1‐2
「おおおぉおおおおッ!」
広場に集まった魔物の軍勢に斬り込む。自身の喉をも傷めかねない砲号。一見体力の浪費にも思える大声は、無駄ではない。東方の剣術において声とは己を鼓舞し、相手を圧し、横隔膜を効果的に刺激することで自身の肉体を限りなく意のままに操るという側面もある。
グール。赤い目は魔物の特徴なので言うまでもないが、そのプロポーションは嫌悪を覚えるほどに人間に近い。頭がイヌ科動物に挿げ変わっただけで、ほかは人とそう変わらない。背丈は百七十センチほどで、レナードより数センチ低い。
魔物は生まれながらに武器を持つことがある。作るのではなく、生まれ持つのだ。これが人類を苦しめた第一の理由である。獣のように爪と牙だけではなく、武器を扱う知恵を持つ。
「ぁぁああああッ!」
レナードはダーインスレイヴを振るい、グールの刺々しい骨から削り出したような剣を弾いた。同時にそれを握る腕を切断。振動の魔術を操るレナードの剣は常に超振動状態で、どんなに硬い装甲甲殻――
同時に衝撃波を発生させることや、振動で衝撃波を固定して斥力フィールドのように展開するなど、様々な戦い方ができる。三つあるレヴナンツの兵科の一つ、最も困難な任務に従事する高機動遊撃員に選ばれたのもそれが理由だ。
迫る魔物の大群にうんざりする。どれだけ揃ったところで、レナードを殺すことなどできないと学ばないのか。
「『ショックハンマー』!」
剣を握った右手で目の間のグールを斬り伏せ、左手をそのグールの向こうに布陣する大軍に向ける。すると不可視の鎚が生まれたのが、波打つ大気で確認できた。直後、家屋が倒壊したのかと聞き紛う轟音が響き渡り、十体近くいたグールが衝撃波のハンマーに叩き潰された。内臓と血潮が砕けた石畳に張り付く。
左側から殺気を感じ、衝撃波シールドを張る。
爪を波打つだけの見えない壁に阻まれたグールは後退しようと足を動かすが、そのときにはレナードの突きが心臓を穿つ。
生物は心臓を破壊してもしばらくは動く。
レナードは心臓を突いた個体の腹を蹴飛ばして距離を作ると、右側に迫るグール三体に狙いを定めてダーインスレイヴを振るった。
「らぁッ!」
黒い刀身が血を吸い込み、さらに黒くなった気がする。振動で刃に付着した血と脂は瞬時に跳ね飛ばされ、切れ味は落ちない。
剣戟、剣戟、剣戟。
迫る敵軍を次々斬り伏せていき、ライカの方をちらりと見る。彼女も奮闘していた。
雷を纏いただでさえ高い身体能力を極限まで強化し、怪物と交戦する。牙で食らい、肉を嚥下し、爪で表皮をバターのように斬り裂く。群れて接近する集団には逆立つ背中の毛から雷を放電し、外と内両側から焼き殺す。並のレヴナントよりも遥かに強いだろう。
レナードとライカの猛攻撃にさらされた魔物の軍勢の勢いはぐんぐん衰えていく。
だが、それでもいる。五十倒れれれば五十現れ、計百を倒してもさらに百が押し寄せる。
魔術で一網打尽を狙うかとも一瞬考えたが、魔力は無限にあるわけではない。時間経過で回復するとはいえ、それはしっかりと体力が万全の状態で、かつ睡眠などを取れるような状況下でのみの話だ。この先銃が効かないような相手が出てくる可能性だってある。ならここは、魔力を温存しておくのが得策。
ダーインスレイヴを――全長百八十センチもの巨剣を左逆手に構え、グールの猛攻をいなしていく。振動剣にだって魔力を使う。今現在振動剣は解除し――そもそもグール程度なら必要がないのだが、剣や爪の防御を考えるとあった方が楽なのだ――、通常の刃で攻撃を加えていく。だが、この程度の相手であれば振動剣でなくても充分威力を発揮している。
元は右利きだが、左手で剣を扱う術も体得している。苦手だからと左手での武器の扱いをおろそかにしていると酷い目に遭う。それは五年前に経験したことだ。
「だぁッ!」
剣で爪を弾き、返す刀で頭部を断ち割る。後ろから迫る一体をダブルセブンで撃ち抜き、右に回った一体も撃つ。耳朶を叩く銃声がさらに重なる。小型クラスなら一発で一体倒せるのでいい。中型だったり外皮の硬いリザードマンロードだったりするとダブルセブンでは一発二発耐えられてしまう。
最初に二発、この戦闘で五発。計七発撃ったソードオフ・ショットガンのダブルセブンは沈黙した。それを腰に戻し、今度は右順手にダーインスレイヴを構え左手に六四口径拳銃ゴアハウルを握る。ずっしりした重厚感に、残りは確か四発だなと計算する。
グールが縦一直線に射線上に並ぶように立ち回り、リアサイトとフロントサイト越しに三体のグールが揃った瞬間を見極めて重い引き金を絞る。
ズドン、と腹の底を揺すり上げるような轟音が銃から零れ、放たれた超大口径弾がグール三体の胸をまとめてぶち抜く。
「よし」
一発の弾丸で三体を倒せるのはなかなか都合がいい。まあ、無駄弾をばら撒こうが、皇帝直轄という立場であるため任務に必要な弾丸類は充分に支給される。飼い犬に過ぎない屈辱的な立場だし、人生を選べないことに比べれば支給品が行き届く程度のことを恵まれているなどとは到底言えないのだが。
アケルダマ――旧リレータ帝国は鉄鋼資源にだけは人並み以上に恵まれていたため、戦争に必要なものは嫌でも揃ってしまう。国境代わりの山脈の鉱山には年端もいかない少年たちが謂れもない国家反逆罪に問われ、罰として強制労働に従事させられ、鉄鋼を掘り出している。山脈に面した他国は呪われたアケルダマに近寄りたくないと、鉄鋼資源など無視して距離を置き城塞や砦などを築いて魔物が溢れ出さないかと慌てているのが現状だ。
魔物と人間の相子は戦争の消耗品。将来を担うべきはずの少年たちは濡れ衣を着せられ強制労働。少女たちは子供を産む道具として使われ愛のない赤子を産み出すだけの機械にさせられている。
こんな国に、未来はあるのか。
ないのだろう。
本当に自分の人生を考えるのならここから脱走するべきだ。国の庇護――という名の
だが、レナードには果たすべき目的があった。それを成すためには、レヴナンツに身を置くのがなにより効率的だった。
誰も信じようとはしないあの事実を、レナードが排除する。
魔物には、皇帝がいるという事実。そしてその皇帝とは、レナードの兄であるマグナス。
五年前にヴァルキュリア東南支部対魔物殲滅部隊レヴナンツを裏切り帝都へ消えた兄。
上役にも散々話した。兄のマグナスには魔物を統べる力がある、と。だがそんなものは冗談かなにかだと受け止められまともに取り合ってもはもらえなかった。
だが事実、レヴナンツの活躍で押し広げてこれた戦線がここ数年後退を始めている。これはマグナスが魔物を効率的に操っていることの証左ではあるまいか。
『俺は俺の国を創る。誰からの干渉を受けない、俺たちの国を』
マグナスは本気で、そう言った。
国を創る。
そんなことのために……。
心に空いた絶望を埋めるかのように、底のない怒りが、天を衝くばかりの憎しみが湧き上がってくる。
気づけば、四発、計五発目となるゴアハウルの弾を撃っていた。硝煙の香が鼻腔を衝く。
戦場のど真ん中でのんびりとリロードしている暇はない。一応クイックローダーがあるので可能ではあるが、装填の必要のない剣があるのだから隙を見せる必要はない。
銃を腰のホルスターに戻し、ダーインスレイヴを両手で握る。この五年我流で剣術を磨いてきた。行商人の
刀を正中線に沿って切っ先を斜め上へ。正眼に構え、重心を落として敵と対峙する。
敵の数は十にまで減っている。油断も慢心もしないが、勝てないことはない。ライカの戦いも含めるとその数は二十五という所だが、彼女の戦いぶりから察するにこちらにまで敵が押し寄せるということはないだろう。
「来い」
武器持ちのグールが正面から飛び掛かってくる。骨のような質感の剣を弾き、姿勢を崩して抜き胴。上半身と下半身が泣き別れになり、腰から下を失くしたグールは臓物を引きずりながらもがく。が、ややもしない内に絶命した。
その頃にはとっくに別のグールが来ている。左右斜め前方。十時と二時の方向からそれぞれ爪を振るって迫る。右側の爪の勢いを流して左の一体にぶつける。まとめて姿勢を崩したそこに、刀身を視線と水平に構える雄牛の構え――記録によると上段霞の構えというらしい――からの刺突連打。
黒い刀身が描く月光の照り返しでしか視認できない速度で振るわれる刺突を、姿勢を崩した状態から躱せる道理はない。二体はまとめて始末され、物言わぬ屍へと姿を変じる。
残り七体。
なにを思ったのか五体がスクラムを組んで突進。一体の膂力で敵わないのなら協力してかかろうというやつらなりの知恵かもしれないが、レナードはそれを鼻で嗤った。
腰を落として中心の一体の頭を左手で受け止める。並の人間なら轢殺される威力。僅かに擦過。振動の魔術で肉体の
「おぉおぁッ!」
スクラムが崩れた四体をまとめて斬り伏せる。胴が四つ宙を舞い、血飛沫が間欠泉のように上がった。
その頃、ライカは雷を纏う『メギンギョルズ』という身体能力強化でグールの群れを確実に食い殺していた。腹も満たされつつある。
「あなたたちは不味いので、嫌いなんですけどね」
言いながら、突進。重種の馬並みの巨体に突進されれば成人男性と同じか少し低いくらいのグール程度の体など簡単に吹っ飛ぶ。おまけにこちらは雷で肉体を強化しているのだ。普通に戦って勝てる見込みなどゼロに等しい。
吹っ飛び、家屋に叩きつけられたグールは全身の骨を砕かれ絶命。纏わりつく小蝿の如きグール共を、ライカは咥えるように発生させた雷の剣『ライジングセイバー』で薙ぐ。口の左右から、全長四メートル――片側二メートル――を超す雷の剣を生み出しそれで獲物を喰らうかのように次々斬り伏せていく。最後の一体、二メートルを超す巨体を持つ個体。群れを率いるグールロードだ。『ライジングセイバー』を収め、代わりに尻尾に雷を纏う。
「終わりです」
空中で一回転。尻尾の雷のハンマーを叩きつける。
「『ミョルニル』!」
鞭のようにしなる尾が体重と加速力と円運動を乗せ、グールロードに叩きつけられた。頭から股下まで粘土のように潰れ、裂けた皮膚から血と骨と中身が飛び散る。尾は石畳を砕き、グールロードは一撃で絶命。
「さて、レナードも終わっている頃ですかね」
周囲の魔物の匂いがないことを確認し、普段の全長二メートル程度、体高九十センチほどの大型犬サイズに戻る。この状態でも、大群が相手でなければ充分に戦える。
レナードの戦闘も終わりに差し掛かりつつあった。群れを率いる二体目のグールロードと剣を交えている。
相手は武器持ち。骨っぽいハルバートを巧みに操り、レナードを狙う。戦い慣れたグールロードだ。今までの相手とは少し違う。
が、どの道群れを率いるなどといったところで雑魚は雑魚。
『ストロングブースト』で強化した左腕でハルバートを受け止め、膝蹴りで柄の半ばから圧し折る。粉々に砕けたハルバートに驚き赤い目を瞠るような仕草をするグールロードの心臓に刃を突き入れる。切っ先から刀身の半ばまでが両刃の巨剣は刺突の威力も高い。
「ぉおおおおッ!」
皮膚と筋肉と骨を貫通し心臓を貫いた刀身を抉るように捻り、右側に振り抜く。グールロードが喀血し、膝を折る。踵を頭上まで上げ、勢いよく振り下ろした。鉄槌の如き一撃がグールロードの頭部を粉砕し、砕けた石畳に血糊を沁み込ませる。
「終わりましたか」
「……はぁ。ああ。この辺りに魔物の気配はない」
「ですね。私も匂いを感知できません」
「生き残りはどうなった?」
ライカがすんすんと鼻を鳴らす。
「……西にいます」
「西と言うと、
「窮地を救ってくださいと神さまにお願いでもしているんでしょうかね」
「さあな。神さまなんていやしないのに」
いたら、リレータ帝国はアケルダマなどと呼ばれることにはならなかっただろう。
「行くぞ」
「わかりました」
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