10-1 程度の差

「――付加呪文エンチャントに固有素質パラメータか。まずまずといったところか」

「この世界における者としては上々かと」


 片や淡々と商売道具を広げて片膝をついて座り、片や布教活動を行いつつ雑談のように情報を流す。しかしその話の内容が一般市民に筒抜けになることは無い。

 何故ならば二人の仲介として子蜘蛛が糸電話の代わりとなっているからである。


「ヤマブキのこいつ、改めて考えるとチートだよな」

「子蜘蛛を仲介とする広域化を考えたのはしゅではございませんか」

「いや、そうだが……」


 「MAZE」の時はまさにこの広域化によって第五フロア“カラクリ屋敷”のギミックは機能していたに等しかった。フロアのいたるところにたむろする高攻撃力低耐久力の子蜘蛛を冒険者が攻撃した瞬間、一斉に全フロア内のモンスターに居場所が知れ渡り、そしてヤマブキが冒険者の侵入ルートを推測してトラップを張る。これが枢屋敷の仕組みであり、初見殺したる所以でもであった。


「しかし主よ、子蜘蛛を撒くことに成功したということはこの国をそろそろ落とせるのではないのでしょうか? あまつさえ地下にはエルドルウが――」

「いや、まだだ。まだ足りない。相手の手札をまだ完全に晒しきっていない」


 詰将棋のごとく、相手の手を一手一手潰していく。それも対策を打たれる前に、気づかれる前に。遅効性の毒のように、気づいた時には遅いとならなければならない。


「それにお前も分かっているだろう? 俺達のダンジョンに、足を踏み入れる輩がいると」

「はっ。いずれも一切帰すことなく始末しております」


 最初に訪れた数人の騎士――調べた所まさにこの国お抱えの騎士団の面子であったことは間違いなかった。ならば敵もまたこのダンジョンについて探りを入れているに違いない。エニグマの考えは自然とそう導き出さざるを得なかった。


「しかししゅよ、お言葉ですが相手方はいずれも雑兵ばかりかと思われますが」

「言っておくが、数多の雑兵よりもたった一人の英雄の方が強いことを忘れるな」


 レベル20の雑魚であるなら、束になろうが一瞬で殺すことができるだろう。しかしたった一人のレベル100が相手となれば、こちらの方が本気で束にならざるを得ないだろう。こちら側もレベル100を雁首揃えて待ち構えざるを得ないだろう。

 徒労になろうが構わない。オーバーキルになろうが構わない。確実な殲滅こそが唯一の勝利条件であるのだと、エニグマは常に考えている。


「ほんの一部ではあるものの、アリアスの力が知られてしまっている。警戒しておいて損は無い」

「では、どうされるおつもりで?」

「引き続きこの国内部にいる者、そして手を貸している外部の者全てを洗いざらい調べ上げろ。それと一つ――」


 神父アビゲイルにのみ与えられた、エニグマからの勅命ミッション。それは決して失敗が許されない、主の命である。


「――ひとまず第一騎士団とやらは早めに摘んでおけ。野放しにして無意味に嗅ぎ回られるのも不愉快だ」

「……承知いたしました」



          ◆ ◆ ◆



「あぁーんもう! ベルちゃんの下僕たちが中々帰ってこないのはどうしてなのかしら!」

「エリオ達が行方不明になってから更に二つの部隊が帰って来ず……やはりあのダンジョンには何かがあると踏んで間違いないようだな」


 アビゲイルが昼間に城を訪れていたその日の夜。ベルデールは露出の高い装備から就寝の為の露出度の低い服へと着替え直した状態で、第一騎士団に与えられていた城内の談話室にて愚痴を吐き続けていた。

 近くで聞いていたローガンもまた、ベルデールの愚痴から事実だけを抜き出して結論を導きだし、売買の予定だったエルフ族のバックについている存在を意識し始めている。


「今のところエルフ族の村に出入りしているのは返り血の付いた白い服を身に着けている子供一人……か。魔法を教えているようだが、如何せん俺達は剣士だからな……」

「そんなことどうでもいいじゃなぁーい? 聞いた限りだと単に小火を発生させる程度だっていうし」


 物事に及び腰のローガンとは対照的に、ベルデールは椅子にまたがっては楽観的な意見を並べている。


「村までの偵察は全て帰還できているっていうし、やっぱりベルちゃん達であのダンジョンに乗り込んだ方が早いんじゃない? それに、今夜にでも」


 ベルデールは一瞬にして寝間着から元の露出度の高い装備へと着替えると、腰元に仕込んでいる小型のナイフを二つ三つと取り出して戦う意志を見せる。


「まさか真夜中までギンギンに起きてるってことは無いでしょぉ?」

「……それは暗殺者アサシンとしての『勘』か?」

「暗殺者としての『実績』よ……それより、本当にいいのかしら。あの神父、昼間には第二騎士団に接触してたわよ」

「古巣が気になるのか? ベルデール」

「違うわ……ただ、あの団もベルちゃん達と同じで、表向きだけは綺麗な騎士団だからねー」


 ベルデールはそう言ってテーブルの上に置かれた焼き菓子の一つに手を伸ばし、そのまま口の中へと放り込む。


「夜に食べるのはよくないんじゃなかったか?」

「何を言ってるのよ、それは運動しなかった場合のこと。ベルちゃんは――」


 ――今から運動しに行ってくるんだから。



          ◆ ◆ ◆



「……臭うな」


 いつものごとく夜遅くまでエルフ族に対して魔法を教え終わった時の事だった。いつものごとく追跡防止の魔法陣を仕掛けながら帰路をたどっていたところで、くちばしの付いた仮面を外してエボニーは突如として辺りを漂う異臭をかぎ始める。


「どうかしましたか? エボニー」

「いや、神父様には分からな――」

「分かっていますとも。一旦エルフ野村に戻るとしましょうか。もしかしたらこれは――」


 ――血の臭いの可能性が高いですからね。



          ◆ ◆ ◆



 “神父”アビゲイルと“外科医”エボニーがエルフ族の村へと踵を返すより少し前――エルフ族の村に一人の侵入者がその姿を現していた。


「あらあらぁ? せっかく魔法を教えて貰ってたのに何もできない訳? つまんなーい」

「魔法が……効かない……!?」


 紛いなりとはいえアビゲイルの師事を受けたエルフ族は、この世界においてそこらの冒険者程度では歯が立たない程度には鍛え上げられている筈だった。しかし目の前のたった一人の女性を前にして、逆に歯が立たないといった状況となっている。

 プルーティア帝国第一騎士団団員であるベルデールは、まさにそのそこらの冒険者とは次元の違う強さを持っていた。身に着けている魔法耐性スペルレジストは下級程度の魔法なら全てノーダメージで切り抜けることが可能であり、かつ中級以上の魔法ですらも軽減するという代物である。

 故にベルデールの持つ別の異名は“魔術師殺しソーサルキラー”、相手方の後方支援を壊滅させる暗殺者が彼女の職業カテゴリであった。


「あの怪しい神父さんの手ほどきを受けてるからどれくらい強いのかと思ったら……下級呪文スペルで舞い上がっちゃってぇ……」


 既に何人ものエルフが彼女の腰元の得物ナイフによって倒れている状況の最中、残ったエルフ族の怯える表情を見たベルデールはもはや消化試合といわんばかりに大きくため息をついた。


「面白くなーい。ベルちゃんちょっと期待外れかなー? それに――」


 ベルデールは瀕死のエルフ族の眉間にナイフを投げて止めを刺すがクスリとも笑うことなく、かといって何かしらの感情がそこにある訳でもない、ひたすらな暇つぶしを片手間に開始する。


「さて……次は貴方にしちゃおうかしらぁ」

「くっ……」

「長老様! お下がりください!!」

「こうして殺しまくっていれば、例の神父がやってくるかもしれないし――」

「隙ありッ!!」


 完全な死角――それまでベルデールが全く気にもかけていなかった場所から槍による突撃。その一撃によりベルデールの身体は脇腹から文字通りくの字に曲げられた状態で突き飛ばされ、そのまま地面を削り滑っていく。


「ゼルーダ!?」

「ッ、他にもいたのぉ!?」

「くっ、狙いをしくじったか!?」


 本来ならば背骨すらへし折り、そのまま一撃必殺となるはずの暗殺術。この村で一番の実力を誇るゼルーダの持つ中で指折りの必殺技であった。しかしベルデールはそれをくらってもなおぐにゃりと柔軟な身体を起こすと、多少のダメージはあるものの戦闘継続には支障ないといった様子で乱入者に対して牙をむく。


「あぁんたさぁ……このベルデールちゃんに、なにをしてくれちゃってんのかぁあああああああああああああああ!?」


 ベルデールが怒りの大声を挙げた瞬間、彼女の周りに緑色のオーラが纏われ始める。


「……なっ! 馬鹿なっ!?」

「はぁったく……このベルデールちゃんがこんな奴等に【自動回復リバイブ】使わされるとか、この場にエリオがいなくてよかったわぁ」


 ベルデールはそのままナイフ二本を両手に構えた姿勢でもって、今度はゼルーダの方に向かって突進の構えを取る。


「【高速移動ハイムーヴ】……」

「なっ――」


 その先ゼルーダが見た光景は、およそ普通の人型の種族が行なえる運動能力の範囲を超えたものだった。左右に揺らめきながらの接近、しかしその速度は直進してくるよりもはるかに速い速度でもってゼルーダ自身の目の前にまで近づいてくる。

「じゃ、まずはけんでも斬らせてもらおうかしらぁ」


 ――そのままするりと、まるで鎌鼬が通り過ぎるかのようにゼルーダの足元を通り抜けたベルデールが持つナイフには、赤い血が付いていた。


「がぁっ……!」


 足の筋を斬られたゼルーダは力なくその場に倒れ、身動きが取れなくなってしまった。


「く、クソッ……!」

「その表情、ゾクゾクするわぁ。まるで今見たものが信じられないって目をしていて、ダァーイ好き」


 ベルデールはナイフに付着したエルフの血を舐めとると、自らが与えた致命傷に恐怖するゼルーダに対して興奮を覚え始める。


「さて、次はどこを斬ってあげようかしらぁ? 腕ごといっちゃう? それともその顔を切り刻んであげてもいいんだけど……まぁ、売り物にあまり傷をつけられないわよねぇ」

「売りもの……だと?」


 その言葉を聞いてやはりといった様子であきらめの表情を浮かべる村長と、今までただの風の噂程度にしか思っていなかったゼルーダを含むその他大勢のエルフ族の青ざめた表情を見たベルデールは、まるで絶頂するかのような恍惚とした表情を浮かべて相手の運命を嘲り笑う。


「そうよぉ。今から貴方達は、オークと同等かそれ以上に醜い豚のような貴族に飼われて、その身体を貪り尽くされるの。考えるだけで反吐が出て、考えるだけで興奮してこなぁい?」


 プルーティア帝国第一騎士団所属、ベルデール。またの名を、“人攫い”ベルデール。その高速移動術でもってありとあらゆる守衛を翻弄しては敵国の要人を暗殺し、そして裏の稼業である亜人種族を闇の業者ブローカーに流している張本人である。


「さぁて、今回の売り上げは中々に期待できそうよぉ。なんてったって魔法を覚えたエルフなんて、ちょっとばかり箔がつくじゃない。あの神父もそこだけは――」

「神父ですが、何か用でしょうか?」

「ッ!?」


 すぐ背後から聞こえる声に、ベルデールは思わずナイフを振り回す。しかしそこに神父の姿など無く、ただあっけにとられたエルフ族の面々が並ぶばかり。


「ふむ、【高速移動ハイムーヴ】ですか……しかしこの程度で勝ち誇れるとは、なんとも意識もレベルも低い戦いなのでしょう」


 ベルデールが再び振り向くと、そこには倒れるゼルーダに処置をする小柄な医者と、既に聖書を開いて戦闘態勢に入っている“神父”アビゲイル=ブラウの姿があった。


「……では、見せていただきましょうか。その御自慢の【高速移動ハイムーヴ】とやらを」


 神父はニコニコとした表情を浮かべているが、その裏に隙など一切存在していない。ベルデールは未だに何故この神父が自分を翻弄できたのかは分からないものの、ただコケにされている事だけは理解できた。


「どいつもこいつも、ベルちゃんを事を馬鹿にするなぁああああああああ!!」


 高速移動による接近。しかしアビゲイルはそれを欠伸が出るといわんばかりに更に上回る速度でもって迎撃を行う。


「さようなら――」

「ごっ!?」


 高速で接近をし、ナイフを振り下ろそうとしたベルデールの背後へと神父は瞬間移動する。そして無防備である後頭部に聖書の背の部分を振りおろすと、そのまま一撃のもと気絶させてしまった。


「……【高速移動ハイムーヴ】程度で、【神速シンソク】に打ち勝とうとすること自体がおこがましい」

「神父様、取りあえずどうします?」

「エボニーはこのまま残ってエルフ族の治療をお願いします。私は……」


 アビゲイルは気絶しているベルデールを片手でひょいと担ぎ上げると、そのままその場に背を向け去っていく。


「私はこの者を、しゅへの供物として捧げに参ります」

「うへぇ、可哀そうに」

「仕方がありませんよ」


 そう言って振り返るアビゲイルの顔は、とても聖職者とは言えない顔つきであり――


「主の領地へと手を出した時点で、私はこの者を許す気など到底ありませんから」


 ――まるで悪魔のような殺意に満ちた表情を浮かべていた。

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