第8話 何が出たのか

 30メートルほど進むと、前を歩いていた菅原君が立ち止まった。


「どうしたの? 何か見つけたの?」


 智也が尋ねると、菅原君が笑顔で振り向いた。


「これ、祭壇かも」


 菅原君の足下には、地面が不自然に盛上がってできた土の塊があった。その上には木の葉や枝が大量に置かれている。いかにも何かが隠されている感じだ。


 菅原君はしゃがんで木の葉と枝を取り払い、土を崩した。すると、中からブルーシートが出てきた。ブルーシートを土ごと剥がすと、そこにはなぜか、棺桶かんおけが置かれていた。


「間違いない。これが祭壇だよ」


 菅原君は何の躊躇ちゅうちょも無く棺桶のふたに手をかけ、開け放った。


 棺桶の中には、何も入っていなかった。


「やっぱり死体は無しか。生き返らせる死体は供物をすべて置いてから持ってくるつもりだね」


 神崎君が不思議そうに尋ねる。


「こんなちっぽけなもんが祭壇なのか?」


「そうだよ。これを見て」菅原君が棺桶の蓋を指さして言う。そこには赤い血のような液体で、小さな丸印が付けられていた。「さっき言ってた供物の数を示す印だよ。犯人が自分の血で付けたんだ。まだ印は一つしかないから、今のところ犠牲者は薰ちゃんしかいないってことだね」


「じゃ、まだ儀式は始まったばっかりってわけだ」


「そういうことになるね。早く犯人を止めないと」


「どうやってだ?」


「供物を捧げるのは新月の夜じゃないといけない。ってことは、次の新月の夜に犯人は必ずここに来る。そこを捕まえるしかないね」


 智也がおどおどと訊く。


「ぼ、僕らがやるの?」


「当然。警察は当てにならないだろうからね」


「心配すんな」と神崎君。「どんな奴が来ても俺がぶっとばしてやる」


「そうそう、神崎は一流の武道家だから、心配しなくていいよ」


「そうかもしれないけど……」


「そんなことより、問題なのは犠牲者がもう一人出ちゃうってことだよ。犯人は次の新月の夜に、二人目の犠牲者の死体を持ってこの森に来る。てことは、その時に犯人を捕まえても、当然、二人目の犠牲者は助からない」


「なんとかならないの?」


「さっきから考えてるんだけど、いい方法が浮かばない。残念だけど、助けられないよ」


「えー、かわいそー」


 薰ちゃんが暢気のんきに言う。


「ま、仕方ねーだろ」と神崎君。「何もしなかったら三人の犠牲者が出るんだから、それを一人に抑えるだけでも上等だ」


「……そう思うしかないよね」


 菅原君は沈んだ声で答えた。


「そう暗くなるなって。今から人助けすんだから。俺達は正義のヒーローだ」


「不完全な、ね」


「だから暗くなるなって言ってんだろ。おい、菊池、お前も菅原になんか言ってくれ」


「え、えっと……じゃあ、気になってたことを一つ訊いてもいいかな?」


「何?」


「ここに来る前に言ったでしょう? 嫌な気配がするって。その気配の正体って何かな?」


「ふむ」菅原君は腕を組んで「おそらくだけど、ソイノメ様が放つ邪気じゃないかな」


「邪気?」


「そう。さっき異界の話をしたよね。祭壇は儀式の中心地、つまりはもっともソイノメ様の異界と近い場所になってる。儀式が完了すれば、ここに異界と現世を繋ぐ入り口ができる。今はまだその入り口が開ききってないけど、そこからソイノメ様の邪気が漏れ出てるんだと思う」


「そっか。じゃあ、あれはソイノメ様の気配ってことだね。すごく嫌な感じがしたから、ソイノメ様はかなり悪い妖怪なんだろうね」


「そりゃそうさ。人の胴体を求めて、しかも見返りに死者をよみがえらせるなんて大嘘をついてるんだから。でも、菊池君と薰ちゃんのおかげで分かったよ。異界が存在して、しかも邪気を感知できるってことは、ソイノメ様が実在する可能性は極めて高いってことだ。ゾクゾクするね」


 菅原君が興奮に目を輝かせた。


「よくやったぞ、菊池。お前の方が菅原をはげますの上手そうだな」


「あ、ありがとう」


 神崎君に初めてめられ、少し嬉しい。


「でも」菅原君が強い口調で言う。「ソイノメ様の召喚は絶対に許しちゃいけない。できればこの目でソイノメ様を見たいけどね。儀式は絶対に阻止しよう。ほんとは見たいけどね」


「えいえい、おー」


 薰ちゃんがかけ声と共に拳を振り上げるが、智也以外には気づかれていない。


「ああ、それと、もし犯人を捕まえられたら、薰ちゃんは成仏できそうかな? どう、薰ちゃん」


「うーん……」と、薰ちゃんは腕を組んで「一番の心残りは犯人だから、捕まりさえすれば成仏できる……かも」


「成仏できそうだって」と智也。


「よし。じゃあ、新たな犠牲者が出ないようにするためにも、薰ちゃんを成仏させるためにも、オレ達の手で犯人を捕まえよう」


「で、次の新月はいつだ?」と神崎君。


 菅原君がスマホを取り出し、ネットで調べる。


「明後日だって」


「もうすぐだな」


「そんな、まだ心の準備が」


「だから、お前の場合は一生終わらないだろ」


「てことで明後日、また三人、いや薰ちゃんと四人でここに来よう。ああ、あとそれから、森を出る前に祭壇は元の状態に戻しておかないと。犯人にバレるといけないから」


「おい、それって首も木の上に戻せってことか?」


「当然だよ。もちろん神崎がね。オレは木登り上手じゃないから」


「チッ、またアレにさわんのかよ」


 神崎君が舌打ちすると、薰ちゃんが背中におぶさった。


「お、重っ。おい村井ふざけんじゃねーぞ」


「謝ってくれないと離れなーい」


「謝らないと離れないだって」


「なんでテメーが被害者面してんだ。絶対謝らねーからな」


「菊池君、祭壇を元に戻すの手伝って」


「うん、分かった」


「おいっ、お前らも無視すんじゃねー」


 二人は祭壇を元の状態に戻し、その代わりに神崎君が薰ちゃんの首を木の上にくくりつけた。


 こうして、四人は二日後にまた祭壇がある場所に来ると決め、森を出て家に帰った。

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