第13話 てっぽう?

「武山く~ん。今、来れる?」


 課長が自分を呼ぶ声が、装着したワイヤレスイヤホンから聞こえてきた。

(またか・・・・・・)

 何か案件が発生したようだ。

 事件が起こると必ず自分が呼ばれる。皆をテレポートで現場へ送るためだ。


 課長が「大学は出ておいた方がいいよ」と言うのでこれまで同様予備校へ通わせて貰っているのだが、往復時間がゼロなので、昼休みや空いているコマの時も呼び出される。

 入局してバイトは辞めたので、夜間のコマも選べたり時間を変更してくれたりと、かなり融通が利く予備校を紹介してもらったが、課長は遠慮無しに呼び出す。

 どうもスケジュールが把握されているようだ。


 真面目な武山康弘は、給料を貰っていることと予備校紹介・転入の件で恩義を感じているので呼び出しを断れない。

 最初は事件早期解決のためと思っていたが、最近「交通費をケチっているだけなのでは?」と感じまた「本当にテレポートを使うような案件か?」と思うようになっていた。

 先日もアメリカの日本企業研究所まで書類を取りに行かされたが、ついでにと言われ買い物までさせられた。

 書類なら郵送でも良かったんじゃ無いか? と後になって思い、そう思い始めると買い物がメインだったのではないか? という疑念が払拭できない。


「はい。行きます」

 不信感を抱きながらも、康弘は課長の席まで駆けつけた。

 因みに部署内には「武山着地エリア」が設けられており、誰にもぶつからないよう、課長が確認した上で移動OKを出す。


「この後、暫く授業空いていたよね。朝礼で他の人には言ったけど、架空口座による株取引詐欺が発生したのね。これが大がかりでさ、首謀者が海外の会社経営者で、マズいことに闇組織と繋がっているみたいなの。そしてその会社の支社が日本にあって、そいつらが口座開設したりした実行部隊。社長の方はその国の工作部隊が踏み込むから、支社の連中も同時に拿捕したいんだ。どちらも逃亡しないように」

 今回は本当に事件のようだ。


「皆が揃ったらもう一度作戦を説明するけど、充君と着地点を先に見つけといてくれない?」

 そう言って、支社の住所入り地図を渡される。 


「前回の件もあるし今回は銃を所持してもらうから。但し、空砲ね。空砲なら鉄砲でもいいかな?」

 局に勤めるようになって、銃の訓練もあった。但し実戦で使ったことは無いので、仲間に誤射しないよう「空砲」なのだろう。つまりは威嚇用だ。

 「拳銃」と「鉄砲」の違いは、銃刀法にも書かれているが銃身の長さの違い。散弾銃やライフル銃のことだ。

 

 内田さんは今カフェルームに居ると聞き、武山は向かった。

 


◇◇◇◇

 内田充は考え事をしながらカフェルームで携帯をいじっていた。

 流れてくるTVの音を聞きながら、頭を悩ませる。

 課長から朝礼で

「今度懇親会やるから。充君、幹事お願い」

 と言われたのだ。

 幹事なんてやったことが無いので、店も分からない。

(あ~もう、自分が喰いたいやつにしようかなぁ・・・・・・)


「内田さ~ん」

 武山君が近づいてきた。

「課長が『先に場所見とけ』だそうです」

「先に? 全く決めてないんだよな・・・・・・」

 と言い、ほおづえをつく。


 TVではクイズ番組をやっていた。

 さあ、水中から獲物を狙うこの魚の名前は? という声が聞こえてきた。

 思わず武山は(てっぽう魚だよ! てっぽう魚)と心の中で叫ぶ。


「それで課長、他に何か言ってた?」

 TV出演者がタイミングよく「てっぽう魚」と叫んだ。

「てっぽうも許可らしいです」

(あ、てっぽうって言っちゃった。銃でいいのに)


「てっぽうもいいの!?」

「はい(・・・・・・意味は通じたみたいだな)」

「てっぽうか・・・・・・」

(そう言えばずっと河豚フグ、食べてないなぁ・・・・・・。少々予算高くてもいい訳か。課長が言うんだから課長が出すんだろうな。それにしても粋な言い方するねぇ)

 関西ではフグのことを「てっぽう」という。当たったら死ぬかららしい。そこから鍋はてっちり、刺身はてっさという。


「じゃあ、(養殖じゃ無く)本物いっちゃう?」

「俺達は『空砲』ですよ?」

「うん、俺は『喰う方』だよ? いっぱい喰らっちゃうよ? この際」


「(実弾を)沢山喰らったら死んじゃいますよ!?」

「(フグを)喰らったら死んじゃう? 大丈夫だよ。今まで何度か経験あるけど、なんてことなかったよ」

「な、何度かあるんですかぁ!?」

「当たって死ぬなんて、昔の話だよ」

(確かに、Q課の治療なら死なないかも・・・・・・装備も防弾だし)


 そこへ剛と祐一が来た。

「次はてっぽうアリですって」と、充。

「俺も次は期待してたんだよ」と、剛。


(あの馬、休養明けだから狙い目だよな・・・・・・)

 競馬で「てっぽう」とは、「休養を取ったことにより、一定以上の間隔をおいてレースに出走すること」をいう。さっきまで桜木剛は競馬予想をしていたところだった。

(すげぇ、気合い入ってる。僕なんか次の作戦で銃を持つだけでも緊張するのに)  

 と、武山は感心した。


「てっぽうって、練習しましたっけ?」と、祐一。

「練習なんて必要ないよ」

(え~。てっぽうって相撲取りしか稽古しないんじゃ? ここにそんな柱あったっけ?)


「それじゃあ、場所は探しとくよ」

「いいんですか? 任せて」

「いいよ? 俺が任されたもん」

 何か違和感を感じたが、武山はその場を後にした。



◇◇◇◇

 武山は課に戻り、見かけた浩一郎の机に近づき、こう言った。

「今度てっぽうですって」

「え? 『もつ』の?」と、浩一郎。


(呑み会は焼き肉か・・・・・・。「もつ(ホルモン)」で「てっぽう」なんて希少部位扱っている店なら専門店だな。)

 焼き肉で「てっぽう」は豚や牛の直腸を指す。

 武山は「もつ」を「持つ」と解釈した。


 課長の言ったことは皆に伝えたと思いながら自分の席に着く。

 夜間講義にはまだ時間があった。

 前の席には広渡義則さんが座っている。

 広渡さんは生活リズムが習慣化している為か、毎日出勤している。出世しなかったのは上司にゴマを擦るのが苦手だっただけで、事務処理能力は高い。報告書作成に加え経理とか総務の仕事まで行っている。

「広渡さん。課長が話した次の案件ですが・・・・・・」

「あ、てっぽう案件でしょう? 承知しました」

 何か忙しそうで、もう連絡がいっているようなのでその先の質問は止めた。


 こうして全員が勘違いしたまま、作戦決行の日が来た。



◇◇◇◇


 週末、ミッションは実行されることになった。

 課の中央でスクラムを組む。

「行きます」

 武山の言葉と同時に風景が変わる。

 転送先はビルの廊下。

 曇天で薄暗く、今日は休日なので、静かで不気味な感じがする。


「うわ!」

 一歩踏み出した途端、広渡義則の叫び声がした。

 振り返ると、広渡が足を滑らせ、マズいことに頭を打って気絶していた。

 見ると、廊下の一角が濡れている。

 長年の習慣なのか、きちんとスーツで通勤していた広渡は靴も革靴だった。今日は戦闘服なのに靴だけ履き替えるのを忘れたか、これまで必要となったケースが無いので履き慣れた方を選んだのかもしれない。年齢的に体幹も弱り、運動能力も落ちているので受け身も取れなかったようだ。


「あ~あ・・・・・・」

「事前に転移場所確認するって言ったじゃないですか。充さん」

「だってそこが濡れているなんて、見ただけで気付かねぇもん」

「まあまあ。僕、鞄から消毒液とか取り寄せて介抱しときますんで。先に行って下さい」

 と、祐一が言う。


「でも、ワタリさん居ないと時間止められないよ? 気付かれずに移動とか拘束ができるかなぁ・・・・・・」

「時間、戻すか?」

「大丈夫でしょ。今日はこっちも人数多いし」

「その角曲がったところの部屋みたいですよ」

 

 一同は歩き出す。

 武山は念のため銃を持った。

 その重量と冷たさに緊張感が増す。

 無意識に安全装置を外した。

 その時、角から人影が現れた。


「うわ!」


 バンッ!


 人影が派手に倒れ込む。

 武山は現れるとは思っていなかった人影に驚いて、思わず引き金を引いてしまった。

(訓練では的に当たったことが無いのに、何故?)

 皆は倒れた人物に近づく。

 泡を吹いて倒れている中年の男は清掃員のようだ。


「一般人じゃん。マズいんじゃない?」

「何でお前銃を持っているんだよ!」

「え、これ空砲ですよ。それに全員所持って、課長言いましたよ?」

「聞いてねえよ」

「だって、てっぽうって・・・・・・」

「それ、別件だろ? それに空砲かどうか、確かめたか?」

 確かに銃弾までは確認していない。課長から承認書類をもらって、保管室受付で貰っただけだ。


 その時だ。

 銃声を聞いて、銃を手に二人の男が部屋から廊下へ飛び出してきた。

 全員に緊張が走り、振り向く。

 

 しかし何故か男達は揃って何か叫び、宙を舞った。

 後頭部を廊下に叩きつけられる。


「・・・・・・」

「え? もしかして武山君、銃の名手? 今、銃声聞こえなかったけど。サイレンサー?」

「いや、僕じゃないっす・・・・・・」

 皆が男達の元へと廊下を進もうとした瞬間。


「わわわわわわ」

 全員が廊下でクルクルと、初めてスケートをする人のように手と足をバタつかせ始めた。

 何とか体勢を保ち、バタつきが収まったとき、


「イタタタタ・・・・・・」


 全員が振り向く。

 見ると、清掃員が後頭部を押さえながら、起き上がっていた。

 足下の清掃員をみんなで助け起こす。


「おじさん、生きてたの!?」

「何ですって? 大きな音がしたんで、ビックリして足が滑ったんですよ。あ、そこから先ワックス塗ったんで滑りますよ? こちら側も乾いたら塗りますから、ここ通れません」

 と言って、汚れたところやりなおさないと・・・・・・、とぼやく。


「ワックス?」

 確かに床が濡れたように光っていた。

「じゃあ、滑っただけかぁ。・・・・・・え? 滑っただけ・・・・・・?」


 恐る恐る前を見ると、アジア系の男達が、後頭部を手でおさえながら銃を構え立ち上がるところだった。


「わ!」

 武山が(逃げなきゃ!)と思った瞬間、廊下の陰へと瞬間移動した。幸い皆で清掃員に触れていたので全員で。

 直後に床、そして角の壁に銃弾が当たり、コンクリートが爆ぜる。

 全員、初めて経験する銃の威力と脅威に腰を抜かした。

 武山だけ、静かに移動した。


「何で俺の後ろに隠れるんだよ!」

「だって充さん、当たっても大丈夫なんでしょう?」

「そんなわけねえだろ! お前が拳銃持ってるんだから、前出ろって!」


 清掃員がいるので、浩一郎の念動力を使う訳にいかない。

 知られたら、この清掃員も局まで連れて行かなきゃならない。

 テレポートは短い距離だったので気付いていないだろう。多分。


 混乱する中、鶴田弘毅は異変を覚えた。

 皆の「思考」が読めるのだ。

 離れた場所に居る祐一の思考も、存在が確認出来ない透明人間の博も。

「言い争っている場合じゃ無いって! 弘毅さんナイスアイデアです!」

(え? 俺、何も言ってない・・・・・・けど?)


 武山の手から浩一郎が銃を掴み、角に向かって放り投げる。追うように雲のようなものが追従した。

 銃声の後、廊下全体を包み込む閃光が奔った。


「よし!」

 浩一郎が拳を握って引く。

 角から、拳銃が3丁飛んできた。

「今です。桜木さん!」

 二人が走り出し、角を曲がる。

 武山と充は角からそっと覗き込んだ。

 浩一郎の回し蹴りと、剛の右拳が炸裂する瞬間だった。



◇◇◇◇

 浩一郎が使ったのはマグネシウムの粉。銃の引き金を念動力で操作し、火花を発生させて着火させた。

 マグネシウム粉末は昔、カメラのフラッシュで使用されていた。

 そして閃光に相手が怯んだ隙に、銃を取り上げたのだ。銃を握りしめた状態では、男達も引っ張ってきてしまうから。


 機密局本部に行けばスタン・グレネードがありもっと簡単で強力な閃光を発生させられるのだが、本部の人間以外は保管庫に入れない。故に置いてある場所が分からない。 

 浩一郎は格闘ファンでありミリタリーオタクでもあった。特殊部隊制圧班突入の際にず閃光と音で相手を怯ませる方法は映画で見て知っていたので、自作することにした。Q課危険物保管庫に入れ、祐一に場所を教えていた。



◇◇◇◇


 なんだかんだありながらも事件解決した一行は、懇親会会場へと向かっていた。先輩達とも会えると思っていたが、次の機会らしい。Q課の人間は、同じ課でも顔を知られることは避けているとのことだった。

 移動中の電車の中、課長は座っているが、いつものメンバーで輪になって話す。


「そう言えば、今回は何故僕だけ銃を持ってたんですか?」

「だからそんな話、聞いてねえもん」

「でも僕が鉄砲のことを話したとき、みんな理解していたじゃ無いですか」

「え、てっぽうってフグのことじゃないの?」

「俺は焼き肉だと思った」

「僕は相撲取りが突っ張り練習で使う柱かと」

「俺は競馬の話だと・・・・・・。よく考えりゃ、そんな訳ねえよな!」

 と言って剛は笑った。


「広渡さんはちゃんと理解していたみたいだったですけど・・・・・・」

「ああ、今回みたいな証券会社に損害を与える詐欺行為を『鉄砲取引』っていうんですよ。最近では2016年に問題になりました」

「そうなんですか・・・・・・」

 日本語は難しい。


 一行は改札を出て暫く歩き、予約を取った店に着いた。

 すると開口一番課長が、

「ええ!? こんな高い店にしたんですか?」

「あれ? 課長のおごりじゃないんですか?」

「あのねぇ。今までわざわざ言わなかったけどさ。僕の方が上司だけど、貰っている額は僕の方が少ないんだよ? 成功ボーナスも僕には無いし」

 みなは、店の前でどうするかガヤガヤ話し始める。


「しょうがねえなぁ。馬券が当たったから、俺が奢るよ。『てっぽう』で当たったしさ」

「そんな、悪いですよ」

「俺、悪銭はすぐに使い切るようにしてんだ。足りなかったらその分みんなで出してくれ」

 そう言って、桜木剛は店に入っていった。

 おかげで武山康弘はひれ酒こそ20歳を超えていないから呑めなかったものの、これまで貧乏生活では目にも止めなかった珍味を堪能することが出来た。


 だが───。

 馬場博はテーブルの隅で、正座をして皆の様子を眺めていた。

 存在が確認出来ないスキルの彼には席も用意されていなかったから。

 自分でコップを持ってきて、手酌で飲む。

 会話に加われないのも、慣れていた。

 しかし何故かこの日は、博を嫌っているはずの鶴田弘毅が、料理を無言で分けてくれた。




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次回、美幸の能力が明らかになる?

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