白石乙葉はしゃべりたい
京野 薫
白石乙葉はイメトレしたい
(おはよ! あ、今日もスーツいい感じじゃん。スーツをキッチリ着こなせる男子って……あこがれちゃう。へへ)
(部長、いつもネクタイすっごく気を使ってるんですね。毎朝見るの楽しみなんです。なんかこっちまでテンション上がる! みたいな。えへ)
私は職場近くのコンビニで買ったホットのほうじ茶を両手で持ちながら、毎朝のルーティンとなっているイメトレを行っていた。
うんうん、今日は調子いい。
声のトーンも声量もバッチリ。
後は……
私は携帯を取り出し、待ち受けに張ってある付箋を見る。
「目指せ、
今日こそは……
私はホッと息を吐くと、顔を上げて意識を戦闘体勢に切り替えると職場のあるビルに入っていった。
いざ、決戦の舞台へ!
「あ、
き、きたっ!!
私の「お友達になりたいリスト1番」の後輩社員、
相変わらずセンスのいいスーツにネクタイ。
そして女性のような可愛らしい容姿に、優しい微笑み!
私は瞬時に脳内へコンビニでのイメトレの文言を呼び起こす。
(おはよ! あ、今日もスーツいい感じじゃん。スーツをキッチリ着こなせる男子って……あこがれちゃう。へへ)
言うんだ、
昨夜も頑張って練習したんだ。
これを言えさえすれば……
「……おはよう」
しまった、挨拶しか……この後、スーツの話題に行くはずが……勇気でなかった!
いや、まだ間に合う。
ここから(今日のスーツいい感じ……)につなげれば……この勝負、勝てる。そして今日こそライン……
長い沈黙の後、やっとの事セリフを振り絞ろうとしたとき、真広君はニコニコと微笑みながら続けた。
「うう……今朝も寒いですね。家のエアコン最近調子悪くて。時期が時期じゃないですか。修理も全然埋まっちゃってるから、つい電気ストーブ買っちゃいました。でも、暖かいからオッケーです!」
そう言いながら満面の笑みで親指を立てる真広君を見ながら私は愕然とした。
う、うそ……
ストーブはイメトレしてないよ……なんで壊れるの? 気合入れてよ、お馬鹿エアコン!
日本の技術はどうなってるのよ!
何が物づくり大国よ。
そもそも、最近の家電ってパパやママの時代と違って複雑になりすぎてるから、壊れやすいんだ!
もっとメーカーは初心に帰りなさいよ。
松下幸之助もあの世でブチ切れてるっつうの!
しかも、なんでこのタイミングで壊れ……ああ、そうだ。私って子供の頃から「間が悪い子」って言われてたんだよね。
そういえば、中学の修学旅行も初日に熱出して……ああ、いかんいかん。
また脱線しちゃった。
私はせめて……とばかりに微笑みながら、やっと言葉を搾り出した。
「そう。大変ね」
「はい! あ、でも……白石さんとお話しできたので、元気でちゃいました」
「良かったわ」
「あ、一緒に行きましょう」
そう言いながら真広君は私の隣を歩く。
ああ、幸せ。
この子、可愛いわりに背が高いから、長身の私でも甘えてる感を持てて嬉しいな。
って言うか、またおしゃべりできなかった……とほ。
昨夜のイメトレが……
「すいません、朝からベラベラしゃべりまくっちゃって。でも、白石さんっていつも冷静でクールだから、尊敬してるんですよ。仕事も完璧だし、無駄なおしゃべりもせず質実剛健って感じで。なんか……武士、って感じですよね」
「そうでもない……でも、有難う」
ごめんね、今の言葉録音させて!
……なんて言えないよ。
せめて仕事始まるまで何十回とリピートして口調も声色も全部脳みそに焼き付けてやる!
武士、って感じで……武士、って感じで……憧れるんですよ、憧れるんですよ……うっし……って、武士って褒め言葉なのかな?
ああ、それと謝らないで!
あなたがこんな至近距離で話してくれてるだけでも、私の脳内エレクトリカルパレード状態なんだから。
……むむっ! 今、ピンときた!
現状打開のための切り札。
(真広君、先月USJ行ったって言ってたよね。どんな感じだった? 私も仕事の参考にしたくて……良かったら行かない? ふふっ、あくまでも仕事の一環よ。勘違いしちゃ……だめ)
はうあ!
神が降りてきた……
これって言えたら……一緒にUSJ……行けちゃう? 行けちゃうよね!!
特にこの「だめ」の所で妖しく微笑みながら人差し指を真広君の唇に当てれば……まさに魔性の年上女子!!
「真広君、先……せん……げ」
蚊の泣くような声でつぶやく私を真広君はキョトンと見ていたけど、やがて私の顔を心配そうに覗き込んできた。
ひゃあ! 近い近い……可愛い顔がドアップ!
「せん? ……あ、白石さん……ひょっとして、僕の先方へ提出する書類の件ですか? すいません、実は……部長に修正しろと言われてしまって、今日残業してやります」
へえ!? 残業って……違……あ、そうだ!
ここでポイントアップのチャンス!
(真広君、手伝ってあげる。あの取引先って厳しいの。1人じゃ大変だと思うわ)
(そんな……悪いです)
(ふふっ、いいのよ。あなたの笑顔が私の幸せなんだから。私の幸せのためにも……協力させて)
(白石さん……)
(私のデスクに置いておいて。一緒に残業しましょう。……で、もしあなたさえ良ければその後も残業しない? 二人っきりで……私のマンションで)
(え……それ……って)
(そうよ。私とあなたの恋の……残業)
ひええ!
興奮しすぎて心臓止まるかと思った。
神様、降りて来すぎ。
お礼に今度のお休み、近所の氏神様にお賽銭入れとこ。
「……白石さん? ほんと、大丈夫ですか……顔、真っ赤」
まずいです、氏神様。
興奮しすぎて……セリフ飛んじゃいました!!
どうしよ、どうしよ……
テンパりまくった私は、先ほどのセリフのかけら達を引っかき集めて、それらしいものを作ろうとした。
頑張れ、私!
小説の投稿サイトで鍛えた文章力を……
「……協力させて。私のデスクに置いておいて。私の……残業」
「白石さん。そんな……」
はへ!? 何か……違う。
かなり別物になっちゃった。
あ、そうだ! 恋の……残業……とほ。
「おはよ、白石」
むむっ、この声は!
私は背後を見た。
案の定、そこには同期入社の腐れ縁、
小学校入学からの腐れ縁。
見た目だけはやたら良いせいか妙にモテるのだが、口が悪くて無神経な本性を知っている私としては理解不能だ。
女子どもよ、もっと野郎を見る目は養いなさい!
……って、彼氏居ない歴イコール年齢の私が言うのもなんだが。
後、真広君とやたら仲良くて、なぜかコイツの事を慕っている。
いつか洗脳から覚ましてあげないとね。
「おっ、顔真っ赤じゃん。どうしたんだよ、なんちゃって武士」
「ほっといてよ、健太」
私は唇をツンと尖らせると言った。
「高宮先輩、分かってないですね。白石さん、なんちゃって武士じゃなくないです? 僕らなんかよりずっと武士だし、大和撫子ですよ」
「そんな……事」
「あ、でも僕の仕事、手伝ってくれるって言うやつ、無理しないでくださいね。他の人のフォローもしてるっぽいのに」
「マジで? じゃあ俺のも手伝ってよ。牛丼おごるからさ。好きだろ、お前」
私は真広君にばれない様に、視線だけで殺しかねない勢いにて健太をにらみつけた。
邪魔すんじゃないっつうの、スカタン!
ああ……なんでコイツとだけ普通にしゃべれるのよ。
一番コミュニケーションの必要性が無いやつなのに。
酷いよ、神様!
「白石さん、牛丼好きなんですか? 意外だな」
「……全然。小エビのサラダが……好き」
「はあ!? お前、前に特盛り食いたいって……まあいいや。真広、俺ちょっと白石と話があるから先行っててくれない?」
「はい。じゃあ白石さん、また」
真広君はにこやかな笑顔で頭を下げると歩いていった。
ああ……ライン……
私は未練がましく見送ると、健太を再度にらみつけた。
「あんたさ……人の恋路を邪魔して楽しいの! 死ね!」
「お前さ……ずっと聞いてたけど、やっぱ無理じゃん。コミュ障直すの」
「……次こそは」
「ってか、無理に直さなくていいんじゃね。お前、社内で結構人気あるんだけど。『武士』とか『大和撫子』ってあれ、褒め言葉なんだぜ。いつでもクールで無駄口も言わずに他人のフォローを完璧にしてる、ってみんな言ってるじゃん」
「私は普通におしゃべりできるようになりたいの。ずっとあんなじゃ、いつかみんな離れちゃう……あの時みたいに」
「まあ……あれは……」
「しゃべれないぶん、気遣いでカバーしないと私空っぽじゃん」
私はそう言うと健太に言った。
「とにかく、真広君と絶対に……USJ行くの! 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ね! 死んじゃえ!」
「はいはい、分かったよ。ところで俺の仕事、手伝って……」
私は返事の代わりに思いっきりあっかんべーをしてその場を離れた。
全く……
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