第24話

 そして翌日、俺は引き続きさくの観察を続けた。


 現状、他に出来ることもないし被写体を理解しなければ撮影にさえ及べないのだから仕方ない。

 そんな俺の視線に律儀にビクビク反応を示して小さく縮こまる朔の仕草は、問いかけるまでもなく居心地悪そうにしか見えない。


 あいかわらず心を開きそうな素振りさえ見せない朔に対して、二限目が終わった休憩時間に朋華ともかが動いた。


「ねえ朔ちゃんっ」

 ひょこひょことスキップするみたいな軽い足取りで近付いてくるなり、朔の目の前の席に腰を下ろして陣取り脚を組む。


「えひっ!? す、すいませんっ……」

「なんでいきなり謝るの……?」

「あっ、い、いえ、なんとなく……、勢いで怒られるの、かと……」

 危険を察知して瞬時に細くなるフクロウみたいに朔は肩を竦めて震えながら答える。


「そんな理由もなく怒ったりしないよ真影まかげじゃないんだし。ね、ね、そんなことより今日の放課後さ、一緒にジェネバ行こうよ!」

 不躾に俺を指差しながら心外なことを口にしたかと思えば、立て続けに朔を連れ出す提案を持ちかける。


 何のつもりかと朋華を見やると、チラリと目配せしてきて小さくウインクして見せる。


 意図はまるっきり伝わってこないが、おそらく昨日言っていた協力の手始めとして朔を芋の沼に沈める算段らしい。


「……え、じぇねば、……え?」

「良いでしょ? マナミからポテトクーポン貰っとくからさ」

「え、ど、どうして、私と――、あ……、お金、出せってこと、ですよね? す、すす、すいません……、今日は持ち合わせがないので、明日必ず持ってきますから……。ゆ、許してください……、うえぇぇ……っ」

 訝しそうに歪めていた表情にどんよりと影を落として、朔は制服の内ポケットから二つ折りの財布をおずおずと取り出す。


 ひとまず有り金全部出してこの場を収めようとする行動があまりに慣れすぎていて、見ていて痛々しささえ覚えてしまう。


「ちょっ、違うからねっ!? 真影もなんとか言ってよ!?」

 軽い調子で話しかけたはずなのに完全にカツアゲだと思われて慌てる朋華は、朔の財布を押し返しながら俺に助けを求めてくる。


「おい朋華……、カツアゲってやんわりした言い方だが犯罪なんだぞ?」

「カツアゲなんてしてないわよっ! 余計なこと言わないでくれるっ!?」

 助けを求めてきたくせに烈火の勢いで怒鳴られてしまう。なんとか言ってと求めてきたくせにどうしろってんだよ……?


 青ざめるを通り越して顔面をまっ白にして血の気を引かせ、冷や汗をだらだら零す朔は、命乞いをするみたいに机にひれ伏して震えている。

 完全に闇金の執拗な取り立てに怯える人にしか見えず、あまりにも不憫で直視するのが辛くなってくる。


 それはそうとマナミってやつ、ポテトクーポン何枚持ってるんだよ? すげえ芋女だな。


「こ、小銭しか入ってませんけど、たぶん三百円くらいはあると思います……。あと、ドラッグストアのポイントカードが貯まってるので、それで許してください……、ひぃん」

「いやいやお金出せとかそんなんじゃないから!? あたし、朔ちゃんと仲良くなりたいんだよっ。だから、行こっ!」

「……なか、よく?」

 生まれて初めて耳にした異国の言葉が理解出来ないみたいな顔で朔は瞬きを繰り返す。


「そっそ。ほら、真影も一緒に行くから安心してよ。ね?」

「え、深瀬ふかせさんも、一緒に……?」

 油の切れたロボットみたいにぎこちなく俺の方に首を捻り、眉をひそめるだけでは飽き足らず口元まで歪めて唇を震わせる。


 安心するどころか、疑いの余地さえなくむちゃくちゃ嫌そうな顔だ。せめてもうちょっとくらいは取り繕う努力をしろよ……。


「んふふー。じゃ、放課後ねー!」

 一方的にそれだけ言い切ると朋華はひらひらと手を振って自分の席に戻っていった。


 協力の承諾だってした覚えがないのに、なし崩し的に俺まで芋を食いに行く羽目になったじゃねえか。


「……あ、あのぅ」

「ん、どうした?」

 顔を俯けたまま、おずおずとではあったが朔は意を決したように上目遣いで俺に声をかけてきた。


「き、昨日の公園の勘違いのせいで、わ、私って、拉致されたり、するんですか……?」

「いや、さすがの朋華も拉致なんてことまではしねえはずだ」


 拉致に限らず、そもそもカツアゲが朔の勘違いなのだが。思った以上に朔は真に受けてしまう性格らしく、これ以上の冗談を重ねるとさすがに笑えなくなってしまいそうで恐ろしい。


「だ、だったら、私を呼び出してなにを……」

「いいか朔、落ち着いて聞け。朋華はな、芋のことしか頭にないんだ。主食の芋を分け与える習性を抑えきれないだけで、拉致なんてしねえし勘違いもしてねえから安心しろ。ほらよく見てみろ、朋華のあの横顔を。芋芋しい顔してるだろ?」

 自分の席に戻るなりさっそく陽キャ仲間の女子たちと群れて談笑する朋華を指差す。


 不安げな眼差しで盗み見るようにしばらく眺め、やがて納得したのか小さく吐息を漏らして顎を引くと、

「はい……」

 ともすれば聞き逃しそうなくらい小さく呟いた。


 自分で言っておいて何だが、芋芋しい顔って部分は否定した方が良いんじゃないかと思った。しかし朔の目にそう見えたのなら仕方ない。芋顔で安心を勝ち取ったのであれば朋華だって本望だろう。


 そして、放課後まで昨日と同じように朔の観察を続けたのだが、やたらと視線に怯える仕草が減っているように感じた。

 あくまで体感で減ったような気がしただけで、実際のところは変わってないのかもしれない。朋華の強制的なお誘いが功を奏して、朔の心境に変化が起こったわけではないだろう。

 どちらかと言えば、観察されることに慣れてきたのか諦めの境地に達したと考えるほうが自然だ。


 いずれにしろ、人見知りだろうが怯え癖だろうが場数がものを言うのだろう。

 慣れさせるといっていた朋華の策を肯定するみたいで不愉快だったが、結果が伴ってきていると感じる以上は認めざるを得ない。


 こうなったら朋華の芋作戦に乗っかって徹底的に利用してやろうじゃないか。



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