フォークソング

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フォークソング


 待ち合わせは午後。

 少し早めに到着して、スマホを弄っていればミカが自転車を転がしながら現れた。

 明るい髪色が眩しい。焼けた肌の色と相まって、まるで太陽の子供だ。


「遅い」

「ゴメン、そんな待った?」

「良いけどさ」

「よし、じゃあ行こ」

 数分過ぎただけだし、先に来たのは自分の都合だ。腹を立てる訳がない。ただ待ってたというポーズを見せたかっただけ。けれどそんなアピール染みた文句にミカはあっさり謝まり、こちらを通り越していく。想定を崩され、慌ててミカを追う。

「歩くとアッツイ。ねぇ、乗っていい?」

「それだと俺が走る事になるだろ」

「後から来てもいいよ別に」

「何でだよ」

 笑って自転車に跨ろうとするので慌てて止める。掴んだ金属部分は熱かった。

「アッツ!」

「そうだよ。サドルとかハンドルだって触りたくない位」

「日陰に置いてなかったのか?」

「争奪戦で場所ないよ。置けても太陽動くし」

「あー」

 どうでもいい話をしながら道を歩く。人通りは多くない。こんな気温だ、子供だって部屋にいたいんだろう。

 街路樹も何だか元気がなくなっている気がする。

「図書館って久し振りかも」

「本は読まない?」

「読まない訳じゃないけど。図書室には時々行くよ」

「学校だけ?」

「漫画は読むけど、本自体に触る機会減らない?電子書籍とかあるし」

「まぁ確かに」

「そっちも図書館は久し振りって言ってたのに。本は読む人なんだ?」

「うーん、結構読む方だな。本屋に行くから図書館は行かないだけ」

「へぇー、好きなんだ」

「やっぱ紙の方が開きやすい」

「ふぅん、そっ」

 狭い路地を何度か曲がる。

 探せばもっと近い道がありそうなのに、五年以上前の校外学習で教えられた道を気付けばいつも選んでいる。

 傷んだ部分と修繕された部分が所々あるけれど、その内全部剥がされて真新しくなるんだろうか。

 通りに面した誰かの家から茂った草がはみ出している。ここは昔、ムクドリが良く集まる空き地だった。

「あ、見えて来た」

「そんな距離でもないのに」

「だって自転車重い」

「あー、はいはい」

「それにしても懐かしいよねー」

「確かに」

 駐輪場に自転車を止めて建物の中に入る。冷房が利いていて涼しかった。



 自分達が生まれるより前からある古い図書館。

 本当に小さかった頃、何かのイベントで親と訪れた事がある。その時は机や椅子の数がもっと少なかったと思う。

 夏、読書感想文を書く為に通い出すと、開館から閉館まで同じ席をずっと占拠しているとか寝ている人が居るとか、そんな噂と言うか囁きが耳に入って机のある場所は何だか近寄り辛かった。

 でもそれもいつの間にか変わったらしい。点々と置かれた椅子に新聞専用の閲覧机、DVDの視聴用コーナー、申し込み式の持ち込み可能な自習スペース。それらの説明が案内図上に載せられている。

 本は増えたのか、減ったのか。本棚が低くなった気もするけれど、こちらの身長が伸びたからかも知れない。


 真っ先にカウンターへ行って自習スペースの利用を申し込む。静かな空間で司書の人と自分達の声だけが響いて少し落ち着かない。

 手続きの済んだミカは先に机へ向かってしまい、またその後ろを追う。


 隣り合った二つの席に座れば『撮影禁止』と、そんな注意書きが目に入り、何となくスマホを鞄の奥へと押し込んだ。

 撮影しなければ良いのだから、スマホを出したっていきなり怒られはしない筈なのに。注意書きがある様な場所ではいつもこういう振る舞いをしてしまう。そしてたまにミカに見つかり、笑われる。

 からかわれるのは好きではない。けれどもそれで真面目な人間だと信用してもらえるのは少し嬉しいし、ミカの笑顔は傍で見ていて気持ちが良い。


 そんな事を考えていたらミカと目が合い、ドキリとする。どうやら横顔を眺め過ぎたらしい。舌を出し、前を指さすミカに慌てて机へと向き直った。



 暫くは集中して勉強に取り組めた。図書館の古い資料を見れば文章の雰囲気や内容が違って新鮮な気持ちになる。注釈としてノートに書き加えてみた。

 突然、肩を突かれる。伸びて来たペンが本の一文を指しているのを見て、書き込んだ該当部分をぐるりと囲い、隣にズラして差し出した。

 忙しく書き写す音が聞こえる。


 ミカが今使っているノートはいつかの帰り道にコンビニで慌てて買っていたもので、手にしているペンは一緒に出掛けた時に雑貨店で見つけたものだ。

 考えてみればタブレットだってパソコンだってあるのに、それでも文房具コーナーはあちこちに存在していて、そんな場所の試し書きには大体誰かの跡が残っている。

 図書館だって所蔵されている昔の資料もデジタル化は進んでいるらしいし、本だって電子書籍だけの物が少しずつ増えているけれど、紙の本はまだここにあって、図書館の中には利用者がいる。

 本のラベルは所々が手書き。お知らせのコーナーは画用紙と折紙の工作物が飾られていて、下には紙のチラシが置いてある。



 想定していた所まで勉強が進み、ペンを置いた。予約終了の時間まではまだ少しある。雑誌を取りに行き、椅子へ戻って広げていれば少しして腕を軽く叩かれた。

「早いけど出る?」

「そうするか」

 小声で頷き合って机の上を片付け、カウンターに声をかけた。


 外に出ると、黄昏。涼しいとは言えないものの行きよりも少し下がった気温。

 ミカの自転車を受け取って、代わりに転がしていく。ハンドルを握っても、もう熱くはない。

「あっちのスーパー寄ってかない?」

 道を外れて小さなスーパーへ寄る。再び自転車を止めて店の中へ入ると肌寒い程に冷房が効いていた。あまり人はいない。

 飲み物とスーパーで割引シールのついたプリンを二つ買った。袋を渡され珍しいと思いながら、その中にプリンを入れる。

 サッカー台に貼られたネット通販の申し込みチラシを横目に外へ出た。


 再び歩いて、誰も居ない公園のベンチに座る。そこでスプーンの存在に気付いたけれど、どうしようかと尋ねる前にミカが鞄から二本取り出していた。

「持ち歩いてるのか?」

「だって暑いし。アイス食べたいってなる事多いから」

「まぁ確かに」

「いる?」

「欲しい、有難う」

 滑り台を眺めながらプリンを食べる。

「季節限定とか新製品が一杯出るでしょ」

「アイス?でもそんなには食べられないだろ」

「まぁお金はかかるけど。でも食べたいし」

「へぇ」

 ミカの鼻の頭が油で少しツヤツヤとしていた。化粧をしていたのかどうかは知らない。こんな気温だからしていても汗で流れてしまう気がする。

「前に一回、モモとイッカとコンビニスイーツ制覇チャレンジしたんだよね」

「ああ、あの二人。で、どこの?」

「×××の。ほら、動画で流れて来たやつ」

「あー」

「あれ見てたらスッゴイ食べたくなっちゃって。モモもやりたいって言うし」

 空になったプリンの容器を手で転がしながらミカの話を聞く。

 耳横の髪束が動きで落ちて顔にかかっている。それだけで少し印象が変わって見えるのが不思議だ。髪の狭間で集まった汗が、雫になってつるりと顎まで流れて行く。ミカの手が持ち上がり、人差し指の背がそれを拭った。

「……アッツイ」

「そろそろ帰るか」

「うん」

 日が沈んでいく。夜になる。公園を出てミカと共に家へと向かう。足取りは行きよりも遅い。

「じゃあ明日」

「そうだね………あ、そう言えばさ」

「うん?」

「大学とかってどうするの?」

「決めてるけど?」

「そうじゃなくってさ」

「ああ……」

「うん」

「……一緒の所に行けたら良いのになー」

「別の大学になっても関係ないだろ」

「そうだけど」

「明日もあるし、受験もまだ先だし」

「うん」

「……もういい加減、遅いから」

「そうだね」

「ああ」

「うん」


 古い道、新しい家。思い出と現在。昔の資料と今の教科書。文房具とタブレット。紙とデジタル。人のいない店にインターネット。最新の流行に幼馴染。流れ移り変わるものと残るもの。

 そんな中にいる自分とミカ。


 一歩後ろに足を下げた。

 ミカは家の玄関を向こうとする。

「じゃあ」

「うん」

「……」

「………」


 帰ったってスマホで連絡すれば良い。カメラを使えば顔も見れる。

 けれども今、別れを告げて離れるのが妙に名残惜しい。

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