2-2 内外の視察

「――なんというか、憐れみを感じてきたんだが……」

「何を今さら言っておるのだ主よ。そちこそがここの“だんじょんますたぁ”であり、我等が唯一のあるじであるのだ。この対応、当然に思えるが」

「然り。この件については申し訳ないがアリアスの言う通りだ、我がマスター

「お、おう……」


 このダンジョンでは自分が思っている以上に過大評価され過ぎていると、エニグマは冷や汗をかいた。それこそここまで評価されておきながら自分がこの先失態を侵したとき、自分はこのダンジョンに置いていてもらえるのだろうかという不安さえも出てくる程に。

 そんな考えがうっすらと出てきた矢先での、この出来事である。


「一応これでも自覚はしているつもりだ。多分。だが俺が特に生成した訳でもないのにこのゴブリン達はどうして一斉に土下座しているんだ……」


 現在エニグマ達がいるのは、アリアス=ヴァイオレットがフロアボスを務める第六フロアである。ベースは西洋の館の通路の様な風貌をしていながら、所々壁を削ったような跡と、そこから垣間見える土と岩が、この場所が地下のダンジョンであることを思い出させてくれる。


「ゴ、グブグブ……」


 そんな廊下にあまり似合わない半裸の小柄なモンスターが、通路に並んで跪き、頭を垂れている。

 全身墨を塗っているかのように真っ黒であり、かつその真っ白な目はどこを見ているのかは分からないものの、どのような感情を胸に抱いているのかを見るものに伝えている。細い身でありながら必要最低限の引き締まった筋肉が見せつける威圧感は、ダンジョンマスターであるエニグマですら少々後ずさりをしてしまう。

 平均レベル45の道中モンスター。それがこの黒ゴブリンである。


「ゴフラァ……」

「ゴフ、ゴフ…………」

「……こいつ等は何と言っているんだ?」

「知らぬ。ただ態度からしてこちらに対する敵意は無いことぐらいは把握できよう。彼奴あやつ等とてここの住処のあるじと敵対することの意味を、知らぬわけでは無いからな」


 このダンジョンに住まわせてもらっているのは他でもないエニグマのおかげも一つあるが、この場においてゴブリンが恐れているのは他ならぬアリアスという存在であることをエニグマは知らない。

 ――ゲーム内で住み着いていたころから、ゴブリンは覚えていたのである。このアリアスという幼い吸血鬼は、その日の気分次第で仲間のゴブリンを派手な血祭りにあげていることを。

 ゴブリン達は今回あわよくば主に気に入られると共に、アリアスの上司であるエニグマの命によって自分達が救われるのではないかという考えまで持って、行動を起こしているのである。


「……それにしても凄いな。俺結構ボス部屋とかは凝る方だったからそれなりに装飾とかこだわっていたけど、反面に道中を結構雑に作っていたんだよなぁ。けれどお前達が気を利かせてか、代わりに色々雰囲気が出るような小物とか置いていっていたんだな」

「ゴ、ゴファ……?」


 それまでエニグマが創り上げていたダンジョン内では、ゴブリンの詳しい生態など描写されるようなことはなかった。

 しかし今回ゴブリンの日々の営みを始めて目にすると同時に、ゴブリンの様な自動生成オートリポップされるモンスターがダンジョンマスターについてどれだけへりくだっているのかをエニグマは目の当たりにすることとなる。


「これまでダンジョンの細かい装飾とかしなくてもそれっぽく勝手になっていたのはゴブリンの仕業だったという訳か……」

「む? 気に入らんのなら全て斬り捨てた後に掃除をするが?」


 エニグマの不用意な言葉がアリアスの腰元に挿げてある刀を抜かせる一言となり、その場にいるゴブリン達に命乞いをさせる要因となる。


「ゴフッ!? ゴブリ、ゴブラル!?」

「んぁ? 文句があって五月蠅いというのであれば即刻斬るが?」

「しなくていいしなくていい。むしろ一切手を出すな」

「ゴフゴファー……」

「む、今貴様命拾いをしたとでも言わんばかりにため息をついたな?」

「ファッ!?」

「……それにしても、随分と俺好みの飾りつけをやってくれたみたいだな」


 人間のように高いレベルの文明を持っていないとはいえ、小さな瓶が転がっていたり松明らしきものが壁に掛けられていたりしているのは、全てゴブリンの仕業だったのだとエニグマは今初めて理解した。

 同時にゲームでは垣間見ることが出来なかった部分も、この世界では辻褄が合うように理由づけされているのを見て、改めてこの世界が単なるゲームの延長線ではなさそうだということを思い知らされることに。


 ――もっとも、ゴブリン側としては自分たちの住処を転々とする際に落し物をちょくちょくしていたことが功を奏していただけであるが。


 更にフロアを歩き回るにあたってゴブリン以外にも自動生成されるモンスターはいるものの、いずれもダンジョンマスターであるエニグマに対して敵対行動をとる個体は一切いなかった。



          ◆ ◆ ◆



「一応一通り第六フロアを見せてもらったが、特に問題はなさそうだな。そしてこれで道中モンスターも問題なさそうだということが分かったし」


 第六フロアはゴブリンを基本として基本的にグールやゴースト等、人やそれに近い形の種族のモンスターが多く生成される。

 中には中ボスとまではいかないものの、誰もいるはずの無い書斎に潜む人喰いオーガや隠された中庭の噴水に潜むウンディーネなど、これまで幾度となく冒険者プレイヤーを苦しめてきた面々ともエニグマは顔を合わせることができた。

 しかしエニグマはまだこの第六フロアにて、アリアスの次に重要な中ボスモンスターと遭遇することができていない。


「しかし主よ。まだリーパーに会っておらぬぞ」

「ああ、あの“殺人人形オートマタ”のことか」


 それまでアリアスが案内した道の中には、中ボスのいる部屋へと続く通路は含まれていない。

 アリアスが足を止めて見やる分岐路の先。それこそがこの第六フロアのボスの前の前哨戦――中ボスである“殺人人形”、リーパー=ジ=アイボリーのいる部屋である。エニグマの手によって荘厳な装飾がなされた扉は、人が出入りするよりもはるかに大きく創られており、力を入れてこじ開けなければ扉は開かれない。


「……いるんだよな?」

「もちろんだとも」

「敵対しないよな?」

「敵対しようものならわらわが斬り捨てる」

「俺もいることを忘れるな、マスター


 いくら中ボスとはいえ第二フロアと第六フロアのフロアボスがいるのであればと、エニグマは意を決して扉に両手をかける。


「……というか、俺が開ける必要ある?」

「…………言われてみればそうだな」

あるじは賢いのう」


 若干小馬鹿にしているような者が一名いるが、エニグマは扉から手を離して代わりにアルデインに扉を開けさせることに。


「グググ……」


 純粋戦闘力の塊であるアルデインでもこの扉は重たかったようであり、開けるのに数秒の時間がかかってしまった。


「情けない。わらわなら片手で開けられるというのに」

「だったら最初から貴様が開けろ!!」


 “聖騎士”と設定されていたはずのアルデインから怒声をぶつけられながらも、アリアスは腰元の刀に手を添えつつ先頭に立って部屋へと一歩足を踏み入れる。

 するとそこはまさにエニグマが設定下通りの部屋の内装と、エニグマが設定した通りの登場演出でもってリーパー=ジ=アイボリーが目の前に姿を現す。


 ――薄暗い大広間。中央には長いテーブルが置かれ、両脇にはずらりと椅子が並べられている。

 唯一の明かりとして灯されているのは広間の最奥にある暖炉の炎と、テーブルの上に置かれた燭台のか細く揺れ動く炎だけ。しかしそれもすぐに消え去ることになる。


「クスクス……」


 少女の笑うような声だけで、音もなく蝋燭ろうそくは横に斬り捨てられ、炎は静かに消えていく。

 少女の笑い声が重ねられる度に蝋燭の炎は消え、最後に残されているのは暖炉の炎一つ。


「クスクスクス、アハハハハハッ……!」


 しかしそれも最後には消え去り、遂には静寂だけが残される。そして――


「……アハハハハハッ!!」


 最後に長テーブルを真っ二つにして降り立ったのは、メイド服姿の少女であった。暗い部屋の中一人スポットライトの下にさらされるその姿。金髪の髪をツインテールに結び、病弱なまでに真っ白な肌を衆目に晒し、そして殺人という快楽に溺れたかのような目つきで、新たに現れた玩具を見やる。


「……今度も楽しめそうね……ウフフフフフ、アハハハハハッ!」


 そして一番彼女の異常性を如実に表しているのは、全身の関節に繋げられた糸と、その手に持たされている巨大な大鎌である。特に糸の方は天井の方へと伸びていくものの、誰が彼女を操っているのかその大元は分からぬまま。

 そんな不気味な状況の中で、“殺人人形オートマタ”リーパー=ジ=アイボリーとの戦いが通常は始められるのだが――


「――って、ご主人様ぁ!?」

「なんだ、そちはあるじの姿を忘れるほどのポンコツ人形であったか」


 それまでの緊張感はどこへやらといった様子で、スポットライトで照らされていた残酷な殺人人形は慌てふためいた様子で大鎌を後ろ手にしまい込む。


「ち、違いますよ!? その……ステージ設定がうす暗い中だからいまいち見え辛くて――」

「ほうほう、つまり貴様はせっかくマスターが設定してくださったこの場所に不満があると」

「違いますってばぁ! 助けてくださいご主人様ぁ、二人が虐めてきますぅ!」


 リーパーは器用に糸を絡ませないように動きながらも、エニグマの影に隠れるかのように回り込んでは背後から抱きついてアリアスとアルデインの様子をうかがい始める。


「……まあこんなステージ設定をした俺も悪いんだし、そんな事――」

「違いますぅ! リーパーはこの部屋がお気に入りなんですよぉ!」


 その割にはお気に入りの部屋の家具を斬って登場していたが――と自分が設定したことを棚に上げながらもエニグマは呆れたようなため息を漏らしてしまう。


「……この調子だと、ブランノワールからはなんて言われるのやら」


 エニグマはもう一つの薄暗くどころか真っ暗に設定していた設定していたボス部屋にいるフロアボスの事を考えながらも、こうしてある意味初めて相対する戦闘態勢を取っていないリーパーをじろじろと見つめる。


「…………」

「……あ、あのー」

「ん? どうした?」

「そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」


 憧れていたご主人にこんなにも見つめられるとは思っていなかったリーパーは、恥ずかしさのあまり赤く染まった頬に両手をあてる。その拍子に手に持っていた大鎌が落ちてしまい、エニグマは一瞬ではあるものの足元の刃物にたじろいでしまった。


「……それにしても」


 殺人衝動に目覚める前――殺人人形に仕立て上げられる前の少女リーパーは、とても純粋で年相応の恥じらいを持った少女であるとの設定であった。それが今こうして設定されている通りの言動や行動をエニグマの前で取っている。


「戦っている時は味方ながらに不気味だと思っていたが、こうしてみると可愛いな……」

「か、可愛いって……!」

「ちょっと待てあるじよ。それではわらわは可愛くないと?」


 このエニグマの言葉に異を唱えたのは、他の誰でもないアリアス=ヴァイオレットだった。彼女もまた吸血鬼だということを除けば刀を持ったゴスロリの少女。しかもリーパーに嫉妬するその姿は、可愛くないと言えば嘘になる。


「わらわは可愛くないと!?」

「アリアスも可愛いに決まっている。というよりも、俺は俺が創り上げたダンジョンにいる全てのものが愛おしいと言っても過言じゃないぞ」

「ッ!? 我がマスターはここまで慈悲深いお方だったのか……! このアルデイン、感服すると共に改めてここに絶対なる忠誠を誓わせて貰う」


 エニグマとしては軽い気持ちで放った言葉が、またしてもその場において絶対的な神の言葉だとでも言わんばかりに針小棒大に取り扱われることに。


「そ、その、ご主人様。もしよければこの後ご一緒に――」

「駄目だリーパー。そちはここで引き続きダンジョンの警備にあたれ。あるじはわらわと一緒にダンジョンの視察にまわるのだからな」

「えぇー! そんなのずるいです! 職権乱用ですぅ!」

「悔しければそちもフロアボスになればよい。もっとも、わらわやそこの騎士にお主が勝てるかな?」

「その辺にしておけアリアス。リーパー、後でまた会いに来てやるから、この場はしっかりと守ってくれ」

「……っ、はい! 分かりました!!」


 何とか後でリーパーの話を聞いてやることでその場を収めたつもりのエニグマであったが、それはつまり他のフロアボスにとっては羨望の対象となってしまうことになる。


「なっ!? ズルいぞそちだけ!! わらわもあるじと一対一であんなことやこんなことをしたいぞ!」

「貴様はなんと下品な女だ!! 俺ならば、マスターと共にこのアビスホールをいかにしてより偉大なものとしていくか、侃々諤々かんかんがくがくと語りあって――」

「フン、やはり所詮頭の固い騎士のことだ。あるじは休息を欲しがっておるに決まっておる。つまり、夜伽をすることこそが一番あるじを想ってのこととなる」


 アリアスはふふんと鼻を鳴らしているが、エニグマにとっては夜伽という言葉は生々しく聞こえてしまい、そしてロリータ服の下に隠されたアリアスの幼くも艶めかしい肢体を想像させてしまう事になってしまう。


「……っ! いや駄目だろ普通に考えて。アウトだ」

「何を言うか主よ。わらわはもう百を超える歳ぞ」


 何とか煩悩を振り払い、現実へと戻ってくることができたエニグマであったが、もう一人妄想の世界に行ったまま、戻ってこられずにいる少女がいる。


「よ、夜伽って……てことはリーパーと後でお話って、そういうことだったんですね! わわわ、どうしましょう!? 急いで身体を清めてから、それから――」

「ちょっと待て話がおかしな方向に――」

「お取込み中のところ恐れ入ります我がしゅよ」


 地下の風の吹くはずの無い場所に風が吹き、聖書のページがいたるところに散らばっていく。そして散らばる聖書と魔法陣の中心に、かの神父服姿の男が姿を現す。


しゅにお伝えしたいことがありまして、今ここにはせ参じた次第であります」

「一体どうしたというんだ? アビゲイル」


 主の前に現れた神父は、それまで見せていた余裕のある表情から一変して深刻な物事を抱えているかのような緊張した面持ちでエニグマの方を見つめている。


「一体何が起きたんだ、教えてくれ」

「まずは周囲の状況の報告を。そして……侵入者と思わしきものが現れました」

「ッ! ……どんな種族だ? 人数は? そもそも火山の火口と分かっていて来る者がいるというのか?」

「それが……」


 アビゲイルは緊張からかすぐには口を開かず、呼吸を一泊ほどおいてからエニグマへと詳しい内容の報告を始める。


「それが外はというと、近くに森があるくらい以外にはひたすらに広がっておりまして、我等がアビスホールは草原にぽっかりと井戸のごとく入り口を開けている状況となっています」


 ダンジョンごと移動されるとはどういうことなのかと、エニグマは歯噛みしながらも状況整理に追われる羽目に。


「グロア山脈ではないだと? 面倒なことになってきたな……」

「そして非武装状態のメスのエルフ族二体、しかもいずれも既に半狂乱状態に陥った状況で、ここに向かって逃げて来ております」

「逃げてきた……? 何者からだ? 姿を見たのか?」


 外に比べればダンジョンの中はどれほど危険なものか、それこそ作った本人エニグマ自身にとっては火を見るより明らかである。しかしそれを知ってか知らずか、このダンジョンに逃げた方が安全だと思えるような敵が後から追ってきているとエニグマは考えることができた。


「エルフ族はプレイヤーが操作できる種族ではない……となるとNPCの冒険者の可能性も捨てがたいが、非武装状態とは一体……」

「正確には、肌着一枚でここまで逃げてきたと言った方が正しいかと」

「肌着一枚!?」


 一瞬下卑た想像をしてしまったものの、逆に言えば肌着一枚になっても逃げだすような相手が追ってきていると考えてもいいだろう。

 ひとまずすべてのフロアに厳戒態勢を敷くと同時に、その逃げてきたエルフの裁断を、エニグマは即座に決めなければならなかった。


「どうしましょうか? エルフ族は運命の間ルーレットルームを通さずに直接“饗宴の間”に誘導して始末いたしましょうか?」

「いや、待て」


 それほどの脅威に追われているということは、逆に言えばその脅威の情報を先に得ている可能性があるということだと考えられる。


「そのエルフ族の二人はこちらで一旦捕縛する」

「何故です?」

「アビゲイルの言う通り逃げてきているというのであれば、俺達はむしろエルフを追ってきている脅威の方の対処を優先すべきと考えるべきだ」


 もし現時点で対処できるならよし、対処できないとなれば即座に中ボスフロアボスを連れ、アイテムを使ってダンジョンを緊急脱出する必要がある。

 今まで育ててきた住処を捨てることと等しい行動をとらざるを得なくなる必要が出てくるという、最悪のパターンを考慮して動くべきだとエニグマは考えていた。


「流石は我があるじじゃ。適切な判断に長けておる」

「俺はマスターにとっての忠実な槍であり、盾である。ならば命に従い、動くまで」

「私の平凡な考えをお赦しください、我がしゅよ。そしてあわよくば汚名を返すチャンスを」

「リーパーも、頑張れることは頑張りますっ」


 アビスホールを守るそれぞれのフロアボス及び中ボスからその意思を聞いたエニグマは、改めてダンジョン全体に命を下す。


「最優先はエルフ二体の確保。そしてまだ見ぬ不明の侵入者を相手に、我等アビスホールの住人の底力を見せつけるのだ!」

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