雪音の森

@kyarintou

第1話

 深い雪に覆われた森の中。木々に積もった白銀の世界は、ただ静かに、まるで全ての時間を止めてしまったかのようだった。その森の入り口に立つ青年、清水陽介は、足元を踏みしめながら奥へと進んでいた。彼がここへ来たのは、都会の喧騒と仕事の疲れから逃れるためだった。


 陽介は広告代理店に勤める30歳の男性だった。数年前、クリエイティブな仕事がやりたくて業界に飛び込んだものの、締め切りに追われ、周囲との競争に押しつぶされる日々が続いていた。家に帰っても仕事のことが頭を離れず、眠れない夜が増え、気がつけば心が擦り減っていた。


 そんな陽介がたどり着いたのが、この「雪音の森」という場所だった。学生時代の友人がすすめてくれた、人里離れた静かな山奥の宿で、名前の由来は「雪の降る音が聞こえるほど静かな森」から来ているらしい。


 森を歩くうち、ふと陽介は小さな小道を見つけた。自然と足がそちらへ向かい、雪を踏む音だけが耳に響く。木々の間から差し込む柔らかな光が、冷たい空気を少しだけ温かく感じさせた。その時、不意にどこからか鈴の音が聞こえた。


 陽介は立ち止まり、耳を澄ませる。「誰かいるのか…?」。だが、答えはない。ただ、雪の中を進むと、音は徐々に近づいてきた。そして森の奥にぽつんと佇む一軒の小屋が見えた。


 小屋の前には、一人の女性が立っていた。彼女は深い緑色のマフラーを巻き、白い息を吐きながら陽介を見つめている。


「こんにちは。」彼女の声は静かで穏やかだった。

「…こんにちは。すみません、迷い込んでしまったようです。」陽介は少し戸惑いながら答えた。

「いいえ、ここに来る人はみんな『迷い』がきっかけなの。」女性はふっと笑った。そして続けた。「ここは、あなたが見つけたくて来た場所だから。」


 その言葉に、陽介の胸に何かが触れた気がした。


 彼女の名前は「雪乃」。森に住むという彼女との出会いが、陽介の心に少しずつ変化をもたらしていく。そして彼は、この森が持つ不思議な癒しの力と、忘れかけていた「本当の自分」を取り戻していくのだった。





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