ANALYSIS 13
広域を示す領空図は、水色の領域を殆どとしている。
空自幕僚本部に所属する情報分析及作戦立案本部。
木製の古い大型の机上に広げられているのは、日本を取り巻く広大な領海と領空を示す地図になる。
円の途中の弧を繋ぐようにして水色に線が描かれていて、陸地を取り巻くようにしている。
幾つもの円が重なり合って、日本の上空を周囲から隔てているように図は描かれている。
古い黒板が置かれた部屋に、中央に古い大きな木製のテーブルがあり、その上に置かれたこれもまた古い様式といっていいだろう紙製の地図。
水色の領域の多い、日本が海に取り囲まれた島国であるのがよくわかる図は、取り巻く空と海の広さをも語っている。
静寂が常に古い室内を浸すように。外の喧噪も焼けるような青空に痛いほど強い日射しも、或いは蝉の鳴く声さえも遠くに置いてきたように。
時空が動きを止めたようにして、この静寂の中に古い航空図も、何もかもが留まっているかのように。
古い図には、一つ、紅色の小さな三角錐が一つだけ、置かれている。爪先程の小さな三角錐だ。それは、不思議な程に鮮やかな紅色で、東京湾から小笠原諸島の方へ数センチ、房総半島よりも外海、その場所に何を印すのかぽつんと一つ置かれている。
日射しは青空に白く射すように迫り、音もなく白く世界を染め変えている。
背筋の通った細身の姿が、焼ける日射しに幻のように室内に一度浮かび上がったかにみえたのは、錯覚だろうか。
錯覚であるのかもしれない。
唯、紅の三角錐が、人物の姿があったと思えたあとに、僅かに位置を動かしていた。
三角錐の位置は、僅かに外海へ。
白光に眩しい外から遮断されたように陰となり静寂に沈む室内に、紅い三角錐が置かれた水色の大きな図面が誰も見るものもなく広げられてある。
上空を飛ぶ機体の中、コクピットに身を収めるのは本多一佐。端正な面立ちと能面のような無表情は、バイザーに顔を覆われるヘルメットを被っていなくとも同じように読み辛いといわれる。
教授の弟でもあり、空自に所属する一佐は普段空の上にはいない。幕僚本部等に作戦立案を指揮する立場として地上に勤務していることが多いが。
いま落ち着いて穏やかにみえる水のように凪ぐ表情で空にある。
澄んだ青空は何処までも遠く見透せるほどに美しい。
単座のコクピット、F-15Jの操縦席に座り、本多一佐は何処かリラックスしているように青空に浮かぶように機体を操縦している。
「ダメに決まってるでしょ。要説明」
秀一の駄目出しに関が絶望的な表情になる。
「おまえな、…。解った、何から聞きたい」
「勿論、どうして気付いたの?」
「しつこいな、やっぱり、…」
うんざりしたように視線を逸らしていう関に秀一が迫る。
「当然でしょ。僕の解釈と違っていても困るしね。で?」
「…―――日付だ、簡単にいえば」
関が逃げたそうに思わず周囲を見ながらいう。
それに。
「逃げない」
秀一が胡座をかいて座っている関の脇に、とん、と手をつく。正面から睨む秀一に、関が肩を落とす。
「気が付いたのは、このプログラムを分析したとかいう書類に出てくる日付と、この時系列になった方の書類の日付に、それに対して起きているとされる事象に対しての相違だ。…」
覚悟して話し出しながら思わず考える。関の話を録音しているのも目の隅で確認をして。
こいつ、…絶対に取り調べに向いてるよな、…。
「横道にそれない」
「なんでくちに出してないのに解るんだ」
関が眉を寄せて見るのに、当然でしょ?と腕を組む。
「当然。七才からの付き合いなんだから、解って当たり前。それで、日付の相違が問題を解くきっかけになった訳?」
「きっかけというより、それこそが問題そのもので、事実を証明するものだったんだ」
関が静かに、濱野の方を見て。
「問題はそれで解決した」
関の言葉が、ゆっくりと薄暗く外光を遮断した室内に響いていく。
「問題は解決したんだよ!」
濱野が右手を大きくひらいて上下に動かしながらいう。特徴的な癖のある黒髪に黒縁眼鏡で睨むようにしていう濱野。
「まだ完全ではない」
教授の言葉に濱野が頭を掻きむしる。
「…そりゃそうだがっ!時間が無いんだよ!全機下ろして、危険性の高い機体を駐機させた処から動かして、――――それでいいだろう!だのに!」
「弟の言い分も確かに解る。いまだ全機が着陸しているわけではなく、その動きの中で突然墜落プログラムが動き出す可能性も高い状況だよ。であれば、対策を打つのは当然の事ではないかね?」
諭すようにいう教授に濱野が食ってかかる。
「あのな?だからって、…―――何で、自衛隊が旅客機を撃ち落とす体制なんてとってるんだよ、…!」
叫ぶ濱野に、大型モニタの向こうで西野が口許に手を当て、視線を逸らす仕草をする。
それに、目敏く気付いて。
「おまえっ、…!西野くん!もしかして知ってたのか!このことを!どうして、俺達の解析を待たずに航空機を、…―――」
「すみません、知ってました。…この墜落プログラムでもし、その、…都市に落ちるような事があったら、それを防ぐ為には仕方ない対策かと」
「…仕方ないってな!西野くん!」
怒る濱野に、教授が背後から淡々とくちにする。
「対策が必要なのは確かな事だよ。既に、米国では警戒態勢が敷かれている。墜落が実際に攻撃として用いられたのはあちらの方だからね。実際に航空機が都市部に墜落した際の被害の大きさについては、彼らの方が良く知っていることだよ」
「―――だからって、…!もうすぐ何です!必要がないでしょう!おれが、俺達が、もう、…」
「それでも、予備的に弟が取り纏めた防衛体制については、私は妥当なものだと考えている。もし墜落するなら、そのままにしておく訳にはいかないのは当然の事だよ」
教授が穏やかに続けるのに、無言で怒りながら濱野がくちびるを噛みしめ拳を宙に振り下ろす。
「…濱野さん」
西野が痛ましいようにそんな濱野をみる。
教授が濱野の感情には構わずに、淡々と続ける。
「私は、この計画に賛同した。妥当だと保証して、助言もしている。責めるなら私にしたまえ」
「だから、責めている!…っ、くそっ、…!」
苛々と髪を掻き混ぜて歩き回りながら濱野が唸る。
「だから、…条件が、…タイムライン、タイムスタンプ、…―――HP、…全部揃ってきてる、…あと一歩解れば、…墜落を止められるんだ!撃墜なんてしなくたって…!」
「だがまだ、結論は出ていないのだね?君達の組んだ追跡プログラムと検出プログラムによって、条件がまだ揃わない機体は、全て着陸しつつある。だが、すべてではない」
教授の言葉に歩くのをやめて、濱野が睨み付けるようにして顔をあげる。
無言で教授を睨む濱野に。
対して、平然と常と変わらない姿勢で、穏やかな視線で濱野に対する教授と。
西野が、手許で走らせているプログラムをちらと確認しながら、画面の向こうで対立している濱野と教授を見比べる。困惑しながらも、何処か何か腹を括っている西野の視線を背に、濱野は。
秀一が天を仰ぐ。教授がこのタイミングで濱野にとっての爆弾発言をした理由に思いを馳せて。
永瀬の部屋に置いてきた装置からリアルタイムに状況を手許の小型モニタで把握しながら、そうしたことを考えていると。
「…―――どうした?」
関がそれに首を傾げる。
「いえ、…。先を急ぎましょう」
「なんで、おまえに話しただけでなく、他の連中にも説明しなきゃならないんだ、…―――」
愚痴る関に、黒塗りのクッションの良い足回りをした車の後部座席にその隣で。
「それはね、きみがまたとんでもない解析をかますから」
「…かますって何だ、言葉使いが悪いぞ?」
関が眉を寄せて右隣に座っている秀一に注意するのに。
「そこ?注意するのは、っていうか、そこなの?」
「わるいか、言葉使いは注意しなくちゃいけないんだぞ?」
「きみね?僕はもうこどもじゃないんだから、…――いまだに行儀作法とか厳しいしね?」
秀一が少しばかり抗議するのに、関が不本意そうに少し身体を離していう。
「おまえな?…――」
そうして、横を向き窓の外を見る振りをする関に、秀一が少し笑う。
「おまえ、笑うな」
「笑うよ、…。こどもじゃあるまいしね」
「…――――っ」
余裕をもって面白そうに微笑っている秀一に、さらにすねて関が強面をさらに強くして窓外を眺める。
車が滑らかに走り、大きな鉄製のゲートを潜っていく。
石造りの門を車が潜り、歴史を感じさせる建造物の並ぶ中にと入っていく。
「問題は、六機を絞れたとして、それらの墜落をどう防ぐかです。違いますか?」
濱野さん、という西野にうなる。
「そりゃそうだが、…。一機ずつ誘導して、…――タイムリミットが来る前に対処するしかないだろう」
「確かにその通りです。もう殆ど絞り込めてます。だからこそ、提案したいんですが」
濱野が疑問を顔に描いて西野を見返す。
その、西野の提案に。
「…――――そりゃあ、できれば」
先までの怒りを忘れて茫とした感じで西野の提案を考える濱野に。
「ですから、聞いてみてくれませんか?僕も話を伺ったんですが、それに、…いま実際僕達はプログラムを走らせてる結果待ちですからね。どうでしょう?」
「確かにな、…嫌な話だ。わかった、その、何とかっていう先生の話を聞こう。いま繋がるのか?」
「いえ、録画です。僕の質問に先に答えていただいたのを。それに必要があれば繋げると思います」
「わかった、その録画とやらを流してくれ、…教授、あんたと弟さんの判断に納得した訳じゃないからな?」
教授が無言を守るのに、濱野があきれて視線を逃がして、大きく息を吐いて西野にいう。
「はじめてくれ!そのインタビュー映像とかを!」
大きく右手を広げて怒りを堪えながら振る濱野に、西野がうなずいてインタビューを流す。
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