第2話 女冒険者「この出会いって……運命!?」

「ひっ…………」


 思わず生まれそうになった悲鳴を必死に飲み込み、金髪少女は自分が今、すべきことを探そうとした。でも頭が真っ白になって何も浮かんでこなかった。ごろりと無造作に転がっている”生きていた者”を見るのは生まれて初めてだった。冒険者となった以上、早かれ遅かれ目にすることはあるだろう、と覚悟はしていたのだが、頭はぐるぐるするし、目は回るし、胸はドキドキするし、喉も乾くし。それでも、”生きていた者”を前にビビっている情けない自分の姿を仲間の2人に見せるわけにはいかないと、微かな虚栄心を振り絞り、どうにか狼狽せずに落ち着くことだけは成功した。


 そりゃ確かに「人かも!」と言いはしましたけど、本当に人が落ちているなんて思うわけないじゃないですか。せいぜい「この地を通った行商人が落っことした、綺麗で珍しいお洋服だったら嬉しいな。私が勇気を出して見に来たんだから、私が所有権を主張してもいいよね。こういうのは早い者勝ちなんだから!」くらいの事を考えていただけである。なのに現実は非常である。冒険者になりたての少女が対面するには、少しばかり早すぎる上に、大げさすぎる場面であった。


「エリンさん何が……って人ですね。息はあるのでしょうか」


 遅れること数秒の事であったが。金髪少女にとっては数分にも感じられる長い出来事であった。しかし、聞きなれた仲間の声を耳にすることでだいぶ平常心になったのか、「ふん! こんなところで行き倒れるなんて、運のない男ね!」とへらず口を叩くことに金髪少女はどうにか成功したのであった。


「おっ死んじまってるべ?」

「いえ、呼吸はしてますし血色も良さそうです。しかし、この岩肌の上から転がり落ちてきていたとしたら……医者を呼ぶにも街へ連れて行くにも、まずは応急処置をしましょう。2人とも、いいですね?」

「なら、アタジは担架たんかでも作っでおぎます」


 青年とそばかすの女の子の動きは早かった。

 怪我人の身体が冷えないように焚き火を点け、頭を動かさないように身体の外傷を確認していく青年と、近場に生えていたほどよい太さでほどよい長さの枯れ木を魔法で打ち倒し、手ごろな形にり揃え、自分の着ていた衣服を使って簡易の担架を作り始めるそばかすの女の子。2人の迷いのないとした動きを見て、金髪少女はようやく自分の出来る作業を慌てて探し始めたのであった。


◇◇◇


「このたびは危ないところを助けていただきまして……」

「ふ、ふん! 私たちが善人で良かったわね! もしも第一発見者が悪い人だったら、身ぐるみ剥がされてたかもしれなかったんだからね!」


 先ほどまでの緊張感はすでに無くなっていた。倒れていた男が無事に目を覚ましたのである。どうやら単に気絶をしていたようで、身体の痛みや不調を訴えることもなかった。金髪少女は男が無事に生き返った事に安堵するも、ちょうどこのタイミング、青年とそばかすの女の子が水を汲みに行ってしまったタイミング、自分一人しかこの場にいないタイミングで男が目覚めてしまったことに、間の悪さを感じていた。


「そ、それであんた。どうして倒れていたわけ?」


 金髪少女の事を神が遣わした救世主かと妄信しているかのように、感謝の言葉を絶え間なく繰り返す男に対し、彼女は居心地の悪さを感じていた。なぜなら、彼女は応急処置に関してなんの役にも立っていなかったからである。金髪少女にできることは何もなかった。せいぜい焚き火をつついて火の加減を見るくらいであった。それなのに、この場にいるというだけで、回復した男と目が合っただけで、大げさなくらいに感謝されているのだから。

 

この光景を2人が見たらどう思うのだろうか。「あいつなにもしていないのに手柄だけは独り占めにするんだな」と思われないだろうか。いやいや、2人ともそんなに性格は悪くないはずだ。純粋に男の無事を喜ぶだけだと思う。だからこそ彼女は気まずさを感じてしまう。それならば、今後が円滑になるように男の情報を引き出すくらいはしておいても良いのではないんじゃないのかな。それくらいの頭は回る金髪少女であった。


「えーっと……ですねぇ……」


 大したことのない質問、そのはずだった。

 が、男の顔に困惑の色が広がっていた。目線が挙動不審に上下左右に動き回っており、それを誤魔化すかのように右手で頭をいている。緊張感を隠そうと小刻みになりつつある息遣い無理に抑えているせいで、逆に呼吸が粗くなっている。


「…………。…………?!?!」


 が、そんな些細な身体の変化に目の前の金髪少女は気付いていなかった。そもそも、彼女の注目している点はただ一つだけであった。それ以外の事はどうでも良かったし、そのおかげで男の不審すぎる点は幸か不幸か、すべてスルーされる事になったのだった。


「ううん、辛かったよね。寒かったよね。もう大丈夫、安心して。何があったかなんて無理に聞き出すつもりなんてないから。あ、お水飲む? もう少ししたら仲間が戻ってくると思うけど、困った事があったら何でも良いから、ね」


 にこっ、と微笑みを男に向ける。

 金髪少女が今まで生きていた中で、再現不可能と思えるほどに精いっぱいの自愛の心と美しさと可愛さと可憐さと切なさと、とにかく年頃の異性が彼女のこの微笑みを見たら一目で恋に落ちてしまうような、命を賭すほどの会心の一撃を男に見舞ったのだった。そしてそれは大成功した。


「あ、ああ。ありがとう!!」


 男は彼女の母性溢れる微笑みに安心し、そして、信頼した。

 彼は異世界転移に巻き込まれていた。目が覚めたらまったく知らない地。彼が言えることは何もなく、途方に暮れる寸前であった。信頼できる人間の誰もいない世界。その現実に打ちひしがれかけたその直後、自分の事を追求しようとしない心優しい女性に出会ってしまった。コロッといくのも仕方のない事であった。


 そして金髪少女。彼女の目には途轍とてつもないものしか映っていなかった。そう、男の着ている衣類である。彼女が欲していたのは、このような運命の転機であった。金髪少女の知りうる限り、この世で『綺麗で珍しいお洋服』を着ている存在は一つしかいない。そう、貴族である。少しばかり性格にこすいところがある彼女は、目の前に倒れていた男が貴族であるとほぼほぼ確信していた。そして、即座に恩を売れるだけ売って、なんなら好意も少しくらい抱いてもらって、幸せな人生をつかみ取ろうと画策し始めていたのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る