第2話

 ソフィアの去った後、モブおじとセシリーは、魔法についてのトレーニングを始めていた。

「ヘイ、セシリー。魔法の使い方を教えて」

「何か、その言い方、ムカつくわね」

 モブおじは、舌を出して誤魔化ごまかしている。

「さっきも言ったけど、イメージをふくらませて具現化ぐげんかすれば良いの。早速さっそく、実戦。あの壁に向かって火球かきゅうを撃ってみて」

こわれたりしないか?」

「アニメの見過ぎ。初心者のへなちょこ魔法でこわれる程、やわな結界じゃないわ」

「では、心置こころおきなく」


 モブおじは、目をつむり意識を集中させた。

 すると次の瞬間、ポンという音と共に可愛らしい火球かきゅうはなたれた。


「おおっ」

「おおっ、じゃないわよ。全然ダメじゃない」

「俺からしたら、魔法が使えただけで驚きだ」

「それは、そうかもしれないけど――。威力いりょくも弱いし、発動も遅い。こんなんじゃ役に立ちそうにないわ」

「確かにそうだ。OK、セシリー。他の魔法を教えて」

「もしかして、バカにしてる?」


 こうして二人は、役に立ちそうな魔法をさぐっていった。

 そんな中、使えそうな魔法を一つ、発見する事が出来た――手を武器に変える魔法である。それは、自身の手を流体金属に変えるイメージを浮かべつつ、刃物やハンマーに変化させるものである。この魔法であれば、事前に準備する事が可能であり、発動の遅さを補完出来た。

 また、魔法ではないが、ブレスが使える事も分かった。これは、モブおじの転生先の体が持つ特技であり、炎と吹雪のブレスを吐く事が出来た。


「これなら、ここを脱出する時、何かの役に立つかもしれないな」

「そうね。あのの様子を見る限り、ここは、安全な場所とは言えなそうだわ。ぐに逃げられるよう、準備だけはしておいた方が良さそうね」


 二人の会話が一段落ひとだんらくついた時、遠くで扉の開く音がした。


「また、誰かが来るわ」

 モブおじ達は、再び透明化し、身をひそめた。


「さっさと入れ」

「痛い」

 程なくして、ソフィアが見張みはり役に連れられ戻って来た。

蛇神様へびがみさまの為に綺麗きれいに洗っておけよ」

 戻ってきたソフィアは、なぞ粘液ねんえきまみれになっており、少し衰弱すいじゃくしているようにも見えた。


 見張みはりの者が出て行ったのを確認し、モブおじ達は、透明化をいた。

「おい、何があった? ドロドロじゃないか」

「だ、大丈夫です」

「とても大丈夫には、見えないわよ」

「そんな事より、体をきよめなくっちゃ……」

「お、おい……、ふらふらじゃないか……」

「少しつかれているだけです。これ、固まっちゃうと後が大変だから――」

 ソフィアは、この話題を明らかにけていた。


「体を洗うので後ろを向いていて下さい」

「あ、ああ。」


 ――こんな冷たい水で……。

 モブおじは、少し困惑こんわくしていた。しかし、どうする事も出来ず、指示に従いソフィアに背を向けた。


 ソフィアが身をきよめ始め、背後からは、水音が聞こえてくる。


「場違いな綺麗なき水は、この為のものか……」

「ふー。服も早く洗ってしまわないと」

 声がふるえている。こごえているのが、見なくても伝わってくる。


「そ、そうだ。良い事思いついた。洗い終わったら教えてくれ」

「もう終わりますけど……」

「そっち向いて良いか?」

「はい」


 モブおじが振り返る。

 そこには、手で胸を隠す美しい少女の姿があった。

 一瞬、その光景に目をうばわれてしまうモブおじ。

 そんなモブおじを不思議そうにソフィアが見返していた。


「ああ、そうだった。見てろー」

 モブおじは、誤魔化ごまかすように大袈裟おおげさに言うと、手加減てかげんしつつ火を吹いて見せた。

「すごい! それにあったかい」

「だろぉ~」

 モブおじは、得意とくいげになっていた。


――5分後――


「ぜいぜい……」

「吐き続けたら、そりゃ、そうなるでしょう」

 セシリーがツッコミを入れる。


「もう十分ですよ」

「しかし、まだ――」

 モブおじは、納得なっとくのいかぬ様子でいた。


「だったら、モブおじさん、ちょっと後ろを向いていて下さい」

「うん?」

 首をかしげつつも彼女の指示に従うモブおじ。

「えいっ」

「うわーっ! おい!」

 ソフィアがいきなり背後から抱きついてくる。

「これなら暖かいです」

「おい。これでも中身は、オッサン――つまり、男なんだぞ」

かまいません」

「そんな訳には――」


 何かを言いかけたモブおじであったが、冷たくなっているソフィアの腕に触れ、その言葉を飲み込んだ。


「分かったよ。じゃぁ、今度は、お前が反対を向け」

「えっ? 何でですか?」

「毛玉みたいな体だ。こちらが抱き着いた方が、はるかに暖かい」

 気付けば、セシリーがゴミを見るような目でこちらを見ている。

「変態」

「仕方ないだろう。さむそうで見てられん」

「どうだか」

「私はかまいませんよ。では、宜しくお願いします!」

 ソフィアは、そう言いながら背を向ける。

 モブおじは、精一杯せいいっぱい手を開き、彼女をかかんだ。

「ひゃぁ! くすぐったい」

「す、すまん」

「でも、暖かいです」

「なら、良かった」

 モブおじは、彼女の冷え切った二の腕をこすり、必死で温めていた。

「私、うれしいです。こんなに誰かに優しくしてもらえるなんて」

「貴女、ちょっとチョロ過ぎ。気を付けなきゃダメよ。男なんて、皆、狼なんだから。これだって、どんなドエロい下心したごころかかえているか分からないんだから」

「お前なぁ~」

「仮にそうだったとしてもかまいません。だって、今まで上辺うわべだけの優しさですら、私に向けた人はいなかったのですから――」

「そんな悲しい事言わないでよ……」

「でも、お二人が優しい人だと、私は信じているんです。最期の時にそばに居てくれる人を望んだら、貴方達が現れた。これは、きっと運命なんです」

そばにいてくれるって……。たったそれだけの望みで俺を召喚しょうかんしたのか?」

「私にとっては、大事な事です」

「しかし、もっとこう、ここから出して欲しいとか――」

 気付けばソフィアは、寝息ねいきをたてている。

相当疲そうとうつかれているみたいね。只事ただごとじゃなさそう」

「だな」


 モブおじは、やり切れない表情を浮かべていた。

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