第9話 修羅場はとっとと退場します
ディミトリアス・ハイデ・ゼクシウス・ガルディオス。
史上神ゼクシウスの遠い子孫と言い伝えられる皇室に誕生した――ガルディオス帝国の皇太子。
彼は生まれてすぐに「ゼクシウス神の生き写しだ」と、普段は堅苦しく気難しい静寂を体現した神殿上層部をザワつかせるような人だった。
陽光に透ける白銀の髪、魅惑的な赤紫の目。
陶器でできているかのように麗しく、それでいて均整がとれた体格は衣服の上からでも筋肉が引き締まっていることがわかる。
通った鼻筋、形の良い唇、描いたように美しいひそめられた眉。
それは男性らしくも、儚さを掛け合わせたような美形。
その唯一無二の姿からは、高貴さがひしひしと伝わってきた。
(だから穏便に済ませたかった。この人が来てしまうから)
とんでもない美青年――ディミトリアス殿下が、この修羅場化した茶会の席に現れたのは、1度目と全く同じだった。
(……あっ)
皇太子を前にしてほうけている場合じゃない。
いまだに鼓動はどきどきと忙しないけれど、なんとか腰を低くして平静を装う。
「皇太子殿下に挨拶申し上げます」
私に次いで令嬢たちも頭を下げる。
緊張が張り詰める中、しばらく沈黙が続いた。
ディミトリアス殿下からは一向に声がかからない。
基本的に皇族に挨拶を述べた際には、何かしらアクションがないとずっとこのまま頭を伏せていないといけないのだけど。
「君、なのか……?」
わずかに呆気にとられた声が届いた。
顔をあげると、思ったよりも近い距離にいたディミトリアス殿下と視線がバッチリ合う。
「はい、ローザリアでございます。イレーネ国からのお戻りを心よりお待ちしておりました」
にっこり微笑むと、ディミトリアス殿下はさらにじっとこちらを見下ろす。
その背後では、彼の従者がド肝抜かれた様子でいる。
私が茶会の場に来たときの令嬢たちと同じような反応。私の今日の装いや態度を含めて驚いているようだった。
(……1度目のときはどういうことなのかと激昂してディミトリアス殿下に詰め寄っていたわ。しかもフェリシア嬢の頭に紅茶をぶっかけたのに悪びれもなくね)
そう考えると少しは結果が変わったのかもしれない。
代わりにエリザベス嬢を止めようとして、私が紅茶を被ってしまったけど。
「その、ドレス……」
彼は言葉を詰まらせ、そしてもう一度。
「そのドレスは、なにがあった?」
着ているドレスが汚れていると気づいたディミトリアス殿下に見据えられる。
「あ……ローザリア様。わたくし、大変なことを……申し訳ございません」
返答に迷っていると、失態に身を震わせるエリザベス嬢が発言した。
「…………」
ディミトリアス殿下の冷ややかな視線がゆっくりそちらを向いた。
誰かが言っていた気がする。
後ろめたい気持ちを抱える人ほど、ディミトリアス殿下の目に見据えられると許しを乞いたくなってしまうらしい。
彼が放つ鋭利な空気がそうするのかはわからないものの、問い詰められると神殿で懺悔を行う罪人のようにしてしまうと。
「先ほどの騒ぎといい、混乱を起こしたのは君か」
「申し訳ございません! わたくしがフェリシア公爵令嬢に紅茶をかけようとしました! それをローザリア様が止めてくださり、このような状態に」
「紅茶……?」
赤紫の目が再びこちらに戻る。
畏れ多くも皇太子の客人に危害を加えるような真似をしようとしたのだ。
しかも隣国の公爵令嬢という身分。見せしめとして何かしらの罰を与えられても仕方がない。
「申し訳ございません、殿下。エリザベス嬢が起こしたのはわたくしを想っての行動。彼女には後ほど言って聞かせます。咎めるのならばどうかわたくしを。……フェリシア公爵令嬢にもお詫び申し上げます」
「いえ、こちらこそ楽しい場を乱してしまい申し訳ございません」
フェリシア嬢はさっとドレスをつまんで腰を落とした。
「……怪我は」
「…………」
「ローザリア」
「え?」
……あ、私?
てっきりフェリシア嬢に聞いたのかとばかり。
「紅茶を被ったんだろう。どこか火傷はしていないか」
「え、いや……どこも」
まずい。ふわっとした返答に加えて半分素を出してしまった。
そんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったから。
(フェリシア嬢に紅茶がかからなかったから? きっとそうだ。本来ならここでディミトリアス殿下はフェリシア嬢を連れて去ってしまうから)
だけど、今回は。
「殿、下――?」
目を疑った。
着ていたジャケットを脱いだディミトリアス殿下は、それを紅茶の染みがついたドレスを覆い隠すように私に掛けてくれる。
装飾で少しばかり重量のある上着が、ずしりと乗って戸惑いを覚えた。
「衣服を汚した姿のままでは、好奇の目に晒される。それは君も望まないはずだ」
また、付け足すように。
「……君を可愛がる、皇妃陛下も心配されるだろうからな」
「お気遣い、感謝します」
じんわりとジャケットに残るディミトリアス殿下の体温にどぎまぎしながら、私はまたしても深く頭を下げる。
そして、
「…………では、恐れながらわたくしは、これにて失礼させていただきます! 紅茶を被ったままいるわけにはいきませんので!」
またとない退散のチャンスに、私はスカートを翻した。
立ち去る前に、ほかの参加者である令嬢たちにも軽く挨拶を添える。
「皆様、お茶会はまた次の機会に」
「あ、あの……ローザリア様」
「エリザベス様。フェリシア公爵令嬢は殿下の大切なお客人です。もうあのような行為は金輪際しないと、約束してください」
「…………はい」
すっかり肩を落としたエリザベス嬢に少し冷たく言い放ったあと、私は今度こそ歩みを進めた。
現時点の婚約者と婚約者候補の令嬢、そして皇太子。
異様な現場からひとまず退散することができた私は、胸を撫で下ろした。
(エリザベス嬢をダシに使ったようで申し訳ないけど。ああ言っておけばフェリシア嬢に危害は加えないってわかってくれるよね)
風をはらんではたはた揺れるジャケットを掴みながら、いま起こったことを考える。
ジャケットを貸してくれたことは本当に想定外だった。
ありがたい。でも、だけど。
(こんなふうに気遣いができるのなら……)
色々と危害を加えたし、暴走していたことを反省するのは大前提として。
(やっぱり少しは説明があってもよかったじゃない。婚約者がいる状態で、隣国の令嬢を婚約者候補として連れてくる前に、少しくらい)
1度目の私が感情移入してしまったのか、ちょっとだけ湧き上がる腹立たしい思いは、この胸にだけ留めておいた。
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