駆け抜けて聖夜

モンキーパンツ

第1話

彼の名前は、ケイイチさん。


とても素敵な方です。


いつも真面目でクールだけど時には、おっちょこちょいでユーモアに溢れていて、一緒に暮らして全く飽きません。


そして、何よりもいつも私を褒めてくれるのです。


少し、独特な褒め方だけど「君の足音は、天ノ川のように素敵な声をしている」とか「君の髪は、カシオペア座のブランコが揺れた時のように美しい」とかケイイチさんは、私のことが大好きなんだなって伝わってくるの。


この前なんて、「君の微笑みは、眠れない夜に乗った銀河鉄道から眺める景色のようだ」って言ってくれました。


私は、つい嬉しすぎてテレビで見た盆踊りを夜通し彼の枕元で踊ってしまったんです。


さすがの彼も、苦笑いしてたけど決して私を怒ることはありませんでした。


でも、そんな優しい彼が私を唯一、怒ったことがあります。


ケイイチさんが、仕事から帰ってきていつもより疲れているように見えたから肩たたきしてあげようとしたんです。


そしたら、彼は別人のように「触るな!!」って怒鳴ってきたんです。


私は、せっかく癒してあげようとしたのに怒られたものだからムッとして、寝室に籠りました。


私は彼に出会ってから、1度も触れたことがありません。


恋人というのは、手を繋いだり、抱きしめたりたくさん触れて、愛を確かめるなんて聞きました。


でも、彼は指1本も触れてくれることはありません。


私は、彼のことが大好きなのにどうしてなのでしょう…


彼は、反省したようで「ごめんよ!ごめんよ!触れる以外なら何でもしてあげるから許してよ」と寝室の外から謝ってきました。


「どうして、触ってはいけないのですか?」私は彼に聞きました。


「ごめんよ…それは言えないんだ。」


彼は扉の向こうにいるので姿は見えませんが、きっといつもみたいにトイレに行くのを我慢するかのようにモジモジしているのでしょう。


普段なら、その姿が可愛くて許してしまうのですが、今回は許しません。


「さっき、なんでもするって言いましたよね?」


「う、うん!なんでもするよ!


…触れる以外なら」


「だったら!明日クリスマスという日なのですよね?


私をクリスマスマーケットとやらに連れて行ってください」


「ええ?外に出るの?」


彼は、戸惑いました。


私は、彼が困るのをわかっていました。


だって、彼は触れてはくれないだけではなくほとんど私を外に出してくれたことがなかったんです。


特に、人が集まるような場所には絶対に行かせてはくれません。


「ごめんよ、ごめんよ。それ以外で頼むよ」


「だったら!絶対に許しません!」


彼は、渋々承諾してくれて私をクリスマスに外に連れていってくれることになりました。


私は、当日1番のおめかしをして出掛けました。


ケイイチさんは「まるでメリーゴーランドと虹の始まりを同時に見ているかのように綺麗だ!」と褒めてくれました。


相変わらず意味はわからないけどすごく嬉しかったです。


ずっとテレビや雑誌で見てて憧れていたクリスマスマーケットに辿り着くと、私は目を見開いたまま固まってしまいました。


だって、こんなにも魔法のように美しい夜を見るのはは初めてなのですから。


「わー!これが、イルミネーションなのですねぇ…キレイ…」


呆然と立ち尽くしているとケイイチさんが「こっちにも色んな物が売っていて楽しそうだよ」と並べられた露店を指差して連れて行ってくれました。


過ぎ行くカップル達が手を繋いだり腕を組んだりしているのに私達だけ少し距離がありました。


隙を見て、手を繋いでやろうと思いましたが彼は、なぜだかずっとキョロキョロしていて隙を見せてくれませんでした。


まるで何かに怯えているようです。


「どうしたんですか?」


「…なんでもないよ。


あ!この髪飾り、きっと君に似合うと思うよ!どうだろ?」


ケイイチさんはそう言って、可愛い髪飾りを買ってくれました。


今まで、たくさんのプレゼントを彼から貰ったことがありますがこの髪飾りは、キラキラして特に素敵でした。


「ケイイチさん!ありがとうございます!宝物にしまっ…」


「おいケイイチ!!探したぞ!!」


突然、目の前にお腹に温かそうな腹巻きをしたパンチパーマのオジサンが、こちらを睨んで向かってきました。


超オシャレなケイイチさんと比べるとオシャレ度15点のオジサンです。


「ヤバい!逃げて!」


ケイイチさんが、慌てて私を逃げるように促しました。


ケイイチさんは、人混みを掻き分けながらイベント会場を走りだして、私は彼の大きな背中を見失わないように無我夢中で追いかけました。


「ケイイチさん!誰なんですか!?あの人は?


なぜ逃げなきゃいけないのですか!?」


私は、息を切らしながら聞きました。


「おーい!こっちだー!見つけたよー!」


今度は、グルグルメガネの細くて若い青年が私達を指差して大きな声をあげました。


スーパーイケメンなケイイチさんと比べるとイケメン度30点です。


「くっ!ヨシノリも来てるのか!


詳しいことは言えないけどあいつらは、僕から君を奪おうとしている悪い奴らなんだ。捕まったら僕と君は離ればなれになってしまう」


ケイイチさんは、謎の男達から必死に逃げながらいつものクールな顔で言いました。


私を奪おうとしているってどうゆうこと?


こんなにも私達は大好きどうしなのに…


どうして、そんな酷いことをするの?


とにかくケイイチさんと離ればなれになるなんて絶対に嫌!!


「逃がさんぞ!!おとなしく捕まるんだ!!」


今度は、目の前に白い服を着た腰が曲がったお爺ちゃんが私達の行く手を阻みました。


ハイパー爽やかなケイイチさんと比べると爽やか度0点のお爺ちゃんです。


私達は、ヨレヨレお爺ちゃんをいとも簡単に躱して、なんとかイベント会場を離れることができました。


そして、誰にも見つからないような山の上にある公園へとたどり着きました。


「はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫かな…?」


「何なのですか?あの人達は!」


「ごめんよ、ごめんよ。また今度話すからさ。今はそんなことより、ここから街を見下ろしてごらんよ」


私は彼に言われるままに公園から街を見下ろしてみました。


思わず息を飲みました。


七色の光がいくつも交錯して輝く夜景が広がっていました。


近くで見るイルミネーションも綺麗でしたが遠くから見る夜景はもっと綺麗でした。


「ごめんよ…君は楽しみにしていたのにこんなにも危険な目に合わしてしまって…


本当は君に喜んでもらうために一生懸命ここを探したんだ、なのにいつも僕は君を悲しませてばかりだ…」


「そんなこと言わないでください。


私は、ケイイチさんとクリスマスに行けてすごく楽しかったです!今日は私にとって一生忘れられない最高の思い出になりました!」


普段あまり表情を見せない彼が嬉しそうに笑ってくれました。


「ありがとう…


実は、ずっと言えなかったんだけど…」


「いたぞ!!」


彼が何かを言おうとした瞬間後ろから大きな声が聞こえました。


振り返ると腹巻きオジサンとメガネの細い青年とヨレヨレお爺ちゃんがゼエゼエ言いながらこちらに向かってきました。


もうどこにも逃げ場はありません。


私は震える足を無理矢理落ち着かせて3人組を睨み付けました。


「あなた達!私が目的なのでしょう?


もう私は逃げませんから、追いかけるのを止めてください!!」


男達3人が、走って向かってきました。


私は、潔く腕を広げて待ち構えます。


「煮るなり焼くなり蒸すなり炒めるなり揚げるなり好きにしてください!


その代わり、ケイイチさんにもう2度と関わらないでください!」


私は目をギュッと閉じて連れ去られる覚悟でいました。


…ところが一向に連れ去られる気配がありません。


「このバカ息子!!病院を抜け出したと思えば、こんなところにいたのか!」


怒鳴り声がして目を開けるとケイイチさんが腹巻きオジサンに上から抑え込まれていました。


「ごめんんんん、ケイイチくんんん!もう匿うことができないよぉおお!親友として、どんどん症状が悪化する君を見過ごせないよぉぉおお!」


メガネの若い青年が泣きながら叫びました。


「この裏切り者め!」


ケイイチさんがメガネの青年を睨み付けます。


「ケイイチくん。病院に戻って治療しよう。新薬なら君の症状は改善されるはずだ」


白い服を着たお爺ちゃんがガラガラ声でケイイチさんに言いました。


「う、うるさい!!離せ!!


ぼ、僕は病気なんかじゃない!!」


ケイイチさんは、オジサンの腕から逃れようと必死にもがいていました。


こんなにも取り乱す彼を初めて見ました。


「あ、あの…お取り込み中すみません…


ケイイチさん、病気だったのですか…?


だったら、この方達の言うように病院に行って治療したほうが…」


なにがなんだかわかりませんが私も彼を説得しました。


病気なら早く治して元気になってほしかったのです。


でも、彼には聞こえていないようでした。


「僕は治療なんかしない!


彼女は、本当にいるんだ…彼女にも意志があってプレゼントをあげると喜んでくれるし嫌なことをしてしまえば怒られるし行きたいところも自分から言ってくれるし僕のことを心の底から好きだと言ってくれるんだ!


あんたらが見えないだけで彼女はこの世に本当に存在するんだ!


僕がおかしいんじゃないあんたら世の中がおかしいんだ!!


彼女は僕の幻覚なんかじゃない!!」


「…幻覚?


ケイイチさん、幻覚ってどういうことですか?」


彼は、ようやく私に気づいてくれました。


「…は!ち、違う!違うよ」


「幻覚って私のことですか?


私はケイイチさんが作り出した幻ということですか…?


はははっ


ずっとおかしいと思ってたんですよ。ずっとなんだか変だなって思ってたんですよ」


頭が混乱してきて笑えてきてしまいました。ケイイチさんは涙目で首を横に振っています。


「ケイイチくん、彼女はそこにいるんだね…?」


メガネの青年が聞きました。


「私が幻覚だから、この方達は私を見てくれないのですね…誰も私を見ることができないのですね…誰にも私の声は届かないのですね…」


私がいくら話そうがケイイチさん以外誰も反応してくれません。


「ケイイチ、正気に戻れ。先生の言う通り治療さえすれば、また家族みんなで暮らせるんだ。


この世に存在しない幻覚女なんて、忘れてしまえ!」


腹巻きオジサンが暴れるケイイチさんを強く抑え込みます。


「だから、私を外に出そうとしなかったのですね…


外に出れば私がこの世に存在するはずがない幻覚だと気づいてしまうから。


私、バカですよね…


ケイイチさんとクリスマスマーケットに行けるからって浮かれて、周りの人が私のこと見えていないなんて全く気づかなかった…」


「ケイイチくん、君と同じような症状に悩まされた患者達は皆、治療を始めて幻覚を見るなんてことはなくなった。私の経験上、治療をしなきゃ良かったなんて後悔する患者は1人もいない」


白い服を着たお爺さんがケイイチさんの肩に優しく手を置きました。


「そっかー…そうだったんですよね…?


私が幻だから…


ケイイチさんは…


私に触れてくれなかったのですね…」


「違う!


あーもう!父さん離せ!もう逃げたりなんかしないから!!」


腹巻きオジサンは気迫に圧されて、ケイイチさんを離しました。


「君は、幻覚なんかじゃない。


この世に確かにいるんだ。今だってそうやって自分の意思で喋っているじゃないか?」


彼は私に向かってゆっくりと向かってきました。


「だったら、私に触れてよ!!


怖いんですよね?


ケイイチさん、私に触れようとして触れることができなかったら自分で病気を認めることになるから怖いんですよね?


私が幻覚だということを自覚してしまうのが怖いんですよね?」


「いや、それは、その…」


彼は、いつものようにモジモジしながら言い訳を始めた。


「ケイイチさん、お願いです。


私に触れてください」


私は、彼に向かって手を差し伸べました。


彼は、覚悟を決めたのかモジモジするのをやめて恐る恐る私の指先を触れようとします。


彼の手は私の手をスッと通り抜けました。


「あれ?あれ?どうしてだ?なんでだ?違う!違う!違う!!おかしい!うそだ!そんなことない!!!


触れられるんだ!触れられるはずなんだ!」


クールなケイイチさんが我を失ったように錯乱して何度も私の手に触れようとしました。


「と、父さん達が変なこと言うから今日はたまたま触れられなくなったんだ!


誰しもそういう時あるよね?そうだよねヨシノリ?


健康な人でも透けて触れられなくなることだってありますよね!?そうですよね先生!?」


ケイイチさんが3人に聞きますが3人とも可哀想な顔で彼を見るばかりでした。


彼は何度も何度も何度も何度も何度も触れようとしてきますが、彼の手は空を切って私に触れることはできません。


だって私は、彼が作り出した幻なのですから。


この世にいてはいけない存在なのですから。


私の身体は、ゆっくりと煙に溶けていくかのような感覚に包まれ消えていくのがわかりました。


きっと彼が私を幻覚だと認めてしまったのでしょう。


もう彼とはお別れのようです。


「ケイイチさん、最後に1つだけお願いがあります。


私をギュッと抱きしめてくれませんか…?」


「でも、そしたら!もし!もし抱きしめることができなかったら完全に君のことを幻覚だと認めてしまう。


そしたら、もう君が消えてしまう!」


彼は、ボロボロと泣きながら言いました。


こんなにも愛されて私は幸せです。


「いいんです。


もともと、私は存在してはいけなかったんです。


ケイイチさんは、現実に向き合って生きてほしいのです。


お願いです…


最後のワガママを聞いてください」


彼は、震える手で優しく私を抱きしめてくれました。


触れることはできません。


温もりも感じません。


でも、確かに抱きしめられてるそれだけは感じるのです。


「ずっと、こうしてほしかった…!


ずっと、ケイイチさんとこうしていたかった…!


愛しく思えば思うほど触れてくれないということが寂しくて寂しくて堪らなかった!


ありがとう…私を作りだしてくれて…


あなたと過ごした日々は忘れません…」


薄れゆく意識の中で泣きじゃくる彼を強く抱きしめ返しながら私は青く光る星空へと消えていきました。



「ケイイチくん、よく1年間頑張った!今日でもう治療は終わりだ!元気にやれよ!」


院長が僕に手を振って見送った。


あれから、僕は病気を治して幻覚を見ることは無くなった。


父さんは家族揃って夕食を毎日食べれるようになって嬉しそうでヨシノリは泣きながらお祝いしてくれた。


それでも、心の中ではぽっかりと穴が開いている気分だった。


今夜はクリスマスだ。


父さんからは「思い出すから止めとけ」と反対されたけどこっそりとクリスマスマーケットへと1人で出かけた。


でも、父さんに言われた通り行かなければ良かった。


周りはカップルばかりで明らかに場違いで寂しくなるだけだった。


過ぎ行く人達が惨めな僕をクスクスと笑っているように感じる。


僕は少しだけクリスマスという非日常を堪能して、冷めた顔で帰ることにした。


「あーとっとー!どいてどいてー」


突然、大きなクリスマスプレゼントを両手で抱え込んだ男が目の前を横切った。


僕は慌てて避けようとすると、足を滑らせてしまい尻餅をついてしまった。


過ぎ行く人達が「なんだあいつ、ダセエ」と笑っているような気がした。


あぁ、なんて惨めなんだろう。


僕は顔を真っ赤にしてすぐに立ち上がろうとした。


すると、「大丈夫ですか?」と誰かが手を差し伸ばしてくれた。


見上げるとまるでメリーゴーランドと虹の始まりを同時に見ているかのようなキラキラの髪飾りをつけた女性が微笑んでいた。


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