第14話 美幸の癒やし能力?


 鶴田弘毅は悩まされていた。

 この前の作戦以降、弘毅は目を合わせなくても、他人の心の声が聞こえるようになっていた。


 しかも前回は、声に出さなくても思ったことが浩一郎と祐一に通じた。浩一郎のランダムに浮かんだ思考の一つを、(マグネシウム・・・・・・)と自分の脳内で考えただけなのに。

 相手に伝えられたのはあの一度だけだ。


 最初はこのまま能力が性能アップすれば便利だと考えたのだが、日々を過ごすうちに悩みに変わっていた。

 目が合うとよりハッキリ聞こえるので、声の主を特定しようと思えば出来る。

 だがいちいち確認する訳にも行かず、常に雑音が聞こえ、五月蠅うるさい。


 普通の人間が普通に生活していても雑音は入ってくる。雑踏の中なら他人の話し声も聞こえる。それも大勢の。

 しかしそれほど気にならない。最初からノイズとして認識しているから。

 そして耳に入ってくるのは、楽しそうに話す声ばかりだからだ。


 これが喧嘩する怒鳴り声なら、振り向き、自分に影響が及ばないかを確認し、次に通報するか、それともその場から去るかの決断をするだろう。

 弘毅に聞こえてくるのは、このたぐいのモノばかりなのだ。

 怒り。

 憎悪。

 嫌悪。

 不満。

 疑心暗鬼。

 哀しみ。

 悩み。

 殺意。


 普段は隠しているそれらの感情を常に聞かされるので、ノイローゼになりそうだった。完全無視すればいいのだが、好奇心とお節介好きな弘毅は、ついつい悩んだり怒ったりしている声には反応してしまう。

 いや・・・・・・、やはり泣き声や怒号が聞こえれば、誰でも完全無視は無理だろう。

 都会生活が長く、そのようなことに関与することは自分に不利だと、既に気付いて耳を塞いでいる人種は、車の音と同じに認識していられるのかもしれない。

 だが弘毅はそういった人種では無く、かつ突然発生した現象のため、全く対応できていなかった。


 例えばイヤホンで音楽を聴いて、音を音で遮断する、という方法がある。

 しかしこの方法は、使えない。

 弘毅の脳内に直接響き渡るのだから。

 これに慣れるには時間が掛かると思われた。

 常に怨霊の声が聞こえているような感覚。


 しかもこの声、夜でも聞こえる。

 夢の声も聞こえるのだ。

 読心能力を獲得した直後は、目を見なければスキルを使えないので不便だなぁと感じていたが、今では元に戻して欲しかった。


 病院に一度行ったが、Q課の契約上スキルに関しては話せないので「幻聴が聞こえないようにして欲しい」と頼んだ。

「ストレスですかねぇ」

 と言う医師に対しても、

「ストレスは全くありません」

 と答えるしか無い。

 結局睡眠導入剤だけ処方された。


 弘毅の精神は、次第に疲弊していった。



◇◇◇◇


「どうしました? 鶴田さん」

 柔らかく明るい、まるで春の陽だまりのような声に、弘毅は振り向いた。

 そこには美幸が、それこそ陽光のような眩い笑顔で立っていた。


 彼女は一定間隔でQ課の前を通るように仕向けている。

 じゃないと、博の存在を確認出来ないからだ。

 病棟からQ課を結ぶ延長線上に特別病室を作って、選任看護師とした。

 通る際に博に話しかけたり休憩したりするのも黙認している。いや、Q課としては推奨している訳だが、あえて彼女には伝えていない。

 美幸も博の同僚の顔は覚えたらしく、気軽に話しかけてくる。


「疲れた顔してますよ? 大丈夫ですか?」

「だ、だーいじょうぶですよ! 美幸さんの顔を見たら、元気が出ました!」

 美幸は目を細めて小さく笑う。

「おもしろいひとですね。鶴田さんって」

 そう言って美幸は笑顔のまま小さく会釈し、横を通り過ぎていった。


 弘毅にとって此処で仕事をしている時の方がリラックスできた。

 なにせこの部署の人間達は向上心というモノがあまりない。部署自体も利益を上げるモノでは無い。だから人をおとしめるとかが無いので他人をねたむとか恨むとかいう感情を持たない。全員バカなのか、将来の不安もない。

 負の感情が流れ込んでこないこの場所が、弘毅の唯一のオアシスだった。


 しかし同時に、弘毅の悩みを解決できそうな人間もいなかった。

 弘毅はふと、遠ざかっていく美幸を見た。

 そう言えば彼女が発する言葉と、心の声は全く一致している。

 この課の連中でも、話している間にどの言葉を選ぶか、どういう風に話すかを脳内でシミュレーションし、選んだ言葉を口にする。話ながら「腹へったなぁ」とか思う奴もいる。なので会話中にノイズが入る。逆に言えば、それが普通だ。

 結論を出す前に弘毅は、美幸を追いかけていた。



◇◇◇◇


「はい、なんでしょう?」

 美幸の後を追いながら決心をし、弘毅は美幸を呼び止めた。

「いや・・・・・・、あのですね。相談したいことがあって・・・・・・」

「いいですよ? 他の人には聞かれたくないことですか?」

「はい、出来れば・・・・・・」

「じゃあ・・・・・・、天気もいいし、外のベンチで話しましょ?」

 と、笑顔で小首を傾げてそう言う。


 こんな所も彼女を尊敬する点だ。

 彼氏がいる独身女性に話しかけているのに、戸惑う様子も、男を警戒する様子も無い。それが本心からだと知っている弘毅にとっては、これまでの常識を覆すような存在だ。


 ベンチに座って言うか言うまいか戸惑っていると、

「どうしました?」

 と、美幸が聞いてきた。

 その優しい声に心を許し、美幸を信じて話してみることにした。


「実は・・・・・・、声が、聞こえるんです・・・・・・」

「誰の?」

「誰だか特定は難しいんですが・・・・・・」

「ん~・・・・・・、つまり、幻聴ってことですか?」

「まあ・・・・・・はい」

「病院へは行きました?」

「行きました・・・・・・」

「統合失調症って言われました?」

「いえ・・・・・・」

「診断が付かないって、しんどいですよね・・・・・・。夜は眠れています?」

 美幸は親身に聞いてくれる。

「睡眠導入剤を貰ってからは・・・・・・数時間は・・・・・・」

「そうですか・・・・・・仕事の方は?」

「此処の方が、症状は軽いんですよ」

「よかったぁ。職場ではいいんですね」

 軽くニコリと笑う。

 笑顔につられ、この前も懇親会をやって料理が美味かったとか、浩一郎が酔いつぶれて困った、等という話題もしゃべってしまう。

 美幸が笑うと、その声と笑顔を感じたくて、もっと話したくなる。


 彼女の声は、不思議な揺らぎを持っていた。

 時々感じる緩やかな風も同じ揺らぎを持って、深緑の臭いを運んでくる。

 そうやって至福の時を過ごしている時に、ふと気づいた。

 自然の音と、美幸の声しか聞こえない。

 能力が無くなったのか? とも思った。

 風が木の葉を揺らす音に耳を傾け、それでもいいか、と考えた。


「あ、すみません。長々と話してしまって」

 と言い、立ち上がる。

「いいですよ? 今日は職場の話を聞けて楽しかったです。私こそごめんなさい。何もお役に立てなくて」

 美幸もゆっくり立ち上がり、真っ直ぐに弘毅を見た。

「いえ、なんだか気が楽になりました」

「そうですか? じゃあ、またお話ししましょう?」

 では、と言いながら、美幸は病棟へと戻っていった。


 彼女の姿が消えてから、改めて「音」に集中する。

 奇蹟だと思った。

 雑音が聞こえない。

 専門の精神科医に診て貰っても全く改善されなかったのに、数分美幸と居ただけで症状が消えた。

(女神だ───)

 改めて弘毅はそう思った。

 最初皆が入院していた病室に現れた本部の女性は、皆の怪我を治癒した。

 だが彼女でも心の傷は治せないだろう。

 美幸にも特殊な能力があるのではないか?

 そう思いながら、軽い足取りで課に戻って行った。



◇◇◇◇


 弘毅は能力が以前の状態に戻ったと思った。

 しかし、課に戻るとメンバーの思考が流れ込んできた。

 不思議に思っていると、課長が早足で部屋に入ってきた。

「事件発生です。化学プラント工場地帯に小型飛行機が墜落中です。工場が火災になると大災害になります。至急、事態収拾をお願いします! ───広渡さん! 取り急ぎ時間止めちゃって!」

 広渡義則は時間を止める。

 急かされるように円陣を組み、課長の指定した場所にテレポートした。



 移動した場所は、工場のメイン通路のようだった。

 割と広い。

「あれ!」

 充が指さした方向を見ると、小型飛行機が通路上にいた。

 走って近寄る。


 近寄ると、道路には傷と火花が飛び散り、飛行機の破片が宙に舞って止まっていた。

 横まで来ると、飛行機が中央から折れ曲がっているのが分かった。

 パイロットはトラブルが生じた機体をなんとか操縦し、ギリギリまで建屋直撃を避けようとして、何とかこの通路へ運んだようだ。

 しかし胴体から地面に激突しており、これから更に損傷は酷くなるだろう。

 加えて推進力は道路との摩擦だけでは衰えておらず、このまま直進すればプラントと衝突すると思われた。


「なんだ、もう落ちてんじゃん。火花も出てるし、これもう爆発するよ?」

「落ちる前なら、念動力でどうにか出来たんですけど」

「うわ、目の前石油コンビナートじゃん。このままだと燃えたまま突っ込むって」

「迂闊に時間動かせませんね」

「でも、時間止めたままだと、火は消せないでしょ?」

「そうだ! 時間戻せば!? ・・・・・・あれ? 桜木さんは?」

「あ、急いで来たから、置いてきちゃった。あの人部屋に居ないときが多いからなぁ」


「どうする?」

「この上に、プールの水でも持ってきましょうか?」

「たしか、天ぷら油に火が点いたら、水かけちゃいけないんじゃなかったっけ? TVで見たよ? もっと凄いことになってた」

「消化器レベルじゃ消せないよなぁ~」

「パイロットは?」

 座席にパイロットはいなかった。


「あ、あそこ」

 充が指さす方向に、見慣れないモノが浮かんでいた。

 人間が工場屋根あたりでバンザイして浮かんでいる。

 パイロットが着地の衝撃で、飛行機から飛び出たようだ。

 ドアも空中にあった。

 ベルトはしていなかったのだろうか。

 どちらにしても、彼も落下時のスピードのまま放り出されたので、このままでは建屋にぶつかり死ぬだろう。


 やることが一つ増えた。

 話し合った結果、次の手順で大火災を回避させることにした。


 充が探して祐一が取り寄せた大量の砂を、浩一郎が飛行機の上に浮かべる。

 時間固定解除と共に、浩一郎は飛行機に集中。突進を止める。

 同時に固定解除された砂が飛行機に落下する。

 砂が空気を遮断し、燃え上がるのを防ぐ。更には燃料油の広がりも防ぐ。

 併行して武山は、時間固定解除と同時に瞬間移動でパイロットを助ける。


 手順をもう一度確認し、飛行機の上に大量の砂を浮かべて固定させた。

 少し落下地点を前へと調整する。

「じゃあ、時間固定解除しますよ?」

「OKです!」

 浩一郎は飛行機前方に待機して、手をかざしている。けっこう命がけだ。

 武山はパイロットを見ていた。

「いきます!」


 広渡の声を掻き消す爆音が響いた。

 武山の姿が消える。

 飛行機が前方から潰れながらもその場に留まり、そこへ砂が降り注ぐ。

(成功だ!)


 飛行機を注視し、安堵したその時、弘毅は武山の声を聞いた。

 パイロットを空中でキャッチしたのはいいが、投げ出された勢いを殺すことが出来ず、さらには着地点を探すことが出来ないようでパニックになっている。このままでは二人とも地面に激突だ。

 弘毅がキャッチした思考が、充と浩一郎へと飛ぶ。

 浩一郎は、砂に埋もれた飛行機から視線を武山へと向け、二人の勢いを殺す。

 充が視界を確保し、弘毅経由で武山に送ることで、武山のパニックは収まった。

 念動力で、ゆっくりと地面に降り立つ。


 浩一郎と充はその様子を見届けた後、弘毅に視線を向けた。

 そこに武山がジャンプしてくる。

「なんですか!? 今の。鶴田さん!」

「もしかして、能力がパワーアップしたんですか!?」

「い、いやその。・・・・・・そうみたいなんだよ」

「すげぇ! これから『連携』が出来るじゃ無いですか!」

 全員が弘毅を賞賛する。

「そ、そう?」

 予想外の賞賛に、思わず照れる。

 もしかすると、この能力は今後作戦遂行に大きなプラスになるかもしれない。

 そうであれば、この新しい能力も捨てたものではないのかも。



◇◇◇◇

 とはいえ。

 相変わらず、弘毅の苦悩は続いていた。

 すれ違った瞬間や、背後から突然「クソッ!」とか「殺すぞ!」とかいう声が聞こえてくるのだ。

 いくら無視しようと努めても、突然そんな声が聞こえてきたらさすがに身構えずにはいられない。

 真夜中、静かな時間に聞こえてくる声も困る。

 局のベンチに座り、何かいい方法は無いかと考えにふけっていた。



「つーるたさん」

 振り向くと、美幸が立っていた。

「まだ、お悩み中ですか?」

「ええ、まあ・・・・・・はい」

 美幸が横に腰掛ける。

 動いた空気の流れに混じり、石鹸の匂いがした。


「思い詰めるのも身体に悪いですよ? 身体を動かしてはどうですか? 疲れたらよく眠れるかも」

 確かに就職してからスポーツとは無縁だ。この能力を得てからは、相手の思考が読めるので、駆け引きが必要な運動をしようと思ったことがない。

 それ以前に、美幸に説明出来ない難しさがある。

 自分の脳内で発する声では無く、あくまで外から入ってくる声なのだ。


「いや、上手く説明出来ないんですが・・・・・・、幽霊?がそばにいると言うか・・・・・・」

「幽霊なんて、いませんよ?」

 美幸はさも当たり前のように、自然な調子で言う。

「何で?」

「だって私、幽霊なんて見たこと無いですもん。死んだ人はみんな天国へ行くんです。だから、いませんよ? ウフフフフ」


 無垢すぎる・・・・・・。

 少女がそのまま成長したみたいじゃん・・・・・・。

 思わず顔の筋肉が緩む。

 それを見て、美幸も笑う。

「急にそんな面白い顔しないで下さいよ、もう!」

 自分でもだらしない顔をしているのがわかるが、もう全身が心地よく、弛緩しきってしまい、この状態から抜け出そうにも抗う気持ちが沸かない。


 美幸は特に美人という訳では無い。

 かといってブスでも無い。

 所謂いわゆる普通。

 だが、弘毅には彼女に後光が射しているように見えた。

 今回も雑音が消失している。

 弘毅は一つの決意をした。



◇◇◇◇


「頼む!」

「ええぇ・・・・・・?」


 弘毅は博の前に土下座していた。

 博の居る場所は、思考をたぐって見つけた。

 博の困惑が伝わってくる。


「暫くの間でいい! 美幸さんと二人だけの時間を過ごさせて欲しい!」

 何を言っているんだ? この人・・・・・・という思考が聞こえる。

 当たり前だ。

 自分が付き合っている女性と二人きりにして欲しい等という条件を飲む彼氏がいる訳が無い。ましてや相手は自分と美幸の交際に反対している人物なのだ。


「実はこういう訳なんだ・・・・・・」

 弘毅は自分に流れ込んでくる「声」を博の脳内に送った。

 博の脳内に、あらゆる方向から怒鳴り声や笑い声が一気に襲った。

 初めて経験するヒトの本性の濁流に恐怖を覚えた。

「分かりました! だからこれ、止めて下さい!」


 こうして、博から了解を貰い、またQ課全員に説明した上で博や課長からもお願いしてもらって「ケア」という名目で逢うようになった。

 彼女の声を聞くと一時的に能力が無くなるおかげで、リラックスタイムが出来た。心の余裕が出来たせいか、雑踏の中でもラジオ感覚で声を聞き流すことが出来るようになった。そのうち、鼓膜で聞く声と、脳へ直接聞こえてくる声の区別が、何となくだが出来るようになってきた。

 博が一緒になることもあったが、その状況でも美幸効果があることが確認出来た。



◇◇◇◇


 今日も弘毅は「ケア」を受けていた。

 ふと思う。


 博は彼女の側に居るときだけ存在がわかる。

 つまり博のスキル効果がなくなっている。

 それって、美幸は「スキル」を「無効化する能力」を持っているのでは?

 心の声と言葉が一致しているのは、自分が能力を失っているせいでは?

 敵に、そんなキャンセラーがいたらどうなるだろう。


 彼女がそんな能力を持っているのかどうかは、自分の能力の精度と理解が進めば明らかになるのかもしれない。

 しかし弘毅にとってそれはどうでもいいことだった。

 この心地よさと癒やされる感覚───。

 彼女が天使であることに、全く疑いを覚えなかったから。



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