HUMBLE
2.Devil’s Mouth
「羊と三本線」と呼ばれる冒険者の二人組。
2年ほど前にホブズ・カーンに突如現れた。それは奇しくもハギツキに次ぐ勇者、【コンペイ】が転生した時期でもあった。
彼らはあまりに世間知らずな上に冒険者とは思えないほどにパッとしない外見から、最初は他の冒険者たちからは馬鹿にされていた。しかし、彼らは次々と依頼を達成し、なめてかかってきた冒険者たちを捻りつぶしていく。当然、彼らの実力はギルド内に一気に広まり、注目されるようになる。
一人は羊のような髪を持つ剣士、もう一人は袖に三本線の刺繍が入ったローブを纏う坊主頭の魔術師だ。彼らは聞き馴染みのない方言を話し、煙草を手放さない。一見すると平凡な外見だが、詳しく見ると希少なアイテムや難易度の高いモンスターの素材で作られた装備を身につけており、熟練の冒険者ならば彼らが一流であることをすぐに理解できる。
「おい、羊と三本線。ちょうど良いところにきたな」
B級冒険者であるヌガードが二人に声をかける。羊と三本線は煙草を吸いながらヌガードに目を向ける。
「羊はわかるけど、なんでワシが三本線やねん」
三本線と呼ばれた坊主頭の男は眉間に皺を寄せながらヌガードに詰め寄る。一見すると
「お前の来てるローブに、三本の線が刺繍してあるじゃねぇか」
ヌガードは坊主頭の男のローブを指さす。黒いローブだが、袖の部分にだけ白い三本線が刺繍されている。この時代では見ることのない奇抜なデザインだ。
「これは栄光の三本線や。ただの三本線やない。アディラスを馬鹿にすんなよ」
三本線は袖の刺繡を優しく触りながら語る。発する言葉に反して、満足げな表情をしている。
「なんだかよく分らんが、まぁ聞けよ。お前らなかなか腕利きなんだろ?ちょっと仕事を頼みたいんだが」
ヌガードは羊と三本線を一つのテーブルへ寄越す。二人をもてなすように酒瓶が置かれてあり、ヌガードは二人に手渡す。羊と三本線はまんざらでもない様子で酒を手に取る。
「どんな仕事?竜巻の中に入ってこいとか?」
羊の男が酒を一口堪能した後、尋ねる。表情はあまり変わらず、感情が見えない。
「ちげぇよ。真顔でそういうこと言うなよな…」
「わかった。勇者とか言うて調子コイてる奴に甘いケーキを焼いてあげるとか?」
「それは勝手にしろよ。あーもう。お前らと話してると話が進まねぇ」
三本線の男が酒瓶を振り回しながら楽し気に話す。ヌガードは二人の軽口に翻弄され、困惑した様子で酒を一口飲む。すると、ヌガートの後ろから女性冒険者が近寄り、滑らかな所作で椅子に座る。
「私から話すわ。私の名前はパナプ。ここではそれなりに名の通った冒険者なんだけど知ってるかしら?」
B級冒険者、パナプ。盗賊と冒険者を兼業している女性冒険者だ。盗賊らしく機能性を重視した露出の多い装備が男性冒険者の目を集める。彼女は視線を楽しむかのように、わざとらしく足を組み替え、赤い髪をかき上げながら手に取った酒瓶に目をやる。彼女の挑発的な視線は、向かいに座る羊毛髪の男と三本線の男に向けられる。
「「知らん」」
パナプは二人からの予想外の返答に目を見開く。隣にいるヌガードはバツが悪そうな表情で煙草に火をつけている。
「…。まぁいいわ。今回の仕事はね、あるダンジョンの護衛を頼みたいのよ。」
パナプは先ほどの悩殺熱視線を封印し、いつもの表情へと移し替える。羊と三本線には効果がないと察したのだろう。彼女はグラスに少しだけ酒を注ぎ、口に含む。
「えーー。嫌やって。ダンジョンは嫌。湿気が凄いから」
羊の男が顔の前で手を振りながら断る。羊毛のような髪がふわりと揺れる。
「ちょっとちょっと。あなたねぇ。仮にも冒険者なんでしょ?しっかりしなさいよ」
「いや、アンタらは俺みたいな髪質やないからそういうこと言えるんやって。もう嫌やねん。クリンクリンなるから」
羊の男は少しだけ目を細めつつ、自分の髪の毛を指さしながら淡々と話す。
「クリンクリンイーストウッドやな」
坊主男がぼそりと呟く。羊と三本線は互いを見合う。静寂が流れる。
「…」
「…」
「…死んでくれる?」
「そこまでひどいこと言うてなくない!?」
「ちょっと、真面目に聞きなさいよ。そのダンジョンはね、今まで数々の冒険者たちが挑んでは散っていった悪名高い【悪魔の口】よ?さすがに名前は知ってるでしょ?」
パナプが呆れた様子で会話を正しい方向へと導く。彼女が「悪魔の口」と口にすると、ヌガートを含む周囲の冒険者たちの顔色が一変する。
かつて勇者ハギツキの仲間であり、剣聖と讃えられた【ヤツハシ】。彼は魔王討伐後、セリヌス王国領内に突如出現した謎多きダンジョンの調査に赴いたが、そのまま消息を絶った。そのダンジョンが、名を轟かせる【悪魔の口】だ。
ダンジョンに関する情報は断片的で、その出現の理由や消滅の方法も未だに謎に包まれている。かつては魔王を討伐すればダンジョンも消えると考えられていたが、その希望は絶たれた。唯一確かなことは、そこが魔物と財宝で溢れているという事実だけだ。
多くの冒険者が命を懸けてダンジョンに挑み、生計を立てている。どれほどの危険が伴おうとも、彼らは一攫千金を夢見て未知の深淵に飛び込む。しかし、ダンジョン内の財宝は無尽蔵ではない。
新しいダンジョンの発生は予測不可能で、その条件も謎に包まれている。一部のエルフにはダンジョンの発生地を予知する能力があるというが、彼らが人間の欲望に協力することは考えにくい。故に、未だ攻略されていないダンジョンに挑むことが必要となるが、そこには強大な魔物が待ち受けている。
まさに、剣聖の称号を持つ者でも制覇できなかったような恐るべきダンジョンに、果たして誰が挑めるのか。それでも、毎年勇敢なりとも無謀な冒険者がその挑戦を受け、多くがその命を散らすのが「悪魔の口」の宿命である。
「知ってる知ってる。あの、情報が集まりやすい場所やろ?」
「それは井戸の口や」
三本線が酒瓶を傾けながら羊に尋ねる。羊は煙草を吹かしながら訂正する。
「あぁ、すまんすまん。アイデアとかが豊富なところやろ?」
「それは知恵の口や」
羊と三本線の緊張感のないやり取りを眺めながらヌガートとパナプは頭を抱える。
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