第9話 儀式当日

 二日後。約束の日となり、智也は自分の家の玄関で立ち止まっていた。右手には懐中電灯を持っている。まだ外には出ていない。


 約束では午後六時までに神崎君の家の前で集合することになっている。だが、正直行きたくない。以前楔山に行ったときは昼間だったが、今回は夜だ。しかも、そこで人殺しを待ち受けなければならない。


 当然、親に本当のことを言えるわけもなく、今日は友達の家に泊まると嘘をついている。


 仮病でも使って休んでしまいたい。だが、そんなことをすれば神崎君に殺されるかもしれないし、そもそも神崎君と菅原君の連絡先を知らない。


 やはり行くしかないだろう。


 智也は決心をつけ、玄関の引戸を開けた。外はもう薄暗くなっている。時刻は17時半を過ぎているので、早く行かなければ約束の時間に遅れてしまう。


 後ろ手に戸を閉め、深呼吸をする。その時、電線に止まっていたカラスが大声で鳴いた。


「カァッ」


「ヒィッ」


 驚いて肩がびくつく。急いで玄関の戸を開け、家の中に逃げ帰った。カラスは不吉の象徴だ(たぶん)。これから自分の身に悪いことが起こる予兆なのだ。やはり行かない方が……。


 そう思っていると、自分の背後から、女の声が聞こえてきた。


「あ、あぁ、あ」


 苦しそうなうめき声だ。恐怖で身体が硬直する。明らかに家族の声ではない。自分の後ろに立つ女は、尚も苦しそうに声を出す。


「たす、け……て」


 間違いない。幽霊だ。どうして家の中に……。


 恐怖と混乱で頭がおかしくなりそうだった。おそらく自分に取り憑いてしまったのだろう。でもいつの間に?


 考えていても仕方が無い。とにかくどんな幽霊なのか確認しなければ。でも、振り向くのは怖い……。


 何もできずに立ち尽くしていると、後ろから女の両手が伸び、自分の目をおおった。そして苦しそうに言う。


「だ、だ、だぁぁれだ?」


 なんだこの幼稚なイタズラは。しかも、冷静になってみると、聞き覚えのある声だ。


「薰ちゃん、イタズラはやめてください」


「ピンポーン、正解」


 振り向くと、やはり薰ちゃんが立っていた。


「どうして僕の家が分かったんですか?」


「ああ、神崎君に言われて、学校の帰り道でキクっちゃんをストーキングしてたの。私の気配に気づかなかった?」


「僕としたことが。気づきませんでした」


 今日の帰りは楔山に行くことで頭がいっぱいだったので、後ろをつける薰ちゃんの気配にまで気が回らなかった。


「でね、どうせキクっちゃんは怖がって家から出てこないだろうから、無理やりにでも連れてこいって、神崎君が言うのよ」


 さすが神崎君だ。こうなることも既に読んでいたとは。しかも、霊感が無くとも、一方通行ではあるが薰ちゃんに何かを伝えることはできる。そのことに気つき、すぐさま利用してくるとは。


 智也は観念して返事をした。


「分かりました。行きますよ。だからもう怖がらせないでください。心臓がいくつあっても足りません」


「そうこなくっちゃ。ほら、さっさと行きましょ」


 薰ちゃんに背中を押されて家を出る。カゴに懐中電灯を入れ、自転車にまたがると、薰ちゃんが背中にしがみついてきた。


「ヒェッ、ちょっと、やめてくださいよ。くっつかないで怖い怖い怖い怖い」


「なんでよ。こうしないと私も自転車に乗れないでしょ。それとも、私だけ徒歩で行けっての? あといい加減私には慣れなさいよ。いつまで怖がってんの」


「僕だって怖がりたくて怖がってるわけじゃないんですもん……」


 智也はしぶしぶ薰ちゃんをおぶさりながら、自転車のペダルを踏んだ。


 ペダルを漕ぎながら、薰ちゃんに尋ねる。


「ねえ、薰ちゃんはずっと神崎君と一緒にいたんだよね」


「まあ、そうね」


「神崎君って、不良なの?」


「え? どういうこと?」


「日頃から悪い仲間とつるんで、弱い者イジメとかしてるんじゃない?」


「あははははは」薰ちゃんが大笑いして言った。「してないしてない。あいつ、いっつも道場で稽古ばっかりしてるよ。あんなにイケメンで、しかも若いのに。もったいないことしてるわ」


「やっぱりそうなんだ……」


 楔山での一日を通して、神崎君に抱く印象はかなり軟化なんかしていた。たしかに怖いところもあるが、弱い者イジメや犯罪を犯すような人物には思えない。


 菅原君だってそうだ。神崎君を無理やり従えているという感じじゃなかった。二人は本当に友達のようだったし、そして菅原君は自分に対してもとても優しい。それは本来の態度であって、打算的な思惑おもわくによるものとは思えなかった。


 二人はいい人だ。でも、今後はあまり付き合いたくない。オカルトが関係してなければ仲良くしたいのだが。


 そんなことを考えながら10分ほど走り、神崎君の家に着く。既に菅原君も到着し、神崎君と二人で話していた。神崎君がこっちを見て言う。


「おっ、ちゃんと時間通り来たな菊池。どうだ? 俺の刺客しきゃくは役に立ったか?」


「うん、充分すぎるほどね。僕はもうこりごりだから、神崎君にお返しするよ」


「何?」


 薰ちゃんが智也の背中を離れ、神崎君の背中に取り憑いた。


「ぐぅ、やっぱ重い」神崎君が苦しそうに言う。「菊池お前、後で覚悟しとけよ」


「えっ、僕が悪いの?」


「ふふっ、よかった」と菅原君。「菊池君が前と違って元気そうで安心したよ」


 何も良くないよ、と内心思ったが、たしかに二人とは親しくなれたので、以前ほどの緊張感は無かった。二人がいてくれれば、なんとかなりそうな気がする。なんとなく。


「さて、菊池も来たし、人殺しの屑野郎をぶちのめしに行くか」


「おー」


 菅原君がかけ声と共に拳を突き上げる。今日もノリノリだ。


 三人は自転車を漕ぎ、楔山に向かう。


 到着すると、以前と同じ駐輪場に自転車を止めた。そこからはスマホの地図アプリを頼りに、祭壇の場所まで行く。以前来た時、菅原君が祭壇と薰ちゃんの首があった場所を、アプリ内の地図にマーキングしている。


 スマホで時刻を確認すると、18時を過ぎていた。辺りは日が沈み、暗くなり初めている。森の中に外灯は無いため、もうじき一寸先も見えない暗闇に包まれるだろう。


 三人は懐中電灯で前を照らしながら、暗い森の中を進んでいった。そして、祭壇である棺桶がある場所に着いた。

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