初陣
1‐1
西暦二〇五二年、春。
狂い咲く桜に彩られた街は、しかしぞっとするほど人気が失せていた。無理もない。破壊され、蹂躙され、半壊もしくは傾いだビルに住まう者などいるわけがない。
まっとうな神経を持つ人間なら、真っ先に逃げ出すだろう。ここには、怪物がいる。
滅葬せよ。
それが、己に与えられた至上命令だ。
今から二十六年前に突如として現れた敵性生命体ヴァンパイアは、最初は軍隊でも対処することができていた。
しかし次から次へと現れるヴァンパイアはいつの間にか再生能力を獲得していき、通常兵器では倒れることのない存在と化した。
国々が滅び、国連が崩壊し、世界は破滅の危機に瀕している。
赤茶けた鉄骨剥き出しの、建設途中と思われるビルの先端に立つ黒い喪服のようなドレスを纏った白髪の少女がいる。
それが中天に差し掛かった太陽の光を受けてぎらりと輝く。
纏ったケープの背中には金具で十字架をあしらったマークが煌めいた。四つの頂点に三角形状に三つの穴が開き、中央に一つの穴。計十三個の穴が開いている。
どういう意図でこんなデザインにしたのかは知らないが、ありがたい十字架に穴をあけるなど、少し罪深くはないかと思わないでもない。
目つきは鋭く、大人びていたが顔はまだ童顔で、幼い。実際彼女はまだ十五歳で、今年の誕生日でようやく十六歳になる少女なのだ。正確には、昨日十六歳になった。
鋭い黄金色の目で、ショットガン……否、『
夜間モードだった暗視装置を切り、通常モードに変更する。倍率を変えて、敵を睨む。血装は魂の発現であり、それ故に通常の物理学から外れた挙動を可能にする。スコープの操作を切り替えることなど、造作もない。
いるのは五体の人間形態の小型ヴァンパイア、グールだ。
犬か狼か狐かはわからないが、とにかくイヌ科の獣の頭を持った人型のヴァンパイア。鋭い牙と爪を持ち、その一撃は人間の肉など容易く斬り裂いてしまう。
「目標を確認」
右耳に取り付けた紡錘形の通信機に告げ、
「滅葬開始」
飛び降りる。高さは優に四十メートルを超えている。普通の人間なら即死は免れない。人間は十五メートルの高さから落ちただけで確実に死ぬのだから。
漆黒のケープと背中まで伸びた白い髪がはためく。
しかし瑠奈は、その高さをものともしない。
空中で白夜のスコープを覗き込み、一体を狙撃で撃ち抜く。
ヘッドショット。落下中にできる芸当ではない。
着地と同時に全身を凄まじい衝撃が駆け抜けるが、痛みに歯を食いしばり肉薄するグールの下顎に銃剣を突き刺した。
筋肉と骨を貫き、脳天まで突き抜ける。黒い血が溢れた。ヴァンパイアに共通する赤い目が輝きを失う。
引き抜くと即座に白夜を構え直し、撃つ。今度は狙撃ではなくこの銃の本領、散弾を放つ。
白い輝きに満ちたシリンダーを撃鉄が叩くと、本物の銃と遜色ない銃声を響かせて光の銃弾を放った。実弾ではない。
胴体を食い破られたグールが黒い血を跳び散らしながら吹き飛び、しかしその吹き飛んだグールの背後から二体が飛び掛かってくる。
一体の爪を白夜で受け止め、いなすと同時に前転。先ほどまでいた場所を、もう一体のグールの爪が掠めていった。あの場にいたら斬り裂かれていた。
瑠奈は起き上がりと同時にターンし、撃つ。ショットガンが光の散弾を撒き散らし、一体を屍に変えた。残るは一体。
金属を軋ませるような声音が上がるが、瑠奈は無視。慈悲など必要ない。撃つ。
最期の銃声が廃墟に響き渡り、戦闘の終わりを告げた。
「滅葬終了」
白夜を胸に押し付けると、ずるり、と肉体の中に吸い込まれて消えた。
「こちら神代瑠奈。当該地域の安全は確保。補給部隊を動かしても問題ないわ」
「了解です、瑠奈さん。帰投してください」
「了解」
砕けたアスファルトを踏みしめ、五メートルほどの高台に一つ跳躍しただけで軽々登り、安全圏で退避していた兵員輸送用の装甲車に乗り込む。
狭苦しい兵員区画の椅子に座ると、装甲車が動き出した。
今時は軍用車も電気式で、エンジンの音はほとんどしない。これは、地上の支配権を奪われ石油の発掘が出来なくなったから電気式が普及したというのもある。
加えて音を立てずに隠密行動をするためであるとも言われている。各部パーツも隠密用に調整され、タイヤの走行音が僅かに響く程度だ。とはいえ各部のパーツが立てる軋みやなんかはどうしようもない。だが余程勘のいいヴァンパイアでなければそうそう接近を悟られない。
十八年前、世界はヴァンパイアの脅威を前に撤退を選んだ。
世界中が都市単位で防衛拠点を築き、壁と超強化特殊透明装甲でドーム状に街を覆い、自立防御の構えを取った。
幸い、その頃には核融合式発電が可能となり、膨大な電力を自力で確保することができていたため、エネルギーに問題はなかった。
不要物を転換し、必要な物資に変換する施設も出来上がり、都市はどうにか生活を維持できている。所謂、『
それでもまだ食べ物は配給制だし、食料状態がいいとは到底言えない。自分はこうして戦場に立つ存在だから優遇されているが、そうでない一般人は過酷な生活を強いられる。
大昔の武士と貴族ではないが、戦う侍には相応の見返りがある、ということだ。それを特権階級のように妬む者がいるのもまた事実なのだが。
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