白石乙葉はテロにあいたい
えっと……ここは魔境ですか?
私、真広君をランチに誘いたかっただけなのに、なんでこんな事に……
己の存在を消し去ろうと必死な私の周囲で、言葉が容赦なく飛び交っている。
みんななんでこんなに言葉が浮かぶわけ?
真広君をランチに誘おうとしたら、
コミュ障の私にとって「不特定多数での食事・飲み会」ほどの鬼門は無い。
これが仕事の会議とか、職場の歓送迎会のようなテンプレで乗り切れるものなら何とかなる。
バッチリ! ではないけど何とか……なるよ?
でも……お食事や飲み会はダメだ。
戦場の銃弾のように飛び交う言葉の数々。
話題を振られないよう顔見知りの影に隠れる、さながら銃弾を避けるため
何せ、話題を振られても「あ……そうですね。へへ……」「あ、ですよね」程度しかボキャブラリーがないので、会話が秒で終了してしまうのだ。
ああ! あとカラオケボックス!
ひええ……怖い怖い。
一度同期みんなのカラオケに引き釣り込まれた時、歌う歌が無いので苦し紛れに「関白宣言」歌ったら場が静まり返ったあの空気……今でもトラウマだ。
何をとち狂ったのか、クラブに誘ってくる子も居たけど、あんなサバトみたいなところ行ったら、二度と帰ってこれ無さそうだよ……
私のようなコミュ障にとって、こういう場は「いかに楽しい時間を過ごすか」ではなく「いかに被害を最小限にして生き残るか」なのだ。
ってか、なんでみんなあんなすぐに言葉が出るの!?
私の知らない間に特殊訓練でも受けてたのだろうか、と思うくらい理解しがたい。
もし、みんなみたいなコミュ力がもらえるなら、悪魔に両親や弟、あと健太の寿命を引き換えにしてもいい、と思うくらいだ。
と、現実逃避に浸っていた私の耳に、参加者の1
「……白石先輩、どう思います。酷いと思いません!」
ひゃっ! 流れ弾来ちゃった!
ってか、何話してるんだろ?
「う……うん、そうね。それは……あんまりだ……ね」
そう言いながら、女神のごとき笑みを浮かべると、山口さんは「ですよね~」と憤懣やるかたないと言った調子で再び、隣の子と話し始めた。
ほっ……銃弾はヘルメットで防げたようね。
オッケーオッケー。
ってか、どうせ彼氏に関する愚痴でしょ。
ったく……いるだけ羨ましいっつうの。
チラリと真広君を見ると、隣に座っている嘉村由美と何やら談笑している。
くっ……本当は私だったのに。
そして、今夜はめくるめく官能の時間を……のはずが。
いっそ、このカフェに超イケメンのテロ集団でも来て、私と真広君以外皆殺しにしてお店ごと爆破してくれたらいいのに……
そう……そんな中、私は真広君を守ろうとわが身を犠牲にして……
(お願い、彼だけは助けて! 私はどうなってもいいから……)
(そうか……お前、よく見るといい女だな。俺たちと一緒に来い。そうすればコイツは見逃してやる)
(そんな……嫌よ)
(白石さん、こんな奴に白石さんは勿体無い。僕を……殺せ)
(そうだな。お前を殺せば、この女は俺のものだ)
(真広君!)
で、その時私が密かに習得していた殺人術で、このナイフとフォークをテロの親玉の手に投げて、痛みで苦しむ隙に真広君を連れて逃げ出す。
そして……
(白石さん。有難う、助かったよ)
(ううん、でも……みんなが……犠牲に……)
(そうだね……でも、君が居てくれる。それが……嬉しい)
(真広君……)
(助けてくれて有難う。これからも……僕を守ってくれる?)
(うん、一生……守る。ベッドの……中だって)
(本当に? じゃあ……確かめようか? 今から……)
ひええ! そんな……ダメだよ!
昼間から確認なんて……それは……ちゃんと夜になって……あと、いい感じのホテルも探してから。
そうそう、2年前に買ったきり1度も使ってない勝負下着にも替えて来なきゃ
全く、若い男の子ってなんでこうがっつくのかしら……もう。
と、そこで真広君の声が聞こえてきた。
「白石さん、大丈夫ですか?」
「へ!? うん、ホテルの目星は……」
「え? ホテ……ル?」
うわああ、ヤバ!
またやっちゃった、妄想癖。
どうしよどうしよ……あ、そうだ!
「えっと……うん、嘉村さん……来週、取引先……打ち合わせ……接待……あるんだよね? そこで使……う、レストラン。ホテルの……1階にあるから、教えようと」
「え! うそ……白石先輩、そんな事、考えてくれて……私、どうしよう、って密かに困ってて……」
え、そうなんだ。
ちっ、じゃあ黙ってれば良かった。
いやいや、ここまで来て引き下がれない。
でないと、真広君を昼間からラブホに引き釣り込もうとする痴女、って認識されちゃうよ……
「役に立てて……良かった。気にしない……で。先輩だもん」
嘉村さんは目を潤ませて何度も頭を下げている。
そして……ええ!? 真広君が背中さすって……ちょっ! 羨ましい……絶対今夜、氏神様のとこでわら人形打ってやる。
嘉村さんの髪の毛引っこ抜かないと……
「だから、白石さんに相談しろって言ったろ? この人なら絶対、見捨てずに何とかしてくれるんだから」
「だって……ずっと迷惑……かけっぱなしで……」
泣いてる嘉村さんに、真広君はさらにさらに……ハンカチまで! おい!!
ああ~やだ。絶対、今夜わら人形だ。
こうしてられない。
今からすぐに釘と人形注文しないと……
そう思い必死に調べてると、真広君が「レストランに連絡ですか?」と。
それどころじゃないっつうの!
やめやめ! そんなの。
「それが……レスト……ラン、取れなく……て」
「そうですか……」
今の私にはわら人形と五寸釘の方が大事だっての!
後、カンカン五寸釘叩いても苦情の来ない寂れた神社探し!
と、思っていると真広君もスマホを取り出した。
「白石さん、僕も探しますよ、一緒に。で、良かったら下見しましょう、一緒に……隣、移ってもいいですか」
え……
気のせいか、カフェの店内に光のシャワーが降り注ぐのを感じた。
天の祝福って……こんな感じ?
私は開いていたオカルトのページを一瞬で閉じ、隣の真広君と共に探し物に没頭した。
ああ……テロリストさん……やっぱり来なくていいからね。
ってか、来るな。
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