【一話完結】無茶ぶり探偵~事件を解決するのは私では、ありません。あなたです!~その三

久坂裕介

第一話

 少し暑くなってきた、七月上旬。僕、平野ひらの海太郎うみたろうにはうれしい季節だ。僕は雪がる寒い冬が苦手で、逆に暑い夏の方が好きだからだ。


 そうして一年一組の教室に戻ってきた僕は、『ほっ』としていた。四時間目の苦手な体育の授業が、ようやく終わったからだ。僕は数学は得意とくいだが、運動は苦手だ。特に、球技きゅうぎが。

 

 だから今日の授業のバスケットボールではパスはもらったが結局、一ゴールも決めることができなかった。女子は全員で、ダンスの授業をしていたようだ。そしてそれは、楽しかったようだ。体育館から教室にもど途中とちゅう、女子たちはがっていた。


「今日のダンスの授業、楽しかったねー」

「うん。みんなで集中して、授業の最初から最後までがんばったよねー」


 なるほど、そうだったのか。でも多分たぶん、僕にはダンスも無理だろうと、ちょっと落ちんだ。でも次は、給食だ。そう思うと、元気になってきた。


 でも教室に入った途端とたん異変いへんに気づいた。クラスの皆が、ざわついていた。よく見ると黒板を見て、ざわついていた。

「何だ、ありゃあ?」

一体いったい、何なのかしら?」


 なので僕も、黒板を見てみた。すると黒板には白いチョークで、こう書かれていた。


 問題 五月と五月の関係は何だ?


 僕は少し、考えてみた。でも、分からなかった。するといつの間にか僕の隣に、クラス委員長の瑞生ずいしょうみのりさんが立っていた。彼女は、つぶやいた。

「うーん、これは事件ですねえ……」


 僕は、考えた。いやいや、これは事件って言うほどのモノじゃないと思うんだけど。そして、いや予感よかんがした。こ、このパターンはまさか?!


 僕の予感は、的中てきちゅうした。みのりさんは、言いはなった。

「この事件、私の推理すいり解決かいけつして見せます!」


 あー、やっぱり……。そして僕は、おびえた。今日の犠牲者ぎせいしゃは、だれになるんだろう? するとみのりさんは門脇かどわき咲子さくこさんを指差ゆびさすと、げた。

「この事件を解決を解決するのは、あなたです! 咲子さん!」


 当然、咲子さんは動揺どうようした。

「え? な、何で私なの?!」


 するとみのりさんは、説明した。

「黒板に書いてある言葉は、日本語です。なので国語が得意な咲子さんなら、この問題の答えが分かるはずです!」


 あー、なるほどね。今日は、そうきましたか。推理じゃない、ただの無茶むちゃぶりが。みのりさんは音楽と美術以外の勉強は苦手だが、クラスの皆のことを良く知っている。だから、こういうことができる。でもできれば無茶ぶりは、カンベンして欲しい。無茶ぶりされた咲子さんは、ただただ、動揺していた。

「え? えーと、私、こんな難しい問題は分かんないよ!」


 でもみのりさんは、空気を読まなかった。

「あなたなら、きっとできるはずです! がんばって!」


 いやいや。みのりさんははげましているつもりだろうけど、咲子さんにとってはプレッシャーにしかなってないよ。仕方しかたが無いので咲子さんは、必死に考えているようだ。

「う、うーん……。五月を、別の読み方にすればいいのかな?」


 それからもしばらくの間、咲子さんは必死に考えたようだ。でも分からなかったようだ。

「えーん、分かんないよー、みのりちゃん! ごめーん!」


 するとみのりさんは、腕組うでぐみをして考え込んだ。

「うーん。国語が得意な咲子さんでも、分かりませんか……」


 その時、僕はふと視線しせんを感じて後ろを振り返った。そこには黒板の前にいる僕たちを不安そうに見つめる、岸井きしい愛依めいさんと野口のぐち皐月さつきさんがいた。二人はっていて、顔色かおいろが悪かった。何か、心配事があるのだろうか。女子二人が不安そうにしているのは、気の毒だ。


 でもその時、僕には分かってしまった。黒板に書かれている、問題の答えが。そして、誰がなぜ書いたのか。それが分かってから、僕はなやんだ。どうしよう。これはとても、デリケートな問題だ……。


   ●


 それから少し考えて僕は、みのりさんに声をかけた。

「ちょっと、みのりさん。一緒いっしょに、廊下ろうかに出てもらえるかな?」


 するとみのりさんは、「はい? かまいませんが」と僕と一緒に廊下に出た。僕たち以外のクラスの皆は教室にいるはずだけど、僕は小さな声で話した。

「僕、あの問題の答えが分かっちゃったんだ」


 それを聞いたみのりさんはおどろいたようで、大きな声を出した。

「え? それは本当ですか、海太郎君?!」


 僕はあわてて、みのりさんに注意をした。

「しーっ。これはとてもデリケートな問題だから、小さな声で話して」


 するとみのりさんは、うなづいた。なので僕は、説明した。あの黒板に書かれている問題は多分、愛依さんと皐月さんのことを言っているんだと思う。五月は英語で、Mayメイ。そして五月は別名、皐月さつきと言うから。そこまで言うとみのりさんは、納得したようだ。

「うーん、なるほど。うん、そうですね。きっと、そうですね」


 そして僕は、深呼吸しんこきゅうをした。ここからが、デリケートな問題だからだ。僕は慎重しんちょうに、小さな声で説明した。おそらく愛依さんと皐月さんは、付き合っている。つまり、恋人同士こいびとどうしだと。するとみのりさんは、驚いたようで再び大きな声を出した。

「え? それは本当ですか、海太郎君?!」


 僕は再び、注意した。

「しーっ。みのりさん、小さな声で」


 するとみのりさんは、あわてて頷いた。僕は説明を、続けた。僕はさっき、愛依さんと皐月さんを見た。二人は寄り添って、どちらも不安そうな表情をしていた。おそらく、二人には分かったんだろう。


 黒板に書かれている問題は、自分たちのことだと。そしてその答えは、恋人同士だと。それがバレると、非常にマズイ。僕たちは、まだ中学一年生だ。女の子同士の恋人なんていうことがバレたら、どうなるだろう。


 おそらくその話は、クラス中に広まるだろう。クラスの中には面白おもしろおかしく、想像で話を広げる生徒もいるかもしれない。そうしなくても二人にどう対応したらいいのか分からなくて、二人をける生徒もいるだろう。


 そうして愛依さんと皐月さんはおそらく、このクラスにはいられなくなるだろう。それはみのりさんが目指めざしている、皆がなかが良いクラスではなくなる。だから僕は、この問題を慎重にあつかいたかった。でも、みのりさんは分かってくれた。

「うーん、なるほど。確かに、デリケートな問題ですね……」


 そして僕は、説明を続けた。この問題を黒板に書いた犯人は、おそらくこのクラスの男子生徒の誰かだろう。彼はおそらく、愛依さんか皐月さんのどちらかが好きなんだ。でも二人が恋人同士だということに、気づいた。だから二人をきずつけたくて、あんなことを書いたんだろう。


 するとみのりさんは、聞いてきた。

「でもそうなると犯人は、男子生徒とはかぎらないのでは? 愛依さんと皐さんのどちらかを好きな、女子生徒の可能性もあるのでは?」


 それを聞いた僕は、首を横に振った。それはおそらく、ありえないと。三時間目までは黒板に、あんなことは書いていなかった。つまり書いたのは四時間目の、体育の授業中だろう。


 今日の女子の体育の授業は、全員でダンスをしていた。そして女子の会話から女子は全員、授業を最初から最後まで受けていたようだから。それに比べて僕たち男子の授業は、バスケットボールだった。バスケットボールはもちろん、五人対五人だ。つまりその合計十人以外は、見学をする。 


 だったら途中で授業をけ出しても、誰にも気づかれない可能性がある。そうして黒板に、あの問題を書いたのだろう。いや、きっとそうだと僕は考えた。そう説明するとみのりさんは、納得したようだ。

「なるほど……」


 そして真剣しんけんな表情になって、教室に入ろうとした。僕は少し、不安になった。みのりさんはこのデリケートな問題を、どうするんだろう? だから、声をかけた。

「ど、どうするの、みのりさん?」


 するとみのりさんは、振り返らずに答えた。

「私は、そういう人をゆるせないんです」

「え?」


 そうしてみのりさんは黒板の前に行き、書かれていた問題を黒板消しで消した。それから正面を向いて銀縁ぎんぶちメガネのブリッジを右手中指みぎてなかゆびし上げると、教壇きょうだんに両手をつき静かに告げた。

「皆さんに、聞いてもらいたいことがあります」


 するとクラスの皆は、何だろうという表情でみのりさんに注目した。そしてみのりさんは再び、静かに話し出した。

「愛は、とうといのです。男性と女性の間の愛はもちろん、男性同士、女性同士の愛もまた、尊いのです。いえ、どんな形だろうと相手を大切に思う気持ちがあれば、その愛は尊いのです。だからそんな人たちを傷つけようとする人は、私は絶対に許しません。もう一度、言います。愛は、尊いのです」


 それを聞いたクラスの皆は、静まり返った。でも次の瞬間、クラス中がいた。

「何となく、分かったような気がするぜ! みのりちゃん!」

「本当! 素敵すてきだわ、みのりさん!」


 そしてクラス中、しばらく沸いていた。僕はそっと、愛依さんと皐さんを見てみた。すると二人とも、安心した表情になっていた。うん、そうだ。もし二人が恋人同士であることがバレても、きっとうまく行くだろう。


 そして今度は、みのりさんを見つめた。僕は、思った。きっとみのりさんの心は、雪のように白く純粋じゅんすいなのだろう。それだけで僕は雪が降る寒い冬も、好きになりそうだ。

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