ANALYSIS 12


「わかるわけねーだろ、ったく、…」

経緯を時系列に纏めた表を嫌そうな顔をしながら眺めていた関が手を止める。

 訝しげにみて、それから。

 前後を見直し、そして、手を伸ばす。

「おい、そこのもじゃもじゃ頭の黒縁眼鏡、これ説明しろ!」

伸ばした手で濱野の首根っこを見もせずにつかんで、視線は表に置いたままの関に。

「…―――」

首根っこを捕まれても反応せずモニタを見ながら打ち込みを続けている濱野に秀一があきれる。

「先輩、…流石というべきなんでしょうか、…。アレックス、これどうしたら気が付くと思います?」

「エート、…チョトまって」

背を向けて少し離れた場所で通話していたアレックスが集音部を手で押さえて振り向いていう。

しばし、会話を続けた後。

 終わったらしいアレックスが通信装置を仕舞い、大股に歩いてきて、濱野の前にあるモニタに大きくひらいた手を。

「…な、なにすんだよっ、…!」

「――ハマノ、オキタネ」

明るく美形な笑顔でいうアレックスを怒ろうとして、襟首を捕まれていることに漸く気付く。

「あ、…なんだよ?あの?」

「――――これを説明しろ、それからなら、いくらでも何処かに飛んでいっていいから、…これだ、これ」

視線を表に落としたままいう関に、首を捻って、眉を困ったように寄せて振り向いてみる。

「あー、…うん?何が聞きたいんだ?」

「これだ。おまえさん、犯人の墜落プログラムとかいうのを、どうやって見つけたんだ?…西野さんと仕事したのか。こいつの依頼で」

何かに集中している関に、戸惑いながらも濱野が表を見直す。

「あ、まあ、確かに。まず、国、日本の省庁とかのHPが偽装されてるんで、調べてくれといわれて、同じ手癖の奴がいたから、ヒントになるかと思って掘ってたら、…つまり、調べたら、この墜落プログラムが見つかったんだ。航空機の脆弱性を突いたプログラムで、分割された状態で漂ってるのを見つけて、そいつが全部揃った飛行機から、この墜落プログラムが発動するんだが。まずそれには、プログラムが感染したと思われるルートを調べて、さらに分割された墜落プログラムも偽装されてパッケージされてるからな。そいつをどういう偽装で、っていうのと、条件が揃わないと分割されたものが一緒にはならないから、それが一緒になる為に設定された条件を探してんだよ、…くそー、もう少しで解りそうなのに!」

「…その辺りはどうでもいい」

言い切る関に、濱野が目を剥く。

「おまえさんな?どーでもいいってなんだよ!俺達はな、ずっとそれを、…――――」

「黙ってくれ、それはおれの理解の外だ。ブログラムがどーとかそんなことが解るか。…おい、そもそもどうして、このもじゃもじゃに依頼したんだ?ホームページの偽装とかで?詐欺の立件か?」

また表を見て、それと理解不能だといっていたプログラムの内容などを比べてみる。

「え、まさか。詐欺の立件なら、別の処に頼みます。省庁を偽装したダミーサイトなら、悪用して犯罪に使われると思う方が自然でしょう?その痕跡とかがないかと思って、先輩に依頼しました。機密情報が抜かれるとかいう話ではないようでしたけど、どうにも気味が悪かったのもあるけどね。目的が解らなかったから」

「――――…」

秀一の応えに関が無言で時系列に纏まった表と、プログラムを並べてみる。

「関?」

訊ねる秀一に構わず、視線を其処に落としていた関が。

「…そうか、――おい、もじゃもじゃ」

「誰がもじゃもじゃだよ、…はいはい、なに?」

嫌そうにみて、濱野が既に打ち込んだプログラムを走らせている為に、いまは手が空いた状態なのを自覚して、モニタを未練ありげに見てから関に呼ばれて近付く。

「はーい、なに?」

「これ、繰り返し出てくるこれは、サインか何かか?」

関の指さすプログラムを打ち出した用紙をみて、驚いたように濱野が関を見直す。

「よく解るな。本当にプログラム知らないのか?…まあ、そうといっていい。サインだ。ここと、こことここ、…―――他にも探すと出てくるが、終了の時点で、どういう処理をさせるのかは、プログラムにもよるが、幾つかの方法があるんだ。命令文を作るときもそうだが、そこにクセが出る。同じ人物が締めれば、同じ文法で作ることが多い。好む文とか、方法があるんだよ。…それを、殆どサイン代わりにする奴もいる。こいつもそうだ。単に終わりを示しているというより、サインといった方がいい。こうした処に特徴が出るから、俺達はそういう特徴を割り出して、追跡に使う。」

解説している濱野を、途中から聞いているのかいないのか。

 濱野が示すプログラムの中で、一定の区切りがついた際に最後の位置に置かれている決まった文字列――と、その規則性を見て関がつぶやく。

「…―――いつから、死んでたんだ、…?」

アレックス、と低い声でいうのに。

「ナニ?セキ?」

「死んだのはいつ何だ?おまえの処なら把握してるだろう。死んだのはどれだけ前だ」

視線をなおも手許に置き、情報の限られた――これまでに起きた出来事と、素人には意味不明のプログラムしかない――書類を繰り返し見直しながら。

「チョットマッテ」

アレックスが何処かに連絡して訊ねているのを背に、関が。

「…これはおかしいな、…―――」

「何が?関」

訊ねる秀一に、関が視線を秀一が作成した表の一点に指を置きながらいう。

「これだ、おかしい」

「え?でも、――――」

そこに書かれているのは、本当に単純なこと。

 そもそも時系列といっても、日付と時刻と共に、工程表のように、何月何日の何時に何を依頼、そして、何が判明、という程度のことしか書かれてはいない。

 犯人の行動や何かを推測する為の手掛かりなど、ゼロでしかない代物なのだが。

「セキ!死亡推定時刻、ワカッタヨ!イッシュウカンマエ!」

「…―――一週間?」

濱野が驚いてアレックスを見る。

 茫然としている濱野に。

「うん、ソウだけど?ドシタの?ハマノ?」

「アレックス、…――」

「よくわからんが、この何度か出てくるのは日付なんだな?秒の後がやたら細かいが、…これって、開始した日付じゃないのか。よくわからんが」

プログラムの数カ所に出てくる日付に、関が指さしながら問う。

「…本当に素人か?あんた。これは動かしてからの、…――――そうか!そうなんだ!」

突然右手で頬を撫るようにすると、動きを止めて濱野が宙を凝視するようにする。

「西野くん!」

突然叫ぶと、勢いよくキーボードを叩いて大型モニタに、西野の映像を呼び出す。

「何ですか?濱野さん、…。関さんまでなんでいるんですか?」

驚いていう西野に、濱野が答えずに問い掛ける。

「…西野くん、タイムスタンプだ。問題なのはそこだったんだよ!」

「なに、…。もしかして、そうなんですか?」

一瞬だけ戸惑ってから、驚いて画面の向こうから濱野をみる西野に。

 大きく幾度も肯いて、濱野が拳を握る。

「それなんだよ!だから、クローズドで、六機だ!いま上空にいる百機程は、もう下ろしても大丈夫だ!関連はしない!」

よしっ!と勢いよく拳を振って、うれしそうに幾度も肯く濱野に、西野がほっとして視線を緩める。

「そうですか、…ありがとうございます。よくわかりましたね?そうか、…もしかしてあのタイムスタンプですか。よく気が付きましたね?」

西野が手を止めて少しほっとしたように微笑む。

 それに、濱野もうれしそうにうなずいて。

「うん、それがな、こっちの訳のわからんおっさんが教えてくれた。役に立つな、これ」

後ろにいる関を指さしていう濱野に、西野が驚く。

「関さんがですか?関さん、プログラムとかわかるんですか?コンピュータとか大嫌いだっていっておられたような」

違うんですか?と驚いている西野に、関があきれた視線で濱野を見る。

「知らんけどな。実際、そんなものは全然わからん。西野さん、貴方がいってることも、このもじゃもじゃがいってることも一言一句全然わからん。とにかく、何か解決したんだな?」

「はい、問題はまだありますけどね、…。収束が、――範囲が凄く絞られたのは確かです。ありがとうございます。関さん」

感謝する西野に眉を寄せて、関がアレックスを振り返る。

 西野と濱野が、普通の人間には全然解らない、記号か何かとしか思えないことを早口で話出しているのにあきれて。

「全然何がどうなったか解らんが、とにかくだ」

「ナニ?セキ」

訊ねるアレックスにいう。

「おれに解るのは、この被害者でもあり、犯人でもある人物が殺されたのは、このプログラムとやらとは無関係だということだけだ。こいつは、このプログラムとやらに関しての犯行というものがあるとしたら、単独犯になるな」

「…何でそれがわかるの、真剣に教えて欲しいんだけど、関」

「ボクもブンセキのシカタオシエテホシイネ、セキさん!」

秀一に続いて、真剣な顔になって、本気の真顔でアレックスが関の手を両手で握るようにしていう。

「おいっ、!」

嫌がる関が手を取り返そうとするのに、後ろから秀一が。

「それは僕も知りたい。関、分析は僕も仕事にしてるけど、実際どうしても敵わない処があるんだよね。コツを教えてくれる?」

「ボクの仕事も分析デス。…セキ、コツをオシエテ」

悲壮な顔で迫るアレックスに。

 挟まれて逃げ場がなくなり、関が自棄になって叫ぶ。

「おまえら、…、そんなこと聞いてる暇があるのか!こいつらサポートするのが仕事じゃないのかっ!」

「勝手に動いてるからいいんです。僕だって、解ってる訳じゃありませんからね。何となくわかっているのは、墜落する危険のある飛行機が六機以上にはならないとわかったことと、恐らく、いま彼らの打ち合わせで、それらの危険がある機体がどの飛行機になるのかが、絞り込めそうだろうということだけだから」

「…おれは、そこ全然わからんぞ、…―――」

複雑な顔でいう関に、アレックスが握る手に力を籠める。

「トリアエズ、犯人が複数でないコンキョをオシエテ」

「そうそう、そこ大事だから。犯人が複数なら捕まえなくちゃいけないでしょ?そういうリソース手配するのは僕の仕事だから」

「…おまえも訳の解らん仕事してるな、…」

「セキ!」

「アレックス…―――簡単な話なんだよ!犯人はもう死んでる!仲間はいない。殺したのは、今回、なんだ?つまり、おまえ達がいま騒いでるプログラムとかとは無関係の奴だ!これだけ資料があれば解るだろ!」

床に置かれた資料――時系列表と、プログラム―――を指さしていう関に。

「関だって、これで何がわかるんだ、とかいってたじゃん」

「ジョウホーがナイッテ、オコッテタヨ」

関が詰まって見返す。

「アレックスも僕も、分析するのがお仕事な上に、複数犯でないなら、連絡して捜索を取りやめてもらうようにしたりしないといけないんだよ。根拠を教えて、根拠を。伝えなくちゃいけないんだから」

「…あのな、…―――面倒なんだよ、…」

「簡単な話なんでしょ?」

「っ、おまえ達に話したら、細かく聞いてくるだろ?」

「そりゃ、納得できる根拠が必要だからね。伝達して、人に動いてもらうんだから。仕方ないでしょ?ね、関、まさか、根拠は刑事の勘とかいわないよね?」

「…誰がいうか、…。簡単な話なのも確かだ」

関がプログラムに刻印されている日付を示す。

「これが?」

秀一がわからずに見るのに。

「アー、…ア、―――ソウカ!メノマエニアッタノニミノガスナンテ!」

アレックスが叫んで関の指した箇所と、秀一が作った一覧をみる。

 プログラムには、最初から日付が入っている訳ではない。作成した日時を記録もしているが、それはプログラムの本文には表示されない。こうして濱野が打ち出したようなプログラムの本文には、作成した日時などは基本的には記されてこない。

 プログラムに日付が入っているようにみえるとしたら、それはそのプログラムが動くことで記録されていくように作られているということになる。稼働していた時間等を記録する為に、そうした動作を入れることがある。

 人間でいうなら、タイムカードで仕事をした時間を計るように、プログラムが動いた時間を記録する。

 プログラムがそうして動いた時間を記録することを、タイムスタンプという。

 西野と濱野が熱心に何か話し込んでいる。

 そのタイムスタンプが記録されたプログラム――正確にいえば、動いた記録のリストであって、プログラムそのものではないのだが、――の分析表を前に興奮しているアレックスに。

 希望をもって、関が訊ねてみる。

「わかったか?」

いってみる関に、秀一が首を振る。

「全然。この日付がタイムスタンプ?それがどーしたっていうの」

「そうくるだろうと思った。アレックス、説明してやれ」

何事かぶつぶつ呟いて、そーか、稼働時間が問題だったんだね、とか。周囲に聞こえるとはいえ、何故か独り言だというのに日本語で呟いているアレックスだが。

 関に振られた途端に、片言の日本語を取り戻して首を振る。

「エー、デモ、ゼンゼンわからないね!コレが、ツイラクするキケンノあるキタイをハアクするヤクにタツノ、ワカルケド!」

「おれは、それは全然わからん!」

アレックスを睨んでいう関に。

「デモ、ソレガ犯人複数犯デナイ理由になるのがわからないね」

途中でおかしな日本語にするのに微妙に飽きたのか、普通の発音に戻るアレックスに関が胡乱な視線を送る。

「アレックス、…」

関が諦めとともに秀一が作成した時系列表を指さす。

「あーっ!もしかして!」

秀一が自身が作成した表を睨むようにして手に取っていう。

「そうか!僕としたことが迂闊だった、…」

秀一が反省したように表を見る。

「ナニナニ?シューイチ、ワカッタノ?」

アレックスが訊く声に、秀一が反省して。

「灯台もと暗しって、こういうことだと思う、…。ごめんね、関」

「よし!説明はいらないな?」

面倒が減ったか?と関が希望を込めて秀一を見ると。



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