腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~

灰猫さんきち

第1話 帝都追放


「フェリシア・ラビエヌス令嬢。聖女の力を騙った罪で、帝都を追放処分とする」


 皇太子殿下の冷たい声が響いた。

 ここは彼の執務室。

 部屋にいるのは殿下と彼の侍従である青年、それに私の妹だけだ。


「騙ったとはどういう意味でしょうか」


 半ば呆れながら聞いてみる。


「聖女とは当代に一人のみの光の魔力を持つ者。光の魔力はお前ではなく、妹に顕現したと言うではないか。神官たちの証言が出た。ではお前は嘘を言っていたことになる」


 殿下の言葉に、もはや言い返す気力を失ってしまった。

 彼の隣では妹がニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべている。

 あの子は私を見下して、私のものは何でも奪おうとした。

 ドレスも宝石も、実家での居場所も。亡き母の形見も。

 聖女は王子と結ばれる。

 今度は婚約者をお望みらしい。

 神官の証言とやらも、どうせ実家の父と義母がでっち上げたのだろう。


「どうやら認めるようだな。皇家を騙したのは重罪、だが他ならぬ妹が真の聖女であるならば、減刑して追放だ。妹に感謝するのだな」


 さすがに貴族の娘を処刑するとなると、事が大きくなりすぎる。

 追放は彼らが溜飲を下げ、かつ、秘密裏に済ませてしまう便利な手段なのだと思う。


「追放先は第五軍団ゼナファの駐屯地。北の辺境だ」


 侍従の青年だけが気遣わしげな視線で私を見ている。

 北の辺境、要塞町は不便な場所と聞いている。

 住民の多くが無骨な軍団の関係者で、帝都のよう豊かな貴族社会とはほど遠い。

 私は目を伏せた。


「――仰せのとおりに」


 皇帝と妃に話は通したのか、とか、魔力鑑定を司る神殿の扱いはどうするのか、とか、気になる点はいくつもあった。

 でも、もうどうでもいい。

 聖女の地位も婚約者の立場も、今の私に必要ではない。


 殿下が舌打ちをした。


「お前はいつもそうだ。いつもそうして無表情で、まるで人形のよう。気味が悪い!」


「皇太子殿下、姉は可哀想な人なのです。どうかお慈悲を」


 妹がいかにも善人のフリをして、馬鹿にした表情を浮かべる。

 これ以上、この茶番に付き合うのはごめんだ。


「失礼いたします」


 最後に侍従に一瞬だけの視線を送る。唯一の心残りに。

 そして私は部屋を出た。

 目の前で閉じられた扉が、過去との断絶を表しているようだった。







「やった、やったわ。ついに実家を出られる」


 私はいそいそと帝宮の廊下を歩いていく。

 これからの楽しい未来を思えば、自然と頬がゆるみそうになった。

 いけない、いけない。慌てて無表情を作る。


 私ことフェリシアは、前世の記憶がある転生者だ。

 小さい頃に庭の池に落ちて前世の記憶を取り戻したのだ。


 取り戻したのはいいのだが、フェリシアの扱いは散々なものだった。

 実母は既に亡く、後妻として入った義母は意地悪を通り越して虐待。

 義妹も性悪。

 唯一の肉親の父はフェリシアに愛情がなく、虐待を止めるどころか加担する有り様だ。


 幼かったフェリシアは、部屋を奪われ、服を奪われ、食事を取り上げられて。

 味方をしてくれる使用人や奴隷は全て解雇、もしくは力ずくで押さえつける。

 物置に押し込められて、着るものは粗末なボロ。

 食事は食べ残しがあればいいほうで、厨房に忍び込んで食べられるものを漁る日々だった。

 正直、前世の大人の精神を持つ私ですら相当キツかった。

 もし私が見た目通りの子供だったら、心を病んでしまったと思う。


 十歳の魔力鑑定で、私の魔力が『光』と出ても実家内の立場は変わらなかった。

 むしろ『出来損ない』の私が聖女になり、皇太子の婚約者となったことで嫉妬が増していた。


 もうやってられっかよ!


 開放感とちょっとの捨て鉢である。

 一応、必要なものを取りに実家に立ち寄ると、最低限の身の回りのものだけ渡されて追い出された。

 別に構わん。

 ただし本当のお母様の形見だけは回収したい。

 私はこっそり裏口から庭に入り、大きな木のうろに隠していた小箱を取り出した。

 こんな日がいつか来ると思って、義母と義妹に取り上げられる前に早めに隠しておいたのだ。


 さあ、これで心残りは何もない。

 新しい場所ではきっと、輝かしい出会いが待っているに違いない。


 ウキウキしながら北への馬車に乗り込んだ。







+++

カクヨムコン10参加作品です。

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本日は5話まで投稿予定です。

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