ワタクシは猫なのです

@JULIA_JULIA

第1話

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。




 ───いえ、ウソです。ワタクシが猫なのは本当ですが、名前はあります。ジョセフィーヌと申します。冒頭の挨拶は、わば『猫あるある』なのです。人間の皆さま方はご存じないでしょうが、ちまたの猫のあいだでは流行っておりますの。知らない猫に出会ったら、『吾輩は猫である。名前はまだ無い』と言うのが流行っておりますの。そう言われた方の猫はというと、自身がオスならば『吾輩は三四郎である』と返し、メスならば『吾輩はこころである』と返すのが、一連の流れになっております。よってワタクシの場合は、『こころである』と返すことになりますの。


 いえ、ウソです。そんなり取りなど致しません。そこらの猫はワタクシと違って、夏目漱石のことなど欠片ほども知りません。


 さてさて、あまりウソばかりを言っていては皆さま方から見放されてしまうでしょうから、そろそろ本当のことを申しましょう。ワタクシの名前はジョセフィーヌではなく、カトリーヌですの。しかしながら、実のところ、ご主人───詰まるところのワタクシの飼い主は、ワタクシのことをカトリーヌとは呼んでおりません。そして勿論、ジョセフィーヌとも呼んでおりません。正真正銘ワタクシの名前はカトリーヌであり、そう名付けたのは間違いなく、ご主人です。しかしやはり、ご主人はワタクシのことをカトリーヌとは呼んでおりませんの。どういうことかと申しますと───。




 ご主人は当初、ワタクシのことを『カトリーヌちゃん』と呼んでおりました。しかしそのうちに、『カトちゃん』と呼ぶようになりました。その時点でワタクシは、『まるで往年のコメディアンのようですわね』と引っ掛かりを覚えましたが、ともかく気にしないように致しましたの。するとやがて、『トーちゃん』と呼ばれることに。『ワタクシはアナタのお父上ではありませんよ。というか、ワタクシの方がご主人よりも若いのですけど』と思いましたが、やはり気にしないように努めました。しかしご主人はしまいには、『ちゃん』と呼ぶようになりましたの。そうなると、もう名前の意味などございません。カトリーヌであろうと、桃子であろうと、タマであろうと、『ちゃん』で纏められるのですから。ともかく、ワタクシの現在の呼び名は『ちゃん』になってしまったのです。


 呼び名が変わること自体は、なにも珍しいことではありません。皆さま方もそうでしょう。友人や恋人からの呼び名が次第に変化していくこともあるでしょう。もしくは、皆さま方が変えていくこともあるでしょう。初めは名字で呼んでいた相手なのに、仲が深まるにつれて、下の名前で呼んだり、渾名あだなで呼んだりするでしょう。それは親愛の証といえるかもしれません。


 また、戦国大名などは機会があるごとに名前を変えておりました。かの有名な上杉謙信は、虎千代、景虎、政虎、輝虎、謙信と変わりましたの。変わりゆくにつれて、なんだか威厳が増しているように感じます。


 では、ワタクシの場合はどうでしょうか。親愛の証でしょうか、威厳が増しているでしょうか。カトリーヌちゃん、カトちゃん、トーちゃん、ちゃん・・・。なんだか威厳が失墜していっているような気がしてなりません。また前述のとおり、『ちゃん』という呼び名には、せっかく良い名前であるカトリーヌの面影がちりほどもございません。『カトリーヌ』という名前はご主人が考えに考え、悩みに悩んだ末に生み出した名前なのです。それなのに、そのような名前が現在ではちりほども存在していないのです。つまり、親愛の証だとも思えませんの。このあいだなどはご主人から、『ちゃん、可愛い』と言われました。そのときワタクシは、『それもコメディアンですが・・・』と中々に呆れてしまいました。


 はてさて、そんなワタクシではありますが、最近、切に気になっていることがありますの。ご主人の体調が、どうも良くなさそうなのです。ご主人は一人暮らしの女性で、よわい二十八です。つい二週間ほど前に、小さめのホールケーキを自ら買ってきて、一人でバースデーソングを歌っておりました。そうして歌い終わるや涙に暮れて、泣き止むとホールケーキを一気に食べ尽くしました。その際、セミロングの黒髪の先に、生クリームが些か付いておりました。なんだかワタクシまで、泣きそうになってしまいましたの。


 そのときのご主人は、たしかに元気はなかったのですが、それは孤独な誕生日パーティーによるモノで、一過性のモノです。それとは別に、ご主人はお疲れのようなのです。どうやら仕事場で出世を果たしたらしく、仕事量が増加したようなのです。そのため連日にわたって帰宅は遅く、帰り着いた際の顔にも覇気がありませんの。


 ワタクシはご主人をなんとか元気づけようと思案しましたが、良い方策は浮かびませんでしたの。手料理でも作ってご主人をもてなそうにも、ワタクシは料理などできません。また、フミフミを応用してのマッサージでもしようかと思いましたが、ワタクシは非力なのでマッサージとしての効果はないに等しいでしょう。もちろん掃除や洗濯もできませんの。ワタクシは散らかすことは得意ですし、作動中のドラム式洗濯機を眺めることは好きです。しかしそんなことをしたところで、ご主人の疲れは取れないでしょう。さて、一体どうすれば良いのでしょうか。








「ちゃん、ただいまー・・・」


 ご主人の声が聞こえたような気がして、ワタクシは目を開けました。頭を悩ました挙げ句、どうやら眠ってしまっていたようですの。ご主人を迎えるため、体を起こして扉へと近寄ります。しかしそれは、玄関扉ではありません。玄関へと続く廊下とリビングをへだてている木製の扉です。ご主人はシッカリ者なので、ワタクシが玄関扉に近づかないようにしているのです。ご主人が玄関扉を開けた際、ワタクシが外に駆け出さないようにしているのです。そのようなことをするつもりは、毛ほどもないというのに。他の猫がどうかは知りませんが、ワタクシは外に出ることは致しませんの。ご主人と共にたまにテレビを見ますが、外は危険に満ちています。ですからワタクシは、わざわざ危険地帯に赴くような真似は致しませんの。


 ご主人らしき足音が聞こえ、程なくするとリビングの扉が開きました。その陰から現れたのは、まごうことなき、ご主人です。その顔には、やはり覇気がありません。そんなご主人の左手には、ビニール袋が持たれています。どうやら本日の夕餉ゆうげもコンビニにて調達したようです。いえ、夕餉ゆうげというには時刻が遅いですの。既に午後の十時を回っております。ご主人は料理下手ではありませんが、流石にこの時刻からでは料理をしている余裕はありません。 時間の面は勿論のこと、体力の面でも気力の面でも、そのような余裕などありません。ですから、ご主人はいつもコンビニにて食事を調達しているのです。


「ただいま・・・、ちゃん・・・」


 なんだか声を出すのもツラそうです。相当に疲労を溜め込んでいるのでしょう。濃い灰色のスーツは少しれ気味で、右肩に掛けられている鞄のストラップは今にもずり落ちそうになっておりますの。そんな姿からも、疲労困憊なのだろうことが窺い知れます。


「ニャア」


 ご主人の顔を見上げ、『おかえりなさいませ』と一鳴ひとなき。そうして、ご主人の足元近くへと寄り、ウロウロと歩きます。左に行ったり、右に行ったり。そうして色々な角度から、ご主人の顔色を確認しますの。念のために申し上げておきますが、顔色の確認であって、顔色を窺っているワケではありません。ご主人のご機嫌を窺う必要などありませんの。ご主人はいつでも優しいのですから。ワタクシはご主人の健康チェックをしているのです。


「なーに? ナデナデして欲しいの?」


 ご主人はその場にて両膝を突き、右肩の鞄と左手のビニール袋を床に置くと、右腕をワタクシの背中へと伸ばしてきました。これは絶好の機会ですの。ワタクシは素早くご主人の元へと駆け寄り、スカートに覆われている太腿に両の前足を乗せ、続けて右の前足をご主人の額に向けて伸ばします。熱がないかを確認するためですの。しかしながら、上手くはいきませんでした。ご主人の額は遠く、ワタクシの右前足は届きません。なんとか体を伸ばしつつ、右前足を左右に振りますが、やはり届きません。ご主人の顎に触れるのが精一杯ですの。


「遊ぶのは、まだダメだよ。スーツに毛が付いちゃう」


 その言葉と共に、ワタクシの体は宙に浮きました。ご主人の両腕によって、持ち上げられたのです。そうしてワタクシを些か離れた場所に降ろしたご主人は、やおら立ち上がります。


 ご主人の熱を確認することに失敗したワタクシは、今度はビニール袋へと近づきます。『キチンと栄養のあるモノを買ってきたのでしょうか』と思ったからですの。顔をビニール袋にあてがい、左右に振ります。何度か振ります。そうしてビニール袋の口である部分を掻き分け、頭を突き入れて中身を確認。入っていたのはオムライスと、ベーコンの乗っているサラダ。流石はシッカリ者のご主人ですの。お米、卵、お肉、お野菜を組み合わせています。炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンをキチンと摂取するように心掛けているようですの。しかしながら、もう少しお肉を食べた方が良いのではないでしょうか。もしくは、お魚を。


「コラコラ、それは『ちゃん』のゴハンじゃないから」


 そうしてワタクシは、またしても宙を飛ぶことになりましたの。








 二度目となった束の間の遊覧飛行を終えたワタクシ

は、歯痒はがゆく思います。ご主人の熱を測ろうとすれば遊びに誘っていると思われ、ご主人の栄養摂取に気を配れば横取りを疑われる。ワタクシは疲れているご主人を遊びに誘うほど無神経ではありませんし、ご主人の食事を奪うほど食い意地は張っておりませんの。ワタクシの意図はどうすれば伝わるのでしょうか。


 そんなことを考えているワタクシを尻目に、ご主人は食事の入っているビニール袋をテーブルの上へと移動させます。横取りなどしないというのに・・・。そうしてから、ご主人は縦長の洋服タンスワードローブへと向かい、着替えを始めます。ご主人の身に纏われている衣服が一枚、また一枚と取り去られる度に、ワタクシの視線は熱く注がれます。今度はボディチェックですの。いえ、体つきのチェックですの。不審物を所持していないかなど、調べる必要はありませんから。


 ハッキリと申しますが、ご主人は細身です。二の腕、腹回り、太腿などは引き締まっております。人間の女性たちのあいだでは、ご主人のような体型は理想に近いモノのようです。しかしながら、もう少し贅肉ぜいにくをつけた方が良いと思いますの。日に日に痩せていっているような気がしますし、どうにも貧相な体に見えます。ご主人の仕事量は増えているのですから、脂肪も増やした方が良いでしょう。脂肪はエネルギーの貯蔵庫なのですから。


「ちゃん、ゴハンは食べたの?」


 パジャマに着替えたご主人はこちらを一瞥し、ワタクシの餌場えさばへと向かいます。そこには自動給餌きゅうじ器なるモノが置かれていますの。それは、設定した時刻になると適量のカリカリを配給する装置ですの。ワタクシは出てきたカリカリを数回に分けて食し、キレイに平らげます。ですから、ご主人が心配する必要などないのです。そんな心配をするよりも、早く自分が食事を摂るべきなのです。迅速にオムライスとサラダをしょくすべきなのです。よってワタクシはテーブルの上に飛び乗り、ご主人の食事が入っているビニール袋を右の前足でつつきます。


「あっ、ちゃん! だから、それはワタシの!」


 ご主人が慌てて駆け寄ってきます。狙いどおりですの。よってワタクシはテーブルから飛び降り、ご主人の足元をクルリと半周します。そうして、早く電子レンジで温めて食べるように促します。


「もう、『ちゃん』ってば。ちゃんとカリカリ食べたんでしょ? まだお腹減ってるの?」


 ワタクシの呼び名である『ちゃん』と、『キチンと』を意味する『ちゃんと』が紛らわしいですの。今のご主人の言い方だと、まるでワタクシが二匹いるかのようにも聞こえますの。


 まぁともかく、失礼な勘違いをしているご主人の顔は、案の定、疲れているように見えます。となると、やはり熱を測った方が良いかもしれません。しかしながらワタクシの前足では、上手くはいかないでしょう。よって、些か背の低いキャビネットまでトテトテと歩き、その上に飛び乗ります。キャビネットの上は、ぬいぐるみや妙な器など、色々な小物が並んでいるために足の踏み場にも困るような状態ですの。しかし猫であるワタクシならば、この程度の状態は苦にはなりませんの。器用に着地し、これまた器用に体の向きを変え、爪を立てた左の前足で一番上の引き出しをコツコツと叩きます。たしか、ココに体温計が入っている筈なのです。


「えっ!? ちょっと、ちゃん! そんなトコに乗らないで!」


 またも慌てて駆け寄ってきたご主人は、ワタクシの両脇腹を掴みます。三度目の遊覧飛行をさせるために・・・。しかしながらワタクシは懸命に身をよじって抵抗し、引き続き左の前足で一番上の引き出しをコツコツと叩きます。体温計を取り出してもらうために。


「もう、なんなの? そんなトコに食べ物はないよ?」


 そんなことは言われなくても承知しておりますの。ワタクシは食べ物を探しているワケではありませんし、空腹感もありませんの。ご主人に体温計を使って欲しいだけなのです。しかし懸命の訴えも抵抗もむなしく、ワタクシは三度目の遊覧飛行をすることになってしまい、ご主人が体温計を取り出すことはありませんでした。こうなれば、迅速に食事を取ってもらいましょう。


 そう思い立ち、再びテーブルの方へと向かいます。尻尾をピンと立て、ご主人を先導するように、ゆっくりと歩きます。するとその甲斐あってか、ご主人もテーブルへとやってきました。そうしてご主人はオムライスを電子レンジで温めつつ、ベーコンの乗っているサラダの器を開封します。そんな光景を、ワタクシは少し離れた場所で見ておりましたの。








 やがて食事を終えたご主人はテーブルに頬杖を突きながら、ウトウトとし始めました。お腹が満たされれば眠気に襲われるというのは、自然の摂理ですの。道理とも言えますの。猫であるワタクシもそうなのですから・・・。それは、体内に取り入れたる食物を消化しようと体が反応している証拠なのです。


 更にいえば、ご主人は寝不足気味です。よって、相当な睡魔に襲われていることでしょう。ご主人は既に半分以上、夢の世界にいるようですの。片足を突っ込んでいるようですの。口は半開きでまぶたは半分閉じられ、ほぼ白目を向いてしまっています。なんとも滑稽な顔をしていますの。


 しかしながら、ご主人はまだ寝るワケにはいかない筈です。お風呂に入っていないのですから。このまま完全に夢の世界へと旅立ってしまうと、明日の朝が大変なことになってしまいますの。大慌てでシャワーを浴びることになってしまい、仕事場に遅刻するやもしれませんの。よってワタクシは、行動を起こします。


 リビングと廊下を隔てている木製の扉へと向かい、腹筋と両の後ろ足に力を込め、一気に立ち上がります。そうして両前足を扉にあてがい、爪を立てます。そしてガリガリと派手な音を立て、爪研ぎを開始しますの。するとその瞬間、ご主人が飛び起きます。


「ちゃん!? ダメダメ!! 爪研ぎは専用のがあるでしょ!?」


 ご主人の言うとおりですの。爪研ぎ用のシートが壁に貼り付けてあります。ワタクシは普段、そこで爪研ぎをしております。しかしながら今は爪を研ぐことが目的ではなく、ご主人を起こすことが目的なので、これで良いのです。ご主人が起きたことを確認するや、ワタクシは爪研ぎをめ、ご主人に向けて一鳴ひとなき。


「ニャア」


 そうしてリビングの扉に体を押し付けて、こすり付け、「グルル~、グルル~」と喉を鳴らしますの。


「なに? そっちに行きたいの?」


 ご主人は「仕方がないなぁ」と呟きながら、扉を開けました。するとワタクシはトテトテと廊下を歩き、別の扉の前にチョコンと座ります。そこは玄関扉───では、ありませんの。ワタクシは外に出ることには興味がないので、玄関扉になど用はありません。外は危険地帯であり、いつ何時なんどき、事件や事故に遭うか分かりませんの。もしそうなれば、ご主人の心はいたく痛み、ワタクシを深くいたむでしょう。そんなことになってしまうと、ワタクシも居たたまれません。ですからワタクシは、外には出ないのです。しかしながらワタクシのそんな思いは、ご主人の知るところではありません。そして世の中の猫全てが、ワタクシのような心持ちであるとは限りません。ですから、ご主人は警戒しているのです。


 さて、ではワタクシの目の前にある扉はどこに繋がっているかというと、いわゆる『三点ユニットバス』ですの。三点ユニットバスとは、浴槽、洗面台、トイレの三つが一室の中に共存している部屋のことですの。そこに繋がる扉の前に座り込んだワタクシは、尻尾をユラユラと動かします。


「そこは入ったらダメだよ、危ないから」


 先述のとおり、ご主人はシッカリ者であり、警戒心も強いほうですの。ですから、ワタクシが三点ユニットバスに入ることも警戒しております。その部屋の中には、シャンプーやヘアコンディショナーなどが置かれており、シャワーノズルもあります。よって、それらから、溶液、水、お湯などが不意に出てくるかもしれませんの。それらがワタクシの目や耳の中に入らぬよう、ご主人は警戒しているのです。まぁワタクシと致しましても、ユニットバスに用などありません。ですから、その中に入るようなことは致しませんの。


 しかしながら今は、入りたそうな雰囲気を醸し出しております。それは、ご主人をお風呂に入れるためですの。


「あ、お風呂に入らなきゃ・・・」


 そう呟いたご主人は、扉の隙間から姿を消しました。








 ご主人がお風呂に入っているあいだ、ワタクシはというと、リビングでゴロゴロとしておりますの。ご主人はお風呂に入る際、ワタクシをリビングに戻し、廊下へと繋がる扉を固く閉じました。ご主人が三点ユニットバスから出てきたときに、やはりワタクシがその中に入らないように警戒しているのです。そういうことですので、ワタクシはフローリングの床に寝転がり、お腹を天に向け、体を左右に揺らしておりますの。そうして喉を鳴らしておりますの。ゴロゴロとしつつ、ゴロゴロと発しているのです。


 やがて、お風呂から上がったご主人。その身にはバスタオルが巻かれています。しかし体にではなく、頭にです。まるでインド人のようですの、ターバンのようですの。体の方はというと、丸腰です。いえ、丸裸ですの。なんとも大胆なで立ち。一人暮らしの女性というのは、お風呂から出ると皆がこのような格好になるのでしょうか。ワタクシは服こそ着ませんが、全身を毛で覆われております。もしも、その毛がなくなったらと思うと、ゾッと致しますの。


 大胆不敵な格好のまま、ご主人は冷蔵庫へと向かいます。そしてビール缶を取り出します。プシュッ、という軽快な音のあと、ご主人も喉を鳴らしますの。『ゴクッ、ゴクッ』と。


 その後、が訪れます。そう、ドライヤーの時間ですの。ご主人は頭に巻き付けていたバスタオルを取り、今度は両肩に掛けました。そして、ドライヤーのプラグをコンセントへと差し込みました。中々にけたたましい音が響き、ワタクシは不快な気分になりますの。どうしても、ドライヤーと掃除機には慣れません。ワタクシはドライヤーの風を当てられることには耐性がありますが、どうにも音には慣れませんの。






 やがてドライヤーを終えたご主人は、漸くパジャマを着ました。しかしながら、下着は着けておりませんの。どうやら下着の締め付けが苦手らしいのです。ですから寝るときには、下着を着けませんの。そんなご主人はソファーの背もたれを倒します。いわゆるソファーベッドですの。そうしてソファーの上に置いておいたクッションを枕の代わりとし、小さく畳んで床に放置していたタオルケットをソファーベッドに被せます。


「ちゃん、今日はどこで寝るの?」


 ワタクシの顔を見たご主人。ワタクシは「ニャア」と一鳴ひとなきしてテーブルの下に陣取り、体を丸めました。すると、ご主人は部屋の灯りを薄暗いモノに切り換え、タオルケットの下へと体を潜り込ませます。


「おやすみ、ちゃん」


 僅かな灯りのもと、ご主人とワタクシは見つめ合い、やがて夢の世界へと旅立ちます。








 はてさて、今日もなんとか一日を終えましたの。こんな風に、ご主人はワタクシの世話をしてくれるのですが、ワタクシもご主人の世話を焼いているのです。皆さま方のお宅では、どうでしょうか。お気付きになられていないだけで、皆さま方が同居している猫たち───いえ、様々な生き物たちも、それなりに気を配っているのではないでしょうか。


 とにもかくにも、互いにより良きパートナーとし、慈しみ合う関係をお続け下さいませ。またどうか、ご自愛なされますように。ご主人が不運に見舞われてしまったりすると、ワタクシ一匹では到底生きていけません。おそらくは皆さま方と同居している生き物たちも、そうでしょう。ですから良きパートナーのことを思うなら、ご自愛なさることも決して、お忘れなきように。


 まぁ、ただ純粋に、愛しい者がいなくなってしまうのは、ツラいことであります。それは皆さま方もそうでしょうし、同居している生き物たちも、そうなのです。ワタクシは、ご主人がいなくなってしまうことにえられそうにありません。ですから是非とも、ご自愛を。また、良きパートナーにも愛情を注いで下さいませ。


 それではワタクシは、そろそろ夢の世界へと旅立つことに致します。それでは、おやすみなさいませ。



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