせなかった「物語の住人たち」との決着。その意志を継ぐため、彼はこの場所に立っている。


 無機質なコンクリートの壁に囲まれた広場には、同じように試験を受ける者たちが集まっていた。男女問わず、どこか緊張した面持ちで試験の開始を待っている。


「これ全部受験者か?」


 受験者はざっと見て千人程度は集まっていた。

 エリオは集まった受験者たちを見渡し、わずかに眉をひそめた。

 自分と同じ年頃の者から、明らかに経験豊富そうな大人まで様々だ。彼らの視線には緊張だけでなく、時折鋭い競争心も混じっている。


「まぁ、ここに来るからにはそれなりに覚悟があるんだろうけどな…」


 小さく息を吐き、エリオは自分の心を落ち着けようとする。

 一際大きな声が会場に響いた。


「静粛に!これよりリバレイト入団試験を開始する!その前に…」


 威厳のある声を放ったのは、試験官と思われる壮年の男性。鋭い目つきで集まった者たちを一瞥すると、冷酷な笑みを浮かべた。


「貴様らがどのような目的で試験を受けに来たのかは知らんが、憧れや力試し、報酬目的で来た死ぬ覚悟が無いやつは直ちに帰れ」


 その言葉に会場は一瞬静まり返った。

 試験管の厳しい視線が集まった受験者たちを貫くように走る。誰一人として動こうとする者はいない。


「いいだろう。ならば、その覚悟が本物かどうか試してやる。」


 試験官はそう言うと、背後に控えていた部下に合図を送った。

 部下たちは素早く何かの装置を操作し始める。次の瞬間、会場の床がわずかに振動し、周囲に配置された鉄製のゲートが重々しい音を立てて開いた。


「これより最初の試験を開始する!受験者全員、ゲートを抜けて指定されたエリアに向かえ!」


 受験者たちが一斉に動き出す中、エリオもゲートの方へ歩き始める。


 会場には十箇所のゲートが設置されており、受験者たちはそれぞれランダムに割り振られたゲートへ向かうことになった。一つのゲートを通る受験者の数は約百人。


 ゲートの向こうには薄暗い通路が続いており、その奥からは機械音や人々のざわめきが響いている。


「最初の試験……一体何をさせられるんだ?」


 不安を押し殺しながらも、エリオは拳を握り締めた。その手のひらには、父と母の意志を継ぐ者としての覚悟が込められている。


 狭い通路を抜けると、そこに広がっていたのは広大な訓練エリアだった。


 各ゲートごとに異なる設定が施されているらしく、エリオが割り当てられたエリアは仮想現実空間となっており、荒れ果てた都市のような景観が広がっていた。

 壊れた建物や瓦礫がそこかしこに積み上がり、まるで戦場の跡地のようだ。


 エリア全体を見渡すように設置されたガラス張りの二階席。その中では、複数の試験官たちがモニターや書類に目を通しながら、エリア内の受験者たちの動きを監視していた。


「……ここで百人分の試験をやるのか。」


 エリオが周囲を見渡していると、突然スピーカーから威圧的な声が響いた。


「これより、エリア7の試験を開始する!全員、心して聞け!」


 その声に、受験者たちは一斉に耳を傾ける。


「試験内容は、敵の脅威から生き残ること。そして、エリア内に隠された特定の『制御キー』を探し出し、指定された地点に到達せよ。右一帯にリタイアエリアを設けている。継続不可能だと判断した者はリタイアしてもらって構わない。制限時間は30分。それを超えた者、あるいは敵に無力化された者、無論、リタイアした者は即失格だ!」


 その説明が終わるや否や、エリア内の至るところから機械的な音が鳴り響き始めた。

 鋭い爪や武装を備えた機械兵器が次々と地面や瓦礫から姿を現し、受験者たちに向かって動き出す。


「くそ……いきなりこれかよ。」


 受験者たちの中には早々に叫び声を上げる者もいたが、エリオは素早く周囲を確認し、瓦礫の陰に身を潜めた。

 誰もが自分の身を守ることで精一杯で、協力しようとする気配はない。

 

「制御キーを探せって話だが、この状況じゃ動くたびに見つかるな。」


 機械兵器は鋭い感知能力を持っているらしく、音や動きを察知するとすぐさま追跡してくるようだ。

 エリオは慎重に呼吸を整え、少しずつ瓦礫の間を移動し始めた。


 息を潜め機械兵器の目をかいくぐり壊れた建物の一つに入った。

 建物は元は、会社のオフィスビルだったようだが、今は崩壊して廃墟と化している。

 割れたガラスや散乱するデスク、崩れた天井が荒廃した雰囲気をさらに強調している。エリオは慎重に足音を殺しながら内部を探索した。


「ここに何か手がかりがあるかもしれない…」


 建物内には、かつて使われていたであろう電子機器やロッカーが残されていた。


 その時、近くで機械音が聞こえた。エリオは慌てて机の下に身を潜める。機械兵器は建物の窓から侵入し、内部を巡回し始めた。


「まずいな…ここに長居はできない。」


 エリオは冷静に呼吸を整え、機械兵器の動きを観察した。機械兵器が一瞬背を向けた隙を狙い、静かに別の部屋へと移動する。

 その部屋には金庫が置かれており、扉が半ば開いているのが見えた。


「これか…?」


 金庫の中には小さなカードが一枚だけ残されていた。

 見た目は古びた金属製のカードのようなもので、鍵穴の模様が彫られている。


 エリオはカードをポケットにしまい、慎重に部屋を出た。

 機械兵器が再び動き出す音が近づいてきたが、エリオは素早く部屋を後にし、廊下を駆け抜ける。


「これで指定地まで辿りつけば一次試験は合格っと♪」


 金庫の中にあったカードが「制御キー」だと確信し、カードを手に次の目的地に向かって動き始めた。

 目的地は指定された地点、そこに制御キーを持ち込むことで試験をクリアできるという。しかし、エリア内にはまだ多くの機械兵器が徘徊しており、油断はできない。


「どんな仕掛けが待っているか分からないが、急がないと…」


 エリオは一度息を呑み、再び周囲を確認しながら、瓦礫を乗り越え、先へと進んだ。


「うわぁぁぁ!こっち来るな!俺はもうリタイアするんだ!!」


 西の方から恐怖に満ちた叫び声が響き渡ると、エリオは足を止めた。声の主は、機械兵器に追い詰められた一人の男性受験者だった。

 恐慌状態に陥ったその人物は、必死にリタイアエリアへと向かっていたが叫び声と足音に反応して、他の場所からも機械兵器が集まって来ていた。

 エリオの近くを彷徨いていた一体の機械兵器が男性に気付き向かっていく。


「ひっ...いやだ。誰か助けてくれ」


 前後から挟み込まれたことで男性の足は止まり、絶望的な表情を浮かべた。


「そこの人っ!しゃがめぇぇぇぇ」


 エリオの指示に従い、男性は反射的にしゃがみ込む。

 エリオは駆け出し、機械兵器が男性に迫る瞬間、背後から一気に力を込めて機械兵器を蹴り飛ばした。

 鈍い音が響き、機械兵器は空中に浮き上がった。次の瞬間、後ろから迫っていたもう他の機械兵器が背後で衝突し、ガチンという金属音とともにバランスを崩して倒れた。


 「リタイアエリアまではあと100メートルだ。早く行け!」


 エリオは男性と機械兵器の間に立ちリタイアエリアを指差した。

 その先には安全な区域が見え、遠くの方にリタイアを求める他の受験者たちの姿も見える。

 男性は、信じられない様子でエリオを見つめながらも、その指示に従い、すぐに立ち上がり走り出す。


「ありがとう…本当にありがとう!」


 男性は感謝の言葉を叫びながら、必死に足を速めリタイアエリアへと向かった。


 集まった機械兵器は五体、うち、二体は未だ倒れている。頭上から機械兵器の鋭い爪が振り下ろされた。

 その鋭い動きに反応し、エリオは瞬時に後方へ跳び退いた。


「早くしないと倒れてる二体も起き上がってくるな」


 エリオは冷静に状況を把握しながら、再び迫ってくる三体の機械兵器を睨みつけた。瓦礫が散乱した足場の悪いエリアでの戦いは、機動力に長けた自分にとっても不利な状況だ。

 エリオは周囲を素早く見渡し、瓦礫の中に倒れている鉄製の棒を発見した。それを手に取り、勢いよく握り締める。


「これで少しは戦いやすくなるか…!」


 一体目の機械兵器が鋭い爪を振り下ろしてきた瞬間、エリオは体を低く屈め、爪をかわしながら鉄棒を機械兵器の関節部分に叩きつけた。鋭い金属音とともに、関節が軋む。


「よし、手応えあり!」


 関節が一瞬止まった隙を突き、エリオは力強く蹴りを放つ。

 その衝撃で機械兵器は後方へ大きく吹き飛ばされ、瓦礫の山に激突して動きを止めた。


 残る二体の機械兵器がエリオを挟むように同時に襲いかかった。エリオは咄嗟に倒れていた機械兵器の残骸を盾代わりに使い、一体の攻撃を防ぐ。


「一気に決めるッ!」


 そのまま力を込めて残骸を押し返し、近づいてきたもう一体の機械兵器にぶつける形で突進する。二体は衝突の衝撃で一時的に動きを止めた。

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