1‐3
神光教は、このアケルダマ――旧リレータ帝国に発祥を持つ宗教だ。古代の十三柱の神の一柱、光の神ブライトを信仰することを
光の神の名の下に、明けない夜を明かそうとしているのだろうか。
ブライトは狩猟と豊穣の女神であり、鉄鋼資源に恵まれているのは狩猟の道具を作るためであるとか、土壌が豊かなのも女神のおかげであるとか、そんな風に信仰されている。
どれもたまたま当てはまっただけの偶然にしか感じられないのはレナードが無神論者であるからだろうが、神光教信者はとにかくその辺りの偶然を奇跡だの運命だのとわけのわからない言葉で脚色したがる。
十字架に、丸い円を取りつけたような丸十字が神光教のシンボルだ。十字架は、かつて滅んだ、世界を支配した超高度先史文明クレセント帝国から来ている。彼の文明は国を興した英雄王が十字剣を使ったことを神格化し、十字架は神の威光であると定めたらしい。円は光を生む太陽を意味しているとも言われている。
その、光の神の加護に守られていたはずの国が『夜の明けない地』になったことと、狩猟の神の名の下で魔物を狩り続ける現状は、なにかの皮肉としか思えない。
一人と一頭は明けない夜の沈まない青い満月に照らされた黒光りする石畳を歩く。
「レナード、銃の装填を済ませておくべきではありませんか?」
「おっと……忘れてた」
ゴアハウルを取り出し、シリンダーを左にスイングアウトする。空薬莢を捨て、敵もいないのでクイックローダーではなくポーチから弾丸を一つずつ込めていく。シリンダーを元に戻してしまうと、今度はダブルセブンを取り出す。
このレバーアクション・ソードオフ・ショットガンは中折れしない中折れ式とも言うべき装填方式なので、レバーを開いて固定マガジンにショットシェルを詰める。マガジンに五発、キャリアに一発、薬室に一発入れてレバーを閉じる。
銃の準備は完了。レナードは黒い外套の内側に仕込んだ投げナイフを確認。腰にぶら下げた手榴弾も一つも使用していないのでまだ三つある。十二分な武装。外套の内ポケットから銀色のスキットルを抜き、ウイスキーを呷る。繊細な味わいと鼻を抜ける大麦麦芽とスモークの香りを楽しみ、残りを取っておく。
「そんな不味いものを飲むなんて、どうかしてますよ」
「犬のお前にゃわからん」
「犬じゃなくて狼です! ……馬鹿トークはここまでにしましょうか。教会から魔物の匂いがします」
「数は?」
「三体ほど。死臭と火薬の匂いもします。戦闘したようですね」
「三体……なら、ダブルセブンでいいな」
半開きの教会の扉を開け、内部を見やる。夜目の利くレヴナントに光源はいらない。僅かな光を増幅して闇を見分ける能力が備わっているからこそ、暗いというハンデがあっても人間以上に活動できるのだ。
太い石柱と朽ちた長椅子が並び、ステンドグラスを背負うように説教壇が立つ。脇の扉の前に固まっていたコボルト三体が扉の軋む音に反応して、こちらを向いた。
ダブルセブンを片手ではなく両手で保持し、しっかりと構えて撃つ。
肩を蹴る衝撃と撃発音。鹿をも殺す銃弾を大型犬如きが耐えられるはずもなく、見事に吹っ飛ぶ。レバーを前後させ排莢と次弾装填を素早く行い、次に狙いを定める。
レバーアクションと散弾銃は非常に相性が悪い。だがこの銃は、捨てられない。工房の親父にポンプアクションにしろと言われても無茶を通して改造してもらい、使い勝手を向上させてきた。
二発目。胸を吹き飛ばされたコボルトが死ぬ。
三発目。吹き飛んだコボルトの背後から死角を突くように突っ込んできた一体の頭部を撃ち抜く。
「敵の匂いはありません」
ライカの感知能力に間違いはない。
レナードはレバーを引いて弾倉を開くと、新たに三発リロードしてしまう。
「調査員は?」
「あの扉の向こうからレヴナントの匂いがします」
コボルトが群れていた辺りを視線で示すライカに従い、レナードは扉まで向かう。
ノブを回して押したり引いたりするが、開かない。
「おい、いるんだろ。わかってるんだ。さっさと開けろ」
「誰よ」
声が返ってきた。年若い少女の声だ。
「ヴァルキュリア東南支部対魔物殲滅部隊レヴナンツ所属、レナード・クローヴァイスだ」
「同じく、ライカ」
微かに息を吐く音。
「……レナード……レナードって、千人斬りの羅刹? 喋る狼と一緒にいる……」
「そう言われるのはあんまり好きじゃないが、まあそうだ」
「魔人が真似してる可能性もあるわ。識別番号を言いなさい」
「QR‐9だ」
「キューアール・ナイン……本物?」
「QR‐8です」
QR、とはクイックレヴナント――高機動遊撃員の略だ。
ほかにもSR、サーチレヴナント――調査員。AR、アタックレヴナント――討伐員と、レヴナンツは合計三つの兵科に別れている。
ロックを外す音がして、扉がゆっくり開いた。
金の髪に銀の目をした少女だ。後ろ髪をアップにまとめ、サイドを垂らしている。前髪は眉が隠れるかどうかと言ったくらいだ。
恰好は要所のみを守る金属プレートの所謂ビキニアーマーで、ブラジャーのような金属鎧と腰にはスカートのような金属プレートを重ね合わせた腰鎧しか着用していない。装備類を詰めたショルダーホルスターと腰にはポーチ類。その上から烏の羽根を重ね合わせたような、毛羽立った黒いマントを纏っている。最後に荷物を詰めた斜めがけの黒い背嚢という、レナードと同じものを持っている。
偵察や斥候、情報収集が目的で戦闘は二の次というサーチレヴナントとはいえ軽装すぎる。
まあ彼女に変えるつもりがないのなら余計なお世話だし、無駄口を叩くべきではない。
「お前、名前と所属は」
「エミリア・コンラッド。SR‐4よ」
室内に招き入れられ、敵がいないことを告げると扉は閉ざしたが鍵はかけなかった。ここは修道士かなにかの生活スペースだったのか、粗末なベッドと簡易的な机が置いてある。カンテラが置かれ、室内に淡い光を漂わせていた。
室内を見回し、レナードは疑問を口にする。
「パートナーはどうした?」
レヴナンツは作戦にもよるが、基本はツーマンセルである。人手不足で一人で活動している者もいなくはないが、基本は強制的にでもパートナーと組まされる。レナードは過去一年間パートナーなしでやってきたが、それでも四年前にライカと出会ってからは彼女と組むようになった。
「死んだわ。この先にいる魔人に襲われた」
「魔人がいるのか。なにをしている」
「それを話すには、まず私の任務を話す必要があるわ。けど、まずあなたの任務を教えて」
エミリアはベッドに腰掛け、レナードは初対面で隣に座るわけにもいかず、対面のベッドに腰掛ける。剣がつかえるので外しておく。ライカは床にお座りの姿勢を取り、黙った。
「俺の任務は作戦終了時刻になっても帰投してこない調査員の探索だ。つまりお前らの行方なり死体なりを探していたわけだ。普通、こういうのは調査員がやる仕事だが、なぜか高機動遊撃員の俺に話が回ってきた」
「この時点で私たちはおかしいと思ったんです。高機動遊撃員がこんな使い走りをさせられるとは考えづらい。なにか……そう、エミリアたちの任務がよほど重要じゃないか、と思ったわけです」
ライカの的を射た補足に、エミリアは頷いた。
「ええ、私の任務は今後の帝都攻略に関わるものだった」
「話してくれ」
「帝都を巨大な城壁が覆っているのは知ってるわね?」
「ああ。大砲すら弾き返す鋼鉄の五十メートルを超す巨壁……敵の襲来に備えて百二十年前に建てられたものだ」
「皮肉なことに、その巨壁が我々の進撃を阻んでいるんですよね」
「ライカの言う通りよ。その巨壁は蒸気機関城門に閉ざされ、他者を決して受け入れない。でもね」
間を置いて、エミリアは言った。
「パンチカードがあれば、その城壁も開くの」
「なに……?」
「逃げ出すとき皇族が持ち出したの。けど、徹底抗戦の最中どこかへ消えた……」
「それを探すのがお前の任務か?」
「ええ。そして見つけた。ここの地下聖堂にあるわ」
レナードは素直に驚き、足下を見た。ライカも下を見る。
「けど、そこで問題が起きた。私たちは確かにパンチカードを見つけた。けど、それを守ってる魔人がいる。しかもただの魔人じゃない。悪魔人よ」
魔物の中でも人間と同じように意思を持つ者を魔人と呼ぶ。悪魔人とはいわばその魔人の上位種で、魔物や魔人とは比較にならない力を持つ。最上位種の
「そのパンチカードがあれば帝都に入れるのか?」
「入れるわ」
「行くぞ。地下だな」
レナードは立ち上がり、ダーインスレイヴを背中のフックに引っかける。
「待って。ここは一度下がって、レヴナンツに戻るべきよ」
「敵は既にお前のパートナーを殺した。パンチカードの在り処がばれたと気付いてるはずだろうが。悠長に撤退なんてしていたら逃げられる。本部にみすみす帝都に入れる手段を失っただなんて報告してみろ。なにをされるかわかったもんじゃない」
「確かに……そうだけど」
「俺たちがどうにかされるだけならいい。近親者に害が及ぶかもしれない」
「それは駄目!」
エミリアが突然声を荒げた。直後、なにかを隠すような表情をして、すぐに取り繕ったような生真面目な顔を見せた。
「レナードの言うことには一理あるわ。帝国復権のための第一歩。ここで城壁を越えられる鍵が手に入れば、大きな躍進になる」
「帝国復権、ね」
聞くだに馬鹿馬鹿しい話だった。皇帝メテオラは従軍した全ての兵士を騎士に取り立て、働きに応じては爵位をも与えるなどとも言っているが、本当かどうかはわからない。そもそも魔物の血を引いたレヴナントを生かしておくかどうかさえ怪しいところだ。
「私たちの功績が認められれば、あの子だって……」
聞こえるか聞こえないかの囁き声がレナードの耳をくすぐったが、今はそんなことなどどうでもよかった。
「地下聖堂へはどう行くんだ?」
「司教の執務室から行けるわ。ついてきて」
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