第3話
お世話になったジョンに見送られながら飛行機に乗る。飛行機内では魔導書や神話生物の情報が書かれた本を読む。ジョンが友人から押し付けられたと言っていた本には知らない事が書かれていた。
(ニャルラトホテプ…いつか会えたらいいな…)
緩む頬に力を入れて続きを読む。少し読みづらいと思っていると隣の人が話しかける。
「あの…狐面取らなくて良いんですか…?」
その言葉を聞いて顔を触ってみれば取り忘れていた狐面が付いている。少し恥ずかしそうに笑いながら狐面を取り隣の席の女性に感謝をする。
「あ…はは。ありがと!」
「常に付けていたから気づかなかったや」
左頬の移植された皮膚が目立つものの白い肌、白い肌。吸い込まれてしまいそうな黒い瞳に見入ってしまう。
はっとした女性が少し頬を染めて
「ご、ごめんなさい…瞳が綺麗で…」
鈴と幼馴染のあの子以外に初めて褒められだ事にびっくりして目を丸くする。女性が伶衣の反応に動揺しているとそれを見て伶衣が少し笑って驚いた理由を話す。
「弟と幼馴染以外に褒められたの初めてだったんだ。だからびっくりしてね」
「そうなんですね。珍しい」
そんな事を話しているとフランスに行って何をするのかの話になった。
「私舞って言うの!」
「私は探検が好きで、今回はフランスの名も無い洞窟を探索する予定なの…!」
伶衣の行き先が一致している。伶衣は都合がいいと言わんばかりに笑顔で話す。
「行き先一緒じゃん!俺も着いてっていーい?」
利害の一致。舞は少し考えてからの快く良いよと答えてくれる。事が上手く進み過ぎている事に嫌な予感がしていたもののそんな事よりも今回の目的[アトラック=ナチャ]に会えるかもしれない。その事への笑みが溢れるのを抑える事で精一杯なのだから。
飛行機が着陸する。フランスに着いたみたいだ。飛行機を降り、カフェで作戦会議。
午後2時。準備を整え洞窟へ向かう。
そこは人の立ち寄らない自然林の最も入り組んでいる場所にある。地図上では洞窟とは見えぬが舞はまん丸な可愛い目をキラキラと光らせて自信満々にここは洞窟だと言う。
非力な舞の変わりに舞の荷物を持ち自然林に入る。どれだけ歩いても歩いても歩いても、景色が変わらない。重い荷物を持っている故に体力自慢の伶衣でも疲れる。足元が不安定なのもあるだろう。
前を見ればさらさらのピンク髪が揺れている。セミロングくらいなのだろう。首元が暑いのか良く手で扇いでいる。そんな舞を見て夏場に暑さに負けて座り込む鈴と重なった。ポケットからヘアゴムを取り出して太陽のような笑顔で舞に差し出す。
「暑いならこれ使って!」
熱で火照った笑顔で「ありがと!」と言って髪を結び始める。ようやく少し休めるとしゃがみ込む伶衣にどうしてヘアゴムを持っているのかを不思議そうに聞いてくる。
伶衣は懐かしそうな笑顔を浮かべながら
「弟も髪が長くていつも暑そうにしてるから常備してるんだよね〜」
と答える。舞は少し満足そうにふ〜んと反応を示し早々に出発しようとする舞を急いで引き止める。
「ちょ、ちょっと休まない?!俺水飲みたいなー!」
はっとした顔で伶衣の持っていた荷物の中からお茶のペットボトルを二本取り出し伶衣に手渡す。
「荷物持ってくれてるお礼!あと水分補給は大事よね!」
伶衣は少し呆れたように笑いながらありがととお茶を受け取る。ギャップを開けて飲んでいると舞がまた疑問をぶつけてくる。
「暑いならその上着脱げばいいのに。なんで脱がないの?」
またかと思いながら聞いていた伶衣は想定していた質問の斜め上を行く質問にお茶を吹く。噎せながら君に関係ないと言えば舞は頬を膨らまして言う。
「一度気になったらずっと気になるから教えて!」
まるで子供みたいな事を言う舞にまたも『帰ってきてくれ』そう言ってる時の鈴と重なり、気を許して話してしまう。
「昔家族から忌み子って言われて暴力振るわれてたんだよね〜。その傷が消えないし見せたくないからずっと上着着てるんだよね。狐面も似た理由だよ」
目を伏せて少し曇った笑顔で答える伶衣に対してデリカシーの無い質問をする。少し引いた笑顔で少々考えるがこの子は引かないなと思って上着を脱ぐ。
長袖の上着で隠されていたが腕にナタで切りつけたんじゃないかと思うほど大きな切り傷が無数に広がっている。腕だけでこれなのだから背中にはもっと酷い傷があるのだろうと想像がつく。
その傷を見た舞は「ごめん…」と謝罪をする。何故謝罪をするのかわからない。
(こういう時女性になんて声をかけるべきか…)
好きな物を追いすぎてこういう形で女性と関わることが少なかったから困る。唯一出てきたのは「過去の事だか気にしてないよ」これで合ってたかは分からないが舞は少し元気を取り戻して洞窟を探す為に歩き出す。
洞窟を探し初めて計4時間半。伶衣は体力の限界を感じ始めた時に唐突に止まった舞にぶつかってよろける。
「唐突に止まってどしたの…?」
と舞の見ている先を見ればそこには探していた洞窟が合った。辺りはもう暗くなっている。
舞はこのまま突っ込んで行きそうな勢いで歩き出すのを止めて暗くなっている事とここらへんで休んで明るくなってから洞窟に入ろうと言う。
それを聞いて確かにと言って少し開けた所で簡易的一人用の限界テントを取り出す。一人用のテント故に二人は無理な事が分かる。
「俺はそこら辺で寝るからいいよ」と言う伶衣に申し訳なさそうに寝袋を差し出す。寝袋があるだけましだと思い眠りにつく。
夢を見る。鈴の夢だ。鈴があの子と一緒に指を指して酷いことを言う。鈴もあの子もそんな事は言わない。言うはずが無い。分かっていても自分を忌み子と罵った家族と同じに見えて仕方がない。
あれは鈴でもあの子でも無い。あれは誰だーーー
舞にゆさぶられ起こされる。まだ寝たりない気持ちを押し切って洞窟に入る準備をする。腹ごしらえにジョンが手土産にくれたジャーキーを食べて洞窟に入り少し歩く。少し歩きにくいくらいで、何も無い。
期待外れか。と振り返った瞬間先に進んでいた舞の叫び声がする。びっくりして振り替えばそこにいたのは舞に蜘蛛の糸を絡ませる怪物。
人間くらいのサイズの蜘蛛。真紅の目を持ち黒檀色の毛に覆われ丸太のように太く頑丈な足をした怪物。いや、神。蜘蛛の神だ。この神こそ今日の目的の[アトラック=ナチャ]だ。緩む頬を抑えられず笑い声が漏れる。
必死に伶衣に助けを求める舞。ここまで連れてきてくれたお礼としてナイフを投げそれで頑張れと言う。舞はナイフを拾い必死に蜘蛛の糸を切り脱出する。
逃げ出せたと嬉しさで伶衣に近づく。伶衣に掴まれたその瞬間お腹に熱を感じる。見てみればアトラック=ナチャの足が腹を貫通している。伶衣は自分まで巻き込まれぬよう舞を手放し洞窟の入り口まで避ける。
そんな伶衣を見た舞は悲しそうに悔しそうに最後の力を振り絞って呟く。
「なん、で…酷い人…私、貴方のこと気に入ってたのに…」
もう動かなくなった舞をアトラック=ナチャは蜘蛛の糸でぐるぐる巻にされる。アトラック=ナチャに何もしていない伶衣は安全地帯からスマホで写真を取る。その写真を見て伶衣は恍惚な表情を浮かべる。
「綺麗に撮れた」
そう言い少ない自分の荷物だけ持ち自然林の外に出る。その足で空港に向かう。飛行機に乗るまでの間に鈴にメッセージを送る。仲良くしていた人が目の前で死んだというのに平然としている。
メッセージを送れば鈴から直ぐに連絡が返ってくる。
その内容に安心感を覚えながら丁度来た飛行機に乗り一時帰国をする。面白いことが起こりそうだ。
ずっと聞こえるあの声で目が覚める。最近はいつもに増して聞こえる。頭がぼーっとする。そんな頭に響くあの声に苛立ちを覚える。
少し頭がはっきりしてきた時に兄からの連絡が無いかを確認する。何も送られてきていない。電話してみれば電波が無いと無機質な声で木霊する。手が小刻みに震える。呼吸が浅くなる。
「にい、さんに…すてられ、た…?」
目の前が暗くなる。少なくとも1日1回は必ず連絡を取ってる。連絡が無いとなれば不安になる。唯一の家族なのだから。少しずつ呼吸が困難になっていき喉からは情けない音がする。
「カヒュ…ヒュ…」
目に涙が浮かび零れ落ちる。座っているのも困難になったときにピコンッとスマホにメッセージの通知がくる。
「兄さんからだ!」
さっきまでの状態が嘘のように体が軽くなりスマホに飛びつく。早々にメッセージを確認すると[
(私達と一緒に仕事してくれなーい?岩手行くからさ〜)
いつもの能天気な話し方で送ってくるメッセージに呆れながら着替える。セミロングくらいの黒い髪をハーフアップに括り狐面を付け刀を持ち集合場所に向かう。
集合場所に着けばそこにいたのは睦月だけではなかった。睦月の弟[
「最近ここらへんで赤い羽をした20センチくらいの喋る
飛鳥が淡々と今回の仕事内容を語る。それに合わせて睦月も話し出す。
「面倒なのが人の嫌な部分を突いてくる事〜まじで嫌だぁ」
目元を隠すように付けている布越しでも分かるほど嫌そうにしている睦月を飛鳥はお得意の毒舌で心を抉る。
「姉さんは脳筋馬鹿だから1番狙われそうだね」
心にグサッと刺さったのだろう。悲しそうに弟に抱きつき
「お姉ちゃんの事そんな風に思ってたの〜?!」
心底面倒くさそうにそして少し楽しそうに姉を落ち着かせる。睦月は手持っていた缶コーヒーを飲みため息をつき鈴に缶コーヒーを差し出してくる。
「あんたも飲みなよ!」
「俺はコーヒーは苦手なんだ。遠慮しておく」
鈴は酒、コーヒー、煙草、炭酸とここらへん全て苦手なのだ。少し冷たく行った後本題に戻すように言葉を放つ。
「それで、その蝉が出るのは何時くらいなんだ?」
柊姉弟は鈴から目を逸らす。なんだと聞けば少し気まずそうに
「時間帯…夜…なんです…」
今は朝の9時だ。何故集合時間を朝にしたのかわからない。少しため息をつき夕方に再集合する事を約束して解散する。帰り道ですからずっと聞こえてくるあの声に嫌気が差す。
嫌なところを突いてくるって君は駄目なところしか無いのにね。
ストレスでおかしくなりそうだ。
家に帰りお茶を飲んで心を落ち着かせる。鈴はあの姉弟が羨ましくなった。自分の姉弟が離れずに側にいて、一緒に仕事をしている。鈴にとっては理想の兄弟像そのものだ。
「俺も…ああいう風になれれればな…」
誰も居ない家に独り言が消える。何処からか風鈴のチリン…チリリン…と音が聞こえてくる。その音が心地よく眠気にさそわれる。うとうとと耐えられず眠りにつく。
夢には兄が知らない綺麗な女性と共に出てきた。その女性はまんまるでピンク色の瞳が綺麗で、鈴と同じくらいのピンク色のセミロングが綺麗な華奢で可愛らしい。
楽しそうに話してる二人を眺めてる所で夢が覚めた。時計を見れば午後4時半を指している。集合場所へ向かおう。
集合場所に着けば二人がすでにそこに居た。二人と話しながら現れるのを待つ。その蝉が現れたのは8時。
体長20センチの赤い羽を持つ蝉がブーンと音をたてて近くの木に止まる。
「出てきたね!」
「気おつけてね姉さん」
ミンミンミンミンと季節に不相応な鳴き声が鳴り響く。唐突に鳴き声が止まったかと思えば人の言葉を話す。
「ナンダヨソノファッションセンスカッコヨクネェヨwwミーンミンミンミンww」
柊姉弟とその一族を貶す発言をする。その発言に二人は激怒する。
「なんでそんな事言うわけ!?」
「柊家を貶したね?」
激怒する二人を置いておいてさらに続ける。
「ダレモオマエノコトナンテキタイシテナイッテwwミーンミンミンミンwww」
貶す発言を繰り返し皆を嘲笑う。季節外れの蒸し暑い夏を思い出させる嫌な鳴き声が響く。鈴は自分の事を貶されるのは慣れている故に平気だが兄を貶されたらと考えると怒りが湧き上がってくる。早々に片付けよう。
とつぜんブーンと音をたてて飛び立つ。飛んだかと思ったら飛鳥の頭の上飛び排泄をする。
「うわっ!」
白く長い髪に蝉の排泄が付く。自分の髪が汚れた事が悲しくて少し泣きそうになる飛鳥に追い討ちをかける。
「ニンゲンカンケイデトラブルノハウンガワルインジャナクテオマエノセイカクガインシツダカラダヨwミーンミンミンミンww」
その言葉に嫌になったのか完全に戦意喪失して座り込んで少し泣きながら汚れた髪を拭いている。それを見た睦月がストッパーが外れたように怒りだす。
「私の可愛い弟に何してんの!?絶対殺す」
考えるよりも先に体が動く睦月に合わせて鈴も攻撃をする。睦月が下から蝉に向かって飛びかかる。それをひょいと交わしてさらに煽る赤い羽の蝉。
「ブラコンキショイッテwアニニゲンソウイダクナッテwミーンミンミンミンww」
「イキッタアニヲモツモタイヘンダナwミーンミンミンミンww」
その言葉に我を忘れて睦月の攻撃を避けバランスを崩した蝉に斬りかかる。「エ」と小さな声を上げる蝉に刀がかすれてハラの内容物が溢れ出る。それによりヨロヨロと地面に落ちる。
とどめを刺そうとすると何処からともなく犬が現れ蝉を咥えて走り出す。
「待て!」
そう叫べば犬は立ち止まり此方を見る。体は犬だが顔が中年のおっさん。人面犬だった。人面犬はふいっと前を向き闇に消える。蝉を仕留め損ねたがもう生きてはいないだろう。
泣いてる飛鳥を立たせ、一旦鈴の家へ向かう。
「飛鳥、大丈夫…?」
「姉さんはこれが大丈夫に見えるの…?」
冷たく少し怒りを含めながら髪を拭いている。
髪には神が宿る。そう言い伝えられてきた柊家では男女問わず20歳まで髪を伸ばし、20歳の時に神を自分に降ろすために綺麗に保ってきた髪を切り捧げる。
そのために綺麗に保ってきた髪が汚れたのだ。怒って当然。
鈴の家に着き、飛鳥はまずお風呂を借り身を清潔にする。飛鳥が風呂に入ってる間に夕飯と寝床の準備をする。
皆がお風呂に入って身を清潔にし夕食を食べ布団に入る。人を泊めるなんて考えていなかったため柊姉弟には兄の敷布団を2人で使ってもらうことになった。
明日は兄からの連絡があるように。
そう祈りながら眠りにつく。
バーベナ しゃしゃけ @syasyake
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