2-4 間引き
でっぷりとした体格に、豚鼻のついた醜い顔。それが「MAZE」におけるオークという種族の外見であり、この世界における外見でもあった。エルフ族を追ってその場に姿を現した二体のオークは、更に追加の獲物が現れたとして、ゲラゲラと大声を上げて喜んでいる。
「見ろよ、高そうな服着たガキまでいるぜぇ? こりゃ死ぬまで
「いい声で鳴けよぉゴファファファ――は?」
「なっ――ぁっ!?」
――気づけば一体は縦に一閃、そしてもう一体は光の矢によって身体のど真ん中を撃ち抜かれていた。
「それ以上醜い姿で喚くな。下等生物が」
「よくも我が
アリアスは冷酷な目つきで死体を見下し、そしてアビゲイルは過去の出来事と重ね合わせて激昂する。
「
「あの虫ケラ共に、わらわの身体に触れてよいのは天上天下一切を含めてたった一人しかいないということを思い知らせてくれるわ」
「確かにここでクソみたいな言葉を吐き散らした事はかなり頭にくるだろう。だが一旦落ち着いて、オークの色を確認しろ」
エニグマが死体を確認したところ、やはりというべきかオークの文明レベルは低く、腰布といってもたった今殺したばかりであろうエルフの首を撒きつけているばかり。手に持つ武器といえば棍棒に石槍と原始的なものしか装備していない。
更にエニグマが一番注目したのは、オークの肌の色である。
「緑か……ふむ」
基本的にそれぞれのモンスターの格は色で決まり、先ほど述べたゴブリンの様な黒色は最上位の色となる。逆に緑など元来物語で登場するようなモンスターの体色の場合、モンスターの格は一番下に配置されていることが多い。
「緑という色からして想定されるレベルは10か……生かす価値もない雑魚としかいえないな」
「あのオークを、一撃で……しかも、雑魚と――」
自分の村を襲い破滅へと向かわせたオークを目の前の男は単なる雑魚と評していることに、エルフ族の二人は驚愕すると共に愕然とした。自分が助けを求めた相手が予想以上の実力の持ち主ということと、本当にあれだけの条件で助けてくれるのかと不安を感じ始めた。
しかしそんな事など露ほども知らないエニグマは、単に世間話の延長線とばかりに笑いながらオークを見下すような評価を下した。
「ああ、雑魚同然だ。こりゃあんまし実践に慣れていない俺でも倒せるかもな」
一度示しているとおり、ダンジョンマスターの最大レベルは冒険者の半分となる50。しかしそれでも自動生成される程度のモンスターならば、60レベルまでは渡り合える強さとなっている。そのことからもエニグマは軽く捻り潰せると考えていた。
「
「ああ。それにこの分だとやはり俺とお前だけで十分だな。いくぞアビゲイル」
「仰せのままに……アリアス」
「なんだ似非神父」
「死体は黒ゴブリンに運ばせて第四フロアへと投棄、エルフ族のお二人は一旦第六フロアで預かるように」
アビゲイルは自分だけが主についていけることに優越感を覚えながらも、アリアスに対しフロアマスターとしての指示を下す。
「何でそちの言うことを聞かねばならんのだ」
「お願いだ、アリアス」
「承知した、
アビゲイルの指示には刃向かえど、
「……精々仕事をこなすことですね」
「そちこそ
「当たり前のことを言わないでください」
「オイオイその辺にしておけ。いくぞ」
「仰せのままに」
エニグマとアビゲイルはたった今オークが開けた扉から外へと出ると、騒ぎの聞こえる森の方へと顔を向ける。
「……恐らくあちらの方かと」
「ああ。何かが焼けるような臭いと、煙が立ち上っているからな」
◆ ◆ ◆
「ゴファファファ、いい場所を襲えたな!!」
「ああ、女もいるし酒もあるしよお、ブヒョヒョヒョ」
「うぅっ……ひっぐ……」
「止めて、お願い離して!」
「ブギョギョ、嫌に決まってるだろ! 俺のガキを産んでもらうんだからよ!」
豚どもの聞くに堪えない鳴き声と、エルフ族の女のすすり泣く声とが響き渡る。
村の中心ではキャンプファイヤ―でもするかのように炎が焚かれ、薪の代わりにエルフ族の男の死体やこれまでの道中で玩具として扱って壊れてしまった女の死体が燃やされている。
その焼け焦げるような臭いとすえた雄の臭いは、どんな者であろうと鼻をつまみたくなるであろう。
――それはダンジョンマスターも例外では無かった。
「うっげ……アビゲイル……これは……」
「これは、酷いですね……」
嗅いだだけでもデバフがかかりそうな臭いを前に、エニグマは思わず
「悪い、闘う気すら失せたわ」
「
アビゲイルは忌避するような表情でもって、その場にいる者すべてを消し炭にすべく魔法を詠唱する。
「――【
絶対的な浄化の力による
「ん? ぐおお!?」
「ぐぎぶっ!」
「げぶっ!?」
目を、心臓を、足を、腕を、顔を。魔法の矢はひたすらに無作為にオーク共の肉体に風穴を開け続ける。
「このように、汚物を浄化するには適した魔法かと」
「流石はアビゲイルだな。中位魔法でこれだけ蹴散らすのは爽快感があるだろう?」
「爽快感というより、ゴミ掃除をしているような感覚ですね」
最後にアビゲイルは全ての
「ご、貴様等……!!」
恐らくならず者のオーク達を束ねていたのであろう、
「殺してやる……!」
オークは丸太のように太い腕を伸ばし、その手でアビゲイルの首をへし折ろうと手を伸ばした。
しかし――
「――【
オークの足元に聖書のページを飛ばすと、まるでそこが攻撃マーカーだといわんばかりに空高くから極大の光の柱が撃ち降ろされ、醜いオークの身体を完膚なきまでに焼き尽くしていく。
「ぐぎゃぉおおおおおおっ!?」
新たに焼け焦げる臭いと灰が一山加わった所で、アビゲイルは残ったエルフ族の女を見渡した。
「……た、助かったの……?」
「あのお方たちが、助けてくれた……? オーク達から、助けてくれた……!」
しかし今暴れていたオークの始末など、アビゲイルやエニグマにとっては単なる表層的な対処としか考えていなかった。
「……さて、この中でご懐妊された残念な御方は皆、この場で浄化させていただきましょうか」
「えっ……?」
アビゲイルはそれまでの魔法に更に条件を付け加えることで、オークの血を完全に消し去らんと考えていた。
オークの繁殖力を舐めてはいけない。それはエニグマとアビゲイルにとっては身に沁みて分かっている。だからこそ今回はある方法で可能性を消し去る必要があった。
「哀れな者共よ、せめて安らかに眠りたまえ」
アビゲイルは聖書を開き、ページをパラパラとめくり始める。そして聖書から自動的に切り離れたページを、次々と飛ばしていく。
「対象は不浄なるもの、つまり非処女ということになりますね」
不浄なるもの――今回の場合オークによって非処女にされたものを全て排除することで、アビゲイルはこの地におけるオークの可能性を全て破棄しようとしている。
「何、これ……?」
「聖書……?」
聖書によって選ばれしもの――それこそが不浄なるものへのせめてもの慈悲である。
「――【浄化の光】」
不浄なるもの全てに対し、先ほどアビゲイルが放った【神罰】と同様の光の柱が降ろされる。
「きゃっ!?」
「まさか――」
「安らかに眠れ……」
アビゲイルの言葉を最後に、光の柱がエルフ族の女性を次々と焼きつくしていく。
「あッ――」
「先ほどと違って痛めつけるための光ではありません。死の苦痛はほんの一瞬です」
「やっぱり根こそぎ薙ぎ払う必要が出てくるよなぁ」
エルフたちの目の前に突如現れた救いの手――しかしそれは救いの手ではなく、単なる虐殺を行うためにやってきた、ある意味オークよりも性質の悪い二人組であった。
「あ、ああ……」
「今ので何人死んだ?」
「残念ながら二十名ほど」
「そうか。ならばまだ軽微な――」
「何なんですかあなた達は!? オーク達から救ってくれたかと思ったら、今度は――」
「今度はお前達の中でも既にオークの子を孕んでいる奴を殺しただけだ」
エニグマとしてはまだゲームの感覚が抜けきっていない様子で、単に増える害虫を根元から駆除をしているような口ぶりでエルフ族に対して言葉を並べる。
「あいつ等はゴキブリと同じなんだよ。一匹見逃せばそこからまた馬鹿みたいに増えていく」
「だからって、同じエルフを――」
「お前達の繁殖力より、オークの方が強い。しかもあいつ等、親だからといって慕うことなくまず子を残す本能を優先させてくるぞ」
エニグマがたった今述べたとおり、「MAZE」内でのオークのフレーバーテキストにはこういった一文が添えられている。
――親や子供など関係ない。奴等は増えることそのものが目的なのだ――と。
「腹を痛めて産んだからといって母性本能目覚めさせようものなら、今回の繰り返しだ」
「
エルフ達の目の前には、自分達の言葉を決して曲げない強者が立っている。そして大方前に出るという意味は、自ら死刑台に立つという意味を指しているのであろう。
「くっ……」
「まあそれでもパッと見半数は処女が残っているしまだマシだろ……男衆はみんな死んでしまったみたいだが」
「ではアフターケアをするべきでしょうか?
「それはエルフ族に聞くしかないだろ。ま、十中八九必要だと思うが」
しかしどうしてエニグマはわざわざ近くの村に出向いた上で、する必要のないアフターケアなどの話をしているのか。それは「MAZE」の時にもあったダンジョン周囲の環境整備に通じるものがあるからである。
初期のエニグマの作っていたダンジョンは、この場所の様に森の中に洞窟といった形でダンジョンを形成していた。最初のころはダンジョンの危険度も低いため、冒険者以外にも商人や近隣の村人がダンジョン内の浅い層に入っては商いを行ったり、ダンジョン内に自生する植物などを取ってはすぐに帰るといったプチイベントも起きていた。
そして後にアリアスの襲撃イベントにも繋がる要素であるが、ダンジョン内に時折周辺区域の野生のモンスターが住み着くことがある。これがヤマブキの様な単なる大蜘蛛が巣を張るだけならまだ可愛いものであるが、中には知性のあるモンスターがこのダンジョンを端から乗っ取る目的でやってくることもある。
そういったものの中にはオークなどの厄介な種族も含まれていることから、ダンジョンマスターの仕事として、ダンジョンに進出される前に事前に防ぐという意味でもって、周囲でそういった余計なモンスターが自然発生しないように環境整備を心掛けなければならなかった。
「次にまた
「そうですね。その方がよろしいかと思います」
「ちょっと待ってください! あなた達、何を勝手に――」
「静粛に」
幸いにも生き残ったエルフ――他のものとは違って祭祀の様な装飾品をつけている所から村の長と思わしき女性のエルフが異論を振りかざそうとしたが、アビゲイルは有無を言わさず目の前に光の柱を打ち落とし、その言葉をさえぎる。
「たった今からこの村は我等が
「そんな……」
「まあそんな滅茶苦茶な事するつもりはねぇよ……間引いたのは悪かったが」
その気になれば死んだエルフ族も支配下に置かれたということで復活させることもできるが、そのような事で貴重な
「この村が無事に復興するまでこの場所に俺の部下を一名派遣する。更に村の繁栄のために他のエルフの村の男あるいは人間の男を連れて来る。安心しろ、豚は連れてこないでおいてやる」
「そんな言い方……私達は家畜ではないのですよ!?」
「家畜では無い、か。じゃあこのまま女だらけで滅ぶのを待つか? 俺はそれでも構わないが」
「ッ……酷い……」
「ったく、だったらもう一回オーク達に蹂躙されてみるか? 今度はより屈強で、繁殖力も高い精力旺盛な豚共に」
エニグマの持つダンジョンは、今のメインダンジョンの他にいくつかサブのダンジョンを所持している。いずれもメインダンジョンでの仕掛けの実験やモンスター同士の相性や配合を試す実験場と化しているが、中には敢えて冒険者にギリギリの難易度を楽しんでクリアして貰うような、接待向けダンジョンも設けている。
そのうちの一つに、エニグマとしてはまさに黒歴史としておきたい失敗作のダンジョンが存在する。高体力、高攻撃力、そして高い繁殖力を持つ黒オークによって制圧されたダンジョンである。
フロアは一つ限りで配置しているボスはダンジョンマスターの支配下に置かれているものの、それでももはやエニグマでは手のうち様がない程に繁殖活動が進んでいて、そこに女性の冒険者が侵入しようものなら目も当てられないくらいの悲惨な出来事が起きてしまうという、究極の失敗作ダンジョンをエニグマは所持しているのである。
「何なら今からその豚がひしめき合う場所とここを繋げてやってもいいんだぜ? エルフさん達よ」
「ヒィッ……」
当然、繋げられるか試したことがないエニグマにとっては単なる脅し文句。しかしそれが半信半疑のものだとしても、女性にとっては究極の脅し文句ともいえる。
エニグマの脅迫はその場にいるエルフ達を絶句させると共に、首を縦に振る以外の選択肢を全て奪い取っていった。
「……よし。言っておくが、現状より悪いようにはしないと約束する」
「
「は、はい……」
今の時点ではエニグマの姿は単なる恐怖の大王にしか見えないであろう。しかしこの後アビゲイルの布教活動やその他の地道な活動によりエニグマが救世主としてあがめられるのは、もう少し後のお話になる。
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