第15話 三大チェーンの反撃、次なる挑戦
新メニュー「糸島野菜と明太子の白カレーうどん」が順調な滑り出しを見せて数日が経った。SNSや口コミで話題になり、地元民だけでなく観光客も次々とやりうどん本店を訪れるようになった。しかし、その勢いは長く続くわけではなかった。
「嶋村さん、これを見てください。」
ある朝、優はスマートフォンを片手に嶋村のもとに駆け寄った。彼女が見せたのは、三大チェーンの一つ、資さんうどんの公式アカウントが投稿した内容だった。
「『新登場!糸島野菜を使ったスペシャルうどんセット!』……だと?」
嶋村は画面をじっと見つめ、静かに新聞を置いた。
「奴ら、動き出したな。」
「糸島野菜……完全にうちを意識してますよね。」
「当たり前だ。飲食業界では成功例を徹底的に研究して真似するのが常套手段だ。特に、資さんのような大規模チェーンなら、素材の調達も宣伝力も圧倒的に上だ。」
優はその言葉を聞き、手に力を込めた。
「それでも、やりうどんにしかできないことがあるはずです!」
その日の昼、やりうどん本店に訪れた常連客の一人が優に話しかけてきた。
「優ちゃん、白カレーうどん、美味しいけど、最近どこも似たようなメニューを出してるみたいね。」
「そうなんですか……?」
「そうよ。あちこちで糸島の野菜を使ったメニューが増えててね。まあ、美味しいからいいけど、どれも似てる気がしてきて……」
優はその言葉にハッとした。せっかく話題になった新メニューも、競合が同じ方向性で勝負してくれば、あっという間に埋もれてしまう。
「何か、もっとやりうどんらしい特徴を出さなきゃ……」
厨房に戻り、優は一人でノートに向き合った。
夜になり、閉店後の静まり返った店内。優が一人でノートを見つめていると、嶋村がいつものように新聞を片手に現れた。
「何を考え込んでる?」
「嶋村さん……三大チェーンに真似されて、このままじゃやりうどんが埋もれちゃいそうなんです。どうしたら『やりうどんらしさ』をもっと出せるのか、悩んでて……」
嶋村は椅子に腰掛け、しばらく考え込むようにしていたが、やがて口を開いた。
「なら、原点に立ち返れ。」
「原点……?」
「ああ。やりうどんの始まりは何だ?ただ流行りに乗るだけじゃなく、やりうどんにしかない個性をもう一度見つめ直せ。」
優はその言葉に驚き、ノートに書き留めた。
「やりうどんの原点……」
「例えば、お前がやりうどんを好きになった理由は何だ?」
「私が……好きになった理由?」
嶋村は少し笑い、言葉を続けた。
「俺は、やりうどんの白カレーうどんを作ったとき、流行りを意識しすぎて失敗した。だが、お客様が求めてたのは、やりうどんの“優しさ”だったんだよ。」
「優しさ……」
その言葉が、優の胸に深く刻まれた。
翌日、優はスタッフたちに新たな方向性を提案した。
「もう一度、やりうどんが地元のお客様に愛される理由を見つけ直したいと思います。そのために、昔からの常連さんに直接聞いてみようと思うんです。」
「常連さんにですか?」
「はい。やりうどんがどうして好きなのか、どんなメニューが心に残っているのか、話を聞きたいんです。」
スタッフたちは驚きながらも納得し、それぞれ常連客との会話を増やすよう動き出した。
ある日の昼下がり、優は年配の常連客に尋ねた。
「やりうどんで一番好きなメニューって何ですか?」
「あら、それはシンプルなかけうどんよ。あの優しい出汁の味が、昔から大好きなの。」
別の客にも聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「私は、昔あった“季節限定のたけのこうどん”が忘れられないね。春になるとそれを食べに来たもんだ。」
その声を聞くたびに、優は心の中で何かが動き始めるのを感じた。
閉店後、優はノートに今日の聞き取り内容を書き留めながら、嶋村に報告した。
「わかりました。お客様がやりうどんを愛してくれる理由は、派手なメニューじゃなくて、地元の味と“ほっとする優しさ”なんです。」
「ほう、それで?」
「だから、次の新メニューは、もっとシンプルに地元の素材を活かしつつ、誰もが“また食べたい”と思えるような、優しい味わいのうどんにしたいんです!」
嶋村は満足げに頷いた。
「ようやく気づいたか。俺も手伝ってやる。だが、一つだけ覚えておけ。“シンプル”ってのは一番難しいんだぞ。」
「はい、わかってます。でも絶対に成功させてみせます!」
優の中で、新たな挑戦への闘志が燃え上がっていた。
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