幼馴染に振られたショックで前髪を切ってメガネを外したらモテモテになった。また仲良くなりたいって言われても嫌なんだけど……

チドリ正明

第1話 失恋

「親の付き合いで仲良いふりしてただけで、あたしは全くあんたのことなんて好きじゃないから」


 幼馴染の佐藤美香さとうみかは不愉快そうな顔つきだった。


「そもそもそのダサい髪型とメガネをなんとかしなさいよ。体もヒョロイし……あたしと釣り合うって本気で思ってたの? むしろ嫌いなくらいなんですけどw」


 腕を組んでケラケラと笑う美香は、俺の好きな美香ではなかった。


「ってか、放課後なのにこんな場所呼ぶなっつーの。校舎裏なんてじめっとしてて気持ち悪いし、あたしこの後用事あるんだわ」


「……ごめん」


「なんの謝罪? 意味わかんない」


 美香は項垂れる俺を嘲ると、退屈そうに息を吐いて立ち去った。




 ◇◆◇◆





 高校三年の春。

 俺は、井下リクトは、十年来の幼馴染にこっぴどく振られてしまった。


 正直、いけると思っていた。


 だって、めちゃくちゃ仲良かったし、親同士も交友があって昔から頻繁に会っていたから。


 でも、ダメだった。


「はぁぁぁぁ、ただいま……」


 俺はショックを隠しきれず家に帰ってきた。


「あら、おかえり。何よその顔、嫌なことでもあった?」


 母さんが出迎えてくれたが、俺は何も話す気になれなかった。

 つい一時間前に失恋したばかりだから仕方ない。


「……まあ、色々あった」


「ふーん……もしかして、失恋したとか?」


「え?」


 なんでわかるんだよ。


「嘘! 当たった!? 誰、誰に振られちゃったのよ?」


「母さん、そういうのはあんまりデリカシーなく聞くもんじゃないぞ」


「いやねぇ、別に馬鹿にしたり責めるつもりはないのよ。ただ、浮いた話ひとつない息子の恋愛事情は気になるじゃないの」


「まあ、それもそうか」


 気持ちはわかる。こんな野暮ったい根暗な俺を気にかけてくれてるんだろうなって思いは伝わってくる。


「で、どうなの? まさか美香ちゃんが相手とか言わないでしょうね?」


 母さんは靴を脱ぐ俺を肘で小突いてきた。


「美香だよ」


「え?」


「だから、相手は美香だよ」


「……美香ちゃんが相手だったのねぇ」


 自分で茶化し気味に聞いてきたくせに、母さんは「まあ!」と言って口を開けて驚いていた。


「こっぴどく振られたけどね。あーぁ……いけると思ったんだけどなぁ」


「良い経験だと思えばいいんじゃない?」


「ポジティブすぎない? 俺にとって美香は初恋の相手だったし、簡単に立ち直れないんだけど」


 俺はリビングのソファに腰を下ろした。

 なんか全身に力が入らない。どっと疲労感を覚えた。


「んー、母さんがこんなこと言うのも違うかもしれないけど、美香ちゃんじゃなくて良かったと思うわよ」


「はぁ? なんでだよ。あいつは昔から明るい性格で俺に優しくて、泣きべそかくけど変に強がりで、髪も綺麗で顔も可愛かったろ。正直、俺は美香以外に考えられないって思うくらいだったんだぞ」


 幼馴染は恋愛対象になりにくいとはよく耳にするが、それでも俺は美香が好きだった。いや、大好きだった。

 あんまり軽々しく否定してほしくない。


「……リクトは知らないのね。美香ちゃんの家ってあんまり評判良くないのよ?」


「評判って近所の評判?」


 母さんは専業主婦だから色んな情報を持ってそうだけど、俺はそんな話は全く聞いたことないな。


「うん。あそこお父さんが単身赴任で海外にいるでしょう? その間、お母さんがいろんな男の人を家にあげてるみたいだし、他にも近所の人をマルチ商法に勧誘してるのは有名な話よ。美香ちゃん自身も、ちょっと危なそうな夜のお店で見かけたって人もいたみたいだし……」


「まじ?」


「まじ」


 母さんは冗談を言っているわけではなさそうだった。むしろ、呆れながらも真剣な顔つきだった。


「……じゃあ、振られて良かったってこと?」


「火の無い所に煙は立たないって言うくらいだし、評判通りなら深入りせずに済んだのは良いことだと思うわよ」


「あー、うん……うーん、そっかぁ……なんか、それはそれでショックだな」


 美香に振られたシンプルなショックと、美香の佐藤家の評判が悪いから振られて良かったのかもっていう変な前向きな情報……これがジレンマってやつか。


「とにかく、まだ若いんだし失恋の一つや二つは経験しておくべきよ。それと……男も女も見た目だけじゃ何もわからないの。中身を見なさい」


「うん。ありがとう、母さん」


「いーえー。夕飯の準備ができたら呼ぶから、今日も元気に筋トレしなさいな」


 母さんは笑顔を浮かべてキッチンへ向かった。

 相変わらず優しい。俺が気負いすぎないように、うまく慰めてくれたみたいだ。


 これが年の功ってやつか。


「なんか変なこと考えてない?」


「っ! な、なんも考えてないよ! 筋トレしてくる!」


 心を読んでくるのもまた人生経験の長さ故ってところだろう。


 さて、多少は心を切り替えられたけど、まだまだ失恋のショックは癒えていない。


 今日はいつも以上に気合を入れてトレーニングに励むとしよう!



 




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