FAKE OF YOU

エリー.ファー

FAKE OF YOU

 遠くでピアノの音が聞こえる。

 おそらく、何かの悲劇が生まれたのだろう。

 私はコーヒーを飲み、自分の立ち位置を確認する。

 さきほどまで、ここにはゾンビがいた。そのおかげで、地面はならされて平らになり歩きやすくなっている。

 もちろん、椅子もテーブルも起きやすい。

 私はコーヒーの香りを楽しむ。

 あたりは血の匂いが充満している。

 しかし、コーヒーのおかげで忘れることができる。

 別に、私はこの状況を居心地が悪いとは思っていないのだ。ほとんどの人が死に、意思を持たず本能によって歩くだけの肉となったが、私がそうではないのだから関係のない問題だ。

 私はまたも聞こえてくるピアノの音に耳を澄ませた。

 ジャズだった。

 好きなジャンルだ。

 移動しようかとも考えた。

 近くで聞けば、より心は満足してくるだろう。

 だが、もしかしたらゾンビがいるかもしれない。

 いや、ゾンビが演奏している可能性だってある。

 私の中に勇気はない。

 いや。

 私の中には怠惰が詰まっている。

 もう、やめよう。

 私の人生なんて、こんなものだ。

 だからこそ、生き残っているし、コーヒーを楽しむことができている。

 間もなく、ここには数えきれないほどの雪だるまが落ちて来る。

 そう、神様からの嫌がらせだ。

 私の正体が仏様であることに気が付いたから、ほんの少しでも、私を不快にさせたいのだろう。

 一般的な説として、神様と仏様は非常に中の悪い生き物である。お互いにとって、その言葉が、その生き方が、その信者が、その振る舞いが、邪悪そのものにしか見えない。

 仮に陽気な言葉が飛び交ったとしても、それは一瞬のことであり、そこから先に続く物語はジャズではなくクラシックということになる。

 ちなみに、神様はクラシックが好きなのだそうだ。

 一体、あんなジャンルのどこがいいのだろうか。肩が凝るような音楽に、未来などあるわけがない。分析など必要ない。そして、そこから先に、過去と未来を繋ぐ表現なんてものは存在しないのだ。

 悲しみに暮れている、私と私以外の存在にとって、ジャズドラマーの足音は福音そのものである。いつか、完全からほど遠い場所で聞くことができる、この地球の終末を告げるアルトサックスの叫び声は、いつまでも響き続けることだろう。

 あぁ。

 おそらく、神様は、アルトサックス、という表現も気に入らないのだろう。

 ヴァイオリンだろうか、それともコンバス、ティンパニ、いや、ヴィオラかも。

 いやいや、余り喋らない方がいいだろう。私のクラシック関係の知識のなさが露呈してしまう。

 音を聞いている時間が少しずつ長くなっていく。

 ピアノの音ではない。

 ゾンビたちのうめき声だ。

 また、私の体を求めて走って来る。

 あの汚い口を開いて、唾液を飛ばしてくるに違いない。

 ゾンビはきっと寂しいのだ。

 きっと、そうに違いない。

 私はもう一杯だけコーヒーのおかわりを淹れた。

 ちなみに、神様がコーヒーというものを世界に作り出したそうである。

 その点については、感謝しておかなければならない。

 私にとって、世界はコーヒーであり、コーヒーから見れば私はただの飲み干そうとする誰かに過ぎない。

 しかし。

 それがいいのだ。

 いつか、死ぬ、その瞬間まで。

 ただのコーヒー好きの仏様でいたいのだ。

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