第15話 カヌレ不在
1度目に悪女として死んだ経験を「夢」のことにしていたら、すっかり私は神の託宣を受けたということで話が進んだ。
人格変化を起こすほどの影響であったため、私は数日ほど安静に過ごしてからお父様と共に神官の元へ訪ねることになった。
「なるほど、夢で己の最期をご覧になったと……」
いまの私は何かと噂が尽きないので、こっそりと個室の祈祷室に案内してもらい、事情を聞いた神官からお言葉をいただく。
「夢による神託とは、生ある者に気づきを与え、心を改める機会を問うもの。主は、貴殿の変革を望んでおられるのかもしれませんね」
1度目の私が人の道を踏み外して本格的な悪女になるのは、ちょうどこの時期から。フェリシア嬢の存在を知ってからだ。
けれど、それ以前も高圧的な振る舞いで周囲を牽制していたため印象は良くない。
恐ろしいことにすでに貴族間では、私が皇太子殿下の客人であるフェリシア嬢に紅茶を浴びせ無礼を働いた、というねじ曲がった話が流れている。あれ、むしろ紅茶をかけられたのは私のほう……。
聖職者である神官といえど、いろいろな尾ひれがついた私の噂は耳に入っていたようで、遠回しに「あなたそろそろ心を入れ替えないとまずいよ」と、ふわっと神の言を盾にされ告げられてしまった。
1度目の最後を考えると本当にまずいし、その通りではあるんだけど。
(フェリシア嬢が来たことで私の怒りがとんでもないことになっている、と貴族を中心に思われているみたい。だから根も葉もない噂も勝手に流れてしまうんでしょうね。……はああ、やりづらいったらない!)
これからどう動こうかなぁ、と考えつつ、私は神官と一緒に神書の朗読をしたのだった。
「お待たせして申し訳ございません、お父様」
「……構わん。神官はなんと?」
神殿を出て馬車に乗り込むと、中で待っていたお父様がさっそく尋ねてきた。
「神官が言うには、神は私に変革を望んでいるのかもしれない、とのことです。たしかにいまの私にはありがたいお言葉ですね」
「……ローザリア」
お父様は難しそうな表情でこちらを見据えている。
なにか言えばまた癇癪を起こされると思っているのだろうか。
「今回の件をふまえてお父様に確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「言ってみなさい」
ちらっと視線を向けると、お父様は小さくうなずいた。
「この先、私がディミトリアス殿下と婚約解消をすることになっても、お許しいただけますか?」
「……!」
私の発言にお父様は無言のまま動きをとめる。
それから溜め込んだものを吐き出すようにゆっくりと口を開いた。
「許すもなにも……この父が、お前に皇太子妃の立場を強要したことがあったか?」
「いいえ、ありません。お父様はいつだって"皇太子妃に拘る必要はない"と、私の身を案じてくださっていました。情けないことにお父様のお心を理解できたのは、つい最近ですが」
心を理解するもなにも、私とお父様は圧倒的に会話が足りていなかった。
正直、いまこうして対面で話すのもまだ緊張する。
畏怖からくるものじゃなく、単純に慣れなくてソワソワしてしまうんだけど。
だからといって沈黙を貫いていても関係の進展は望めない。
相手に寄り添いたいのなら、まずは自分の腹の内を明かせと団長も言っていた。
「実は私、お父様には愛されていないのだと長年のあいだ思っていまして……」
(ちょっとちょっと、なにこの人生相談するような入り方……?)
しかも内容がド直球すぎないかと言ったそばから後悔していれば、ガタッと物が落ちる音が響く。
「お父様、
小刻みに揺れる馬車の中で、コロコロと床を転がるお父様のステッキに目を向ける。
そのままというのも何だし、拾ってしまおうと体勢を低くしたところで――
「ローザリア、いまの言葉は真か」
急に肩を掴まれたと思うと、鬼気迫る様子で問われた。
けれど返答をする時間も与えずに、お父様はぶつぶつと独り言を唱えはじめてしまった。
「愛さないなどとんでもない。大切な娘を愛さない父親など存在するのか?」
「あの、」
「むしろ疎まれ憎まれているのは私のほうではなかったのか? 後妻を迎えた私を軽蔑し、失望しているのだと……」
「たしかに幼心に複雑な気持ちはありましたが、家の跡継ぎのことを考えても取るべき選択だったともう整理はついていますし……って、お父様、聞いていますか?」
どうやら私の声は忙しく百面相をするお父様に届いていないらしい。
(お父様がこんなふうに慌てるところを見るのははじめて……)
既視感があると思ったら、私の変化に振り回されていたアレックスにそっくりである。
この数日でわかったことだが、アレックスは放っておくと一人で塞ぎ込んで悩みを悶々と考えてしまうクセがあるらしい。この状況を見て理解した、絶対にお父様譲りの行動パターンだ。
「お父様、お父様! 頭を抱え込まずに聞いてください。先ほどの話は私が勝手に思っていたというだけです」
埒が明かないので、がっちり自身の頭を抱えているお父様の腕に手を伸ばす。
すれ違いって恐ろしい。
怖がったり、個人の考えばかりに気を取られていたせいで、1度目はお父様の本質を見抜くこともできなかった。
「お母様が亡くなり、後妻を迎えるようになった頃は戸惑いばかりでお父様からも逃げてしまっていました。けれどそれでは後悔すると、夢のおかげで気づくことができたのです」
「ローザリア……」
「それでも改めてお父様の言葉でお聞きしたい。お父様は私を、どう思っていますか?」
お父様の手を握ると、即座に応えが返ってくる。
「愛している。エリザベートが残してくれた、私の大切な娘だ」
「……お母様のことも、愛していましたか?」
「いまでも、心から想っている。エリザベートにはとっとと別の女性と幸せになれと口酸っぱく言われたが……」
「そんな話をされていたんですね」
再婚が悪いとは思っていない。
ただ、あの頃の私がどうしてもお母様の死を受け入れられなかっただけで。
きっと二人には、二人だけで交わした深い会話があったのだろう。
「お父様」
「うん?」
「私もお父様のこと、心から愛しています」
たったそれだけのことを、1度目の私は、どうしても伝えることができなかった。
「…………娘と、このように話せる日がくるとは、夢にも思わなかった」
感慨深くつぶやいたお父様は、そっと窓の外に顔を向ける。
張っていた肩の力を抜け、漂う空気にやわらかなほころびを感じた。
「あ!!!」
その時ふと、窓の外の景色に溶け込むこじんまりとした製菓店を発見する。
「お父様、あそこは『ルルドゥ・アンジュ』です! 焼き菓子が美味しくて評判の!」
ビタっと窓に張りつく勢いで店名を確認した私に、お父様は瞬きを数回はさんで提案した。
「では、馭者に買わせよう」
「いいのですか? では、お義母様とアレックスにも買って帰りましょう」
「ああ、そうしよう」
「ありがとうございます、お父様! とても嬉しいです。ルルドゥ・アンジュの菓子はすぐに売り切れてしまうので、北部支店がオープンしたときも購入困難で……」
「北部?」
「あ、いえ。こちらの話です。そんなことより、この店はカヌレが有名なのでぜひ召し上がって――」
そこまで言いかけて、私はあれっと窓越しから店の様子を確認する。
ルルドゥ・アンジュ。
元はこじんまりとした製菓店だったが、異国で大流行した「カヌレ」をいち早く帝国で売り出したことで注目を集めるようになった。
帝都に本店、そして各地に支店を設けるほどに急成長し、傭兵団に所属していたときは、たまのご褒美に買ったりしていた。
(……こじんまりとしているわね)
それに売り切れ御礼の製菓店とは思えない寂れっぷり。
(そういえば、1度目と2度目の記憶を思い出したばかりでそれどころじゃなかったけれど、この時期は帝国歴何年だった?)
その時、お父様の指示で店内に入っていった馭者が外から扉をノックする。
「あのう、旦那様――」
馭者は言いづらそうに告げた。
ルルドゥ・アンジュに、『カヌレ』という菓子は置いていなかったと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます