お得の支配者
ソコニ
第1話 お得の支配者
あの日、アプリストアで見つけた「スマートバーゲン」が、私の日常を変えた。店内に入ると自動的に起動し、最安値の商品を教えてくれるという画期的なアプリだった。早速インストールした。
「えっ、お味噌が30%オフ? お得じゃないか」
スーパーマーケットに入った途端、携帯が震えた。画面には商品棚の位置まで詳しく表示される。確かにその通りの場所に、特売品のシールが貼られたお味噌があった。
「賞味期限まであと3ヶ月、十分使い切れますよ」
まるで私の心を読んだかのような提案に、思わず手が伸びる。
「右の通路、納豆が50円引き。さらに2つ買うと1つおまけです」
次々と届く通知に従って買い物かごが膨らんでいく。ふと隣の主婦の携帯から、違う商品の案内が聞こえてきた。
「あら、どうしてお味噌の案内が来ないのかしら」と彼女は首をかしげている。
それから一週間、私は毎日のようにアプリの指示通りに買い物をした。確かに値段は安い。でも、何かがおかしい。昨日お得だった商品の値段が、今日は少し上がっている。でも、アプリは相変わらず「お得です!」と主張する。
ある日、レシートを見比べていて気がついた。最初の週は確かに通常価格の7割ほどで買えていた商品が、今では元の価格とほとんど変わらない。それなのに、アプリは依然として「お得」だと告げる。さらに不気味なことに、アプリの指示通りに買い物をすればするほど、「お得」な商品の値段が徐々に上がっていくのだ。
真相に気づいたのは、一ヶ月後だった。スーパーの掲示板に、「システムの不具合により、一部商品の表示価格に誤りがありました」という謝罪文が貼られていた。しかし、その「不具合」は、実は計画的なものだったのだ。
このアプリは、人々の「安いものを求める心理」を利用して、徐々に物価を操作していたのである。アプリが推奨する商品を買い続けると、少しずつ「普通の値段」という感覚が狂っていく。気づけば、通常価格の倍以上の金額を「お得」だと信じて支払うようになっていた。
私はすぐにアプリを削除した。しかし、街中ではまだ多くの人々が、携帯を片手に「お得」を追いかけ続けている。彼らの携帯から聞こえてくる通知音が、まるで勝ち誇ったような響きに聞こえた。
「本日限り、特別価格です」
その声は、私たちの「お得」への欲望を餌に、着々と物価を支配していく「価格」という魔物の囁きなのかもしれない。
(おわり)
お得の支配者 ソコニ @mi33x
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