第2話 女子大生 橘 陽向との出会い

「はい、星ノ守さん。お茶を淹れたので、良かったらどうぞ。」



彼女はそう言い、私の目の前に湯呑みを置いた。桜の柄があしらわれた可愛らしい湯呑みから、ほうじ茶のこおばしいかおりが漂ってくる。



「...いただきます。」



香りにつられて一口飲むと、まろやかな渋みと優しい甘みが口に広がり、まるで全身の疲れがとき解されるような心地だった。

お茶で一息つけた所で、ようやく冷静に自分の状況を振り返ってみる。


...なんでこんな事になった???


あれだけ初対面の女の子に迷惑をかけないよう、家に帰ろうとしてたのに、気づけばその彼女の部屋でお茶を飲んでいる。


いったいどこで対応を間違えた..?


そうやって私は、先程の彼女との会話を思い出す。



----------------


「あの!良かったら私の家にきませんか!!」



何かを決心したような様子で、彼女は私にそう言う。彼女からの突拍子の無い提案に、私は思考がフリーズした。



「えっとぉ..なんで?」



フリーズした頭をなんとか動かして喋ろうとするが、なんとも間の抜けた返事が口から出てくる。



「さすがに死んだ魚の目をして、産まれたての子鹿みたいに歩く人、放っとけないですよ!」


「何その、カスのキメラみたいなやつ。」


「今のお姉さんのことですよ!」


「結構な悪口じゃないそれは!?」



まさかそこまで自分が酷い見た目だとは思わなかった。

それなら彼女が私を心配する理由も分かるが、それでも会ったばかりの人の家に行くのは躊躇ためらいがある。

なにより、いきなり過ぎて普通に怪しさが凄い。何か魔法少女を狙った、敵の罠じゃないかと勘繰ってしまう。


私があれこれと考えている間も、彼女はなんとか私を自分の家に招きたいらしく、色々と話してきた。



「私の家、そこの角を曲がってすぐのマンションなので凄く近いですよ!」


「いや、私の家もそのマンションの2軒先だからそんなに変わらないかな..」


「お茶とかお好きですか?先日、凄く美味しいお茶を頂いたので、一緒にどうですか?」


「どちらかと言えば、ビールか焼酎派ですね」


「...私ッ!料理が得意です!!」


「何のアピール!?」



なんとか話を誤魔化そうとするが、それでも彼女は諦めそうにない。

彼女はなぜここまでして私を家に呼びたいのだろうか?怪しさはあるが、ここまで熱心に誘われると、だんだん断る事が申し訳なく感じてしまう。



「やっぱり..駄目、ですか...?」



とうとう彼女は涙目になりながら、私の様子をうかがってくる。

ちくしょう。この娘、本当に顔が良いから涙目の罪悪感が凄い。



「はぁ...そこまで言うのならお邪魔しようかな?」



彼女の涙目がトドメとなって遂に私は折れてしまった。当の彼女は、さっきの涙は何処へやらでニコニコと笑っている。

ちくしょう。さっきのあれ、演技っぽいな。



「ありがとうございます!早速、ご案内しますね!!」


「あ、歩くの大変ですよね!良かったら私の肩、使いませんか?」



嬉しそうな彼女はグイグイと私に話しかけてくる。距離感が飼い主に懐く大型犬のそれだ。



「い、いや..大丈夫。それよりもあなたの名前って...」


「あ!名前も名乗らずに、いきなり話を進めてすみません!」



そう言い、目の前の女の子は私の前に向き直る。



たちばな 陽向ひなたと言います。百合ケ谷ゆりがや大学の学生で、この春から一人暮らしを始めました。」


「よろしくお願いしますね!お姉さん!!」


----------------


という流れで私は今、彼女の部屋でお茶を飲んでいる。

...あれこれ、私がチョロかっただけか?



「...えっと、それで橘さんは..」


「あ、陽向でいいですよ。星ノ守さん。」


「それなら私もきらりでいいよ。それで、陽向さんはなんで私を自分のお家に?」


「...? さっきも言ったように放っとけなかったからですけど?」


「...え?」


「え?」



ちょっと待って、本当に私が心配なだけだったの? それであんな必死に、自分の家に誘ってたの?



「..陽向さんって変な人って言われない?」


「急に酷くないですか!?」


「だって、こんな道端で膝立ちになってる女、普通は怪しくて声掛けないよ。」


「そんな事ないですよ!だって、きらりさんは百合ケ谷町の為に、いつも頑張ってくれてるじゃないですか!」



陽向の言葉のに私は目を丸くする。



「え、もしかして..」


「はい、知ってます。きらりさんって、この町の魔法少女ですよね?」


「..いつから気づいてたの?」



私がそう聞くと、陽向は少し可笑しそうにはにかんだ。



「最初からですよ。」


「え?」


「きらりさんは覚えてないかもしれないですけど、私がこの町に来たばかりの頃、私ときらりさんって会ったことがあるんですよ?」



どうしよう、全然覚えてない。なんとか記憶を辿るが、思い出されるのは日々のしんどかった仕事内容だけである。



「ふふっ、やっぱり覚えてませんね?」


「ご、ごめんなさい。」


「いえ、無理もないですよ。その日も、とても忙しそうでしたから。」



陽向はそう言って、私との出会いを教えてくれた。



「百合ケ谷大学への入学が決まって、引越しでこの町に来た最初の日に私、男の人達にいきなり絡まれたんですよ。」


「なんとか断ろうとしたんですけど、半ば無理矢理腕を引かれて困ってたんです。」


「その時に、魔法少女の仕事をしていたきらりさんが私を助けてくれて、それが凄く記憶に残ってるんです。」



陽向の話を聞いて、私はうっすらと当時の記憶を思い出す。怪人ではなく、一般人を相手にする事は割と珍しいので、なんとなく覚えていた。



「きらりさんの、相手に対して容赦なく【自主規制】を【自主規制】して【自主規制】するところ、見ていて凄くスッキリしました!!」



当時の私なにしてんだよ。とても魔法少女のやってる事とは思えない表現のオンパレードだったぞ。



「それからこの町で過ごすにつれ、きらりさんが1人で魔法少女をしている事を知って私、凄く心配になったんです。」


「心配?なんで?」


「だって、明らかに個人の許容範囲を超えた仕事量じゃないですか!このままだといつか、倒れてしまうんじゃないかと思って...」


「なるほど。まさにその通りだから全然、否定できない。」


「だから今日、あの場所できらりさんを見かけた時、どうしても放っておくことができなくて声をかけたんです。」



そこまで話終わると、陽向はお茶を飲みながらひと息つく。

魔法少女として5年間この町にいるが、ここまで私個人のことを考えてくれる人がいるとは思ってもいなかった。


魔法少女をしていて、初めてかけられた温かい言葉に、少し泣きそうになってくる。



「ありがとう。陽向さん。」


「今まで、町の人からそんな風に言われたこと無かったから、嬉しいよ。」



私が、なんとか涙を我慢しながら感謝の気持ちを伝えると、彼女は嬉しそうにニコリと微笑む。



「私がやりたくてやった事ですから気にしないで下さい。」


「それよりも私、きらりさんにお願いしたいことがあるんですけど..」



先程の笑顔が消え、湯呑みをテーブルに置いた陽向が、真面目な顔でこちらを見据える。

あまりの真剣な雰囲気につられて、私も緊張しながら彼女の次の言葉を待っていた。



「私にきらりさんのお手伝いをさせてくれませんか!!」


「はい!?お手伝い?」



予想外の陽向の提案に、私は戸惑う。



「えっと、それってどういう..」


「魔法少女のお仕事で大変なきらりさんの為に、ご飯や、お部屋の掃除とか身の回りの手助けを私にさせて欲しいんです!」


「いや、そこまでしてもらうのは本当に申し訳ないよ!?」


「大丈夫です!私がきらりさんの力になりたいだけですから!」


「気持ちは嬉しいけど..なんでそこまで助けようとしてくれるの?」


「え!?そ、それは...!」



さっきまでの勢いが嘘の様に、陽向が言葉につまる。

やはり何か理由があるのだろう。本人は言いたくないのかもしれないが、魔法少女という仕事上、そこが分からなければお手伝いなど、怪しくてお願い出来るわけが無い。



「気持ちは嬉しいし、私の身の回りのことをしてくれるのは凄く助かるけど、理由も分からずにお願いするのは私の心情的にも難しいんだ。」


「.....です。」


「えっ?」



陽向が何か言ったが、声が小さすぎて聞き取れなかったので、思わず聞き返す。



「だからッ!魔法少女まじかる☆きらりんのことが大好きだからですッ!!」



陽向の絶叫にも近い声が部屋に響く。



「あの日助けてくれた時から、一目惚れしてずっとファンなんですよ!!大好きなんですよ!!」


「はぁ!?だ、大好き!?」



何かが吹っ切れた陽向は、私への思いをこれでもかと吐き出し始める。何か隠しているとは予想していたが、こんな事になるとは思っておらず私の頭も混乱する。


『というかこの娘、私が大好きって...』


陽向からの思わぬ好意に、自分でも分かるほど顔が熱くなっていった。




「..それで、お手伝いさせてくれるんですよね!!」



パニックになっている私をよそに、胸の内を吐き出した陽向は、恨めしそうな目でこちらを見ながらそう言う。



「えっと、それは..」


「私がお手伝いしたい理由、全部言ったんですから、絶対にきらりさんのお手伝いしますからね!!」



色々と曝け出して、もう後に引けないであろう陽向は私の目の前まで顔を近づけて、そう凄む。


「分かった!お手伝いお願いするから!とりあえず今は私の顔を見ないでくれぇ!!!」



当の私は、茹でダコのように紅くなっている顔を見られる恥ずかしさに耐えられず、陽向からの提案を受け入れるのだった。

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