第20話 さらば! 広渡義則
広渡義則は長時間の電車通勤を終え、ようやく家に辿り着いた。
それでも以前に比べれば早く帰れる。
今日も夕食時間に遅れたとはいえ、居間から妻と娘の会話が聞こえるような時間に帰宅した。
以前であれば、二人とも自室に戻っていたのだから、一日顔を合わせないことなどざらであった。
居間に近づき、響いてくる声に耳を傾ける。
「ボックスがいっぱいになっちゃった」
「アイテム、ダブっているのは捨てたらイイんじゃ無い?」
これは妻の声。
なにやら、娘とゲームの話をしているようだ。
実に羨ましい。
自分は携帯ゲームなどやったことないので、こんな会話などしたことがない。
しょうが無い。取り敢えずは二人の顔をみるか。
声の調子から、自分が居間に入っても「おかえり」ぐらいは言って貰えそうだ。
そう思いながら居間のノブを握った義則の手が、止まる。
「じゃあ、ママはパパがダブってるから片方はお別れね」
(え?)
ノブを握る義則の身体が固まる。
パパがダブってる?
妻に別の男がいるのか?
しかも娘も知っている?
片方はお別れって、まさか、私のことじゃないだろうな・・・・・・。
しかし、何時までも此処に立ちっぱなしと言う訳にも行かない。
意を決して、ノブを回した。
「あら、おかえりなさい。あなた」
ドアを開くと、いつも通りの妻の声。
「ただいま」
義則は今の会話を聞いていないフリをし、居間に入る。
「お味噌汁、温めるわね」
「ああ、着替えてくる」
鞄を椅子の上に置き、寝室へ向かう。
スーツをハンガーにかけ、部屋着に着替えて居間に戻った。
私の定位置に、暖かいご飯と味噌汁、そして皿に盛られたおかずが置かれていた。
妻と娘はテーブルに座ってTVを見ながら相変わらず会話をしている。
私は二人の会話を、食事をしながら聞いていた。
確かに以前よりは家族と過ごす時間は増えたが、未だに女性同士の会話には入っていけない。話題が最近の芸能人とか携帯アプリなど未知なモノの上、会話のスピードが違うのだ。ともすれば異国の言葉にさえ感じる。
解るワードをつなぎ合わせて理解し、自分も会話に加わろうとしたときにはもう話題が変わっている。
結局、話題には入れないまま、食べ終えた食器を洗い、風呂に入って寝た。
明日は休み。
何をして過ごせばいいのだろう。
◇◇◇◇
朝起きて、居間へと向かう。
誰も居ない。
最近は朝早くに目覚めてしまう。
誰もいないのも、まだ日の出の時間だからだ。
若い頃は起きるのにあれほど苦労していたことが噓のようだ。
眠るのにも、体力を使うらしい。
洗濯機を回し、携帯でニュースをチェックする。
前の会社を辞めた際の退職金でローンを完済し、収入も前より増えたのでTVは解禁されたが、流石にこの時間に点けると怒られる。
視界の隅で、明かりが灯った。
充電中の妻の携帯が点灯したのが目に入り、視線を向ける。
『ノケモンを探せ。体力が回復しました』
ノケモン?
なんだ?
倫理的にこのネーミングは大丈夫なのか?
その題名が不安を煽る。
まるでこの家の中の私のことに思えた。
側に寄ってアイコン画像を見るとゲームのようだ。
その内、画面は暗くなった。
昨日、娘と話していたゲームのことだろうか?
それとも・・・・・・。
自分の携帯を取り出し、検索してみる。
すぐに結果が出た。
どうも、実在するゲームらしい。
無料で課金なしでも遊べるようだ。
話題についていけるよう、そのアプリをダウンロードしてみた。
昨日抱いた疑念も晴れるかもしれない。
説明文を読むと、街に出て仲間やアイテムを集めるらしい。
ゲーム内で仲間とチャット、という文言が少し気になった。
(後で試してみるか・・・・・・)
洗濯機が止まったアラーム音が聞こえ、私は洗濯物を干す作業に入った。
◇◇◇◇
妻達は8時頃に起きて、バタバタと朝食を済ませて出て行った。
今日は娘の習い事と塾がある。
ローンが無くなり余裕が出た分、妻は娘の習い事を増やした。
私は近所の友達と遊んだ方が一生の財産になると思うのだが、妻の考え方は違っていた。ママ友と張り合っているだけかもしれないが、もしかすると私のようなうだつの上がらない男しか選べないような人生を送らせたくないのかもしれない。
娘の願う幸せとはなんなのか。
こればかりは本人の気持ちが第一優先なので、今は女性である妻の意見に従う方が無難だろう。
私はそれを援助してやるぐらいしか出来ない。
色々考えると将来娘が嫁ぐ日のことを考えてしまうので、止めた。
その日のことを考え出すと、涙が止まらなくなるのだ。
◇◇◇◇
最近は体力も必要なので、散歩がてらゲームを試してみることにした。
起動させるとマップが現れ、早速玄関先でブーツを取得した。
少し歩くと、青い服を着たキャラが現れ、ぶつかると何かを渡して去って行った。
『コインを入手しました』
との文字が浮かぶ。
(配達屋さんかな? このコインは集めたら換金出来るのかな?)
駅前の商店街に行くと、画面上ではそこがダンジョンになっていた。
丸腰で入るのも危ないだろう。
入り口の金物屋は武器屋になっていた。
近づくと、所持金とアイテムが出てきた。
短剣を購入し、ダンジョンに入る。
入ってすぐに女性騎士が現れ、
『
と聞いてきた。
このゲームではパーティーといわずファミリーと呼ぶようだ。
『はい』を選択し、先へと歩き出す。女騎士も付いてくる。
もう一人仲間になりたいと言う魔術師と仲間になり、突然現れるモンスターを倒したりしながら進むと、アイテムや所持金が増えてゆく。
なかなか面白い。
携帯画面を見ながら立ち止まるおっさんは、周りから見たらどう思われるのだろう。
そうでなくても、休日にこんなゲームをするしかない自分が哀れだ。
しかしそれ以上に、何かに熱中したのは何時ぶりだろう。
気付くと、知らない街に来ていた。
日も暮れかけている。
キャラ探しに出て自分が探される羽目になったら、恥ずかしくて言い訳も出来ない。
時間を止めてなんとか徒歩で帰った。
幸いまだ家族は帰っていなかった。
ノケモンを起動させてみる。
すると。
『この中にノケモンがいる!』
というセリフが表示されていた。
『ノケモンは魔界からの使者。このファミリーの魂を悪に染め、魔界人を増やすのが目的。外見からは判断出来ない。早く見つけ出して追い出さないと、ファミリー全員魔界に堕ちてしまう』
急展開だ。
ただ街中で、アイテム集めとバトルをすればいいと思っていた。
この「ノケモン」というヤツを特定して排除しないとゲームオーバーで、今日一日の苦労が無駄になるらしい。
ああ~、だから「ノケモンを探せ」なのか。
『ノケモンになった者は自分がノケモンだと解っている。そして必ず噓をつく。他の者は噓はつかない正直者。この3人の中でノケモンは一体』
なるほど。
この条件でノケモンを特定する訳だな?
『おっさんがノケモンだ!』
2番目に仲間になった魔法使いが、いきなりそう言う。
おっさんとは私のキャラ名だ。
私は私がノケモンでは無いことを知っているので、こいつが嘘つき、つまりノケモンだ。
(え?
私は選択画面で魔法使いを選択した。
大きな○が出て、魔法使いは「ギエエエェ・・・・・・」と言いながら煙になって消えた。
青服がやって来て、コインを渡して去って行った。
嘘つき問題というヤツだ。
今日は初日ということで簡単だったのだろう。これがもう一人増えたり、私が名指しされなかったりすると難しくなるはずだ。
自宅はセーブ箇所になっていたのでセーブしておく。
何も知らずに明日起動した場合はどうなっていたのだろう。
「ただいま~」
セーブが終わった時、妻達が帰ってきた。
「おかえり」
そう言いながら、私は洗濯物を取り込みに行った。
取り込んだ洗濯物をかごに入れ居間に戻る。
「パパもノケモンやってるの?」
娘が私の携帯を見ながら言う。
「あ、ああ。流行ってるんだろ? どんなものかと思って」
娘は私の携帯ロックを解除している。
何故パスワードが分かる?
「これ、時々問題が出るでしょ? パパ解ける?」
「ああ、これは一人が嘘つきか正直者か仮定してだな・・・・・・」
それから暫くは色々とお互いの知っていることを話し合った。
こんなに長時間娘と話すのは久しぶりだ。
「この、青いヤツは配達員?」
私は娘に質問する。
「この子ね。いつもはただ食料とコインを集めてくれるだけなんだけど、強敵が現れたときだけ必殺技を出してファミリーを助けてくれるの。ファミリーとの絆が強い方が、より強い必殺技が使えるようになるんだよ? 複数人いた方が便利だけど、一人と絆を強くした方が強くなるの。だから・・・・・・」
そう言って、私の方を見てニコっと笑う。
「だから私達は『パパ』って呼んでるの!」
(ウッ!)
その一言に、胸が熱くなる。
「なんでウルウルしてんのよ。キモい」
そう言って私を笑いながら遠ざけようとする。
そうか・・・・・・、私はただのATMと思っていたが、頼りにしてくれていたのか・・・・・・・
私が感傷に浸っているときだった。
カシャン
聞き慣れない音に、外を見る。
窓ガラスに、ヒビが入っていた。
そして私の肩に、娘の頭が倒れてきた。
娘は私に肩を預けたことなど無い。
慌てて見ると、娘は意識を失っている。
その首筋には、羽の付いた針のようなものが刺さっていた。
背後を見ると、妻も床に倒れている。
冷気が侵入してくるのを、頰が感じた。
庭に面したドアへ振り返ると、開け放たれ、そこに見知らぬ男が二人、土足で立っていた。
「広渡義則だな・・・・・・」
ゾッっとするような冷たい声だった。
イントネーションが日本人では無い。
「そいつらは眠らせた。我々に大人しく付いてくれば、命の保証はしよう」
(『そいつら』だと・・・・・・?)
身体の内側から炎が沸き立つ。
私の家族を傷つけた・・・・・・。
こんなに怒りを覚えたのは初めてだった。
全身の血が沸騰し、思考が怒りに支配されて視界が狭まる。
キンッ
義則は直前で襲いかかることを止め、刻を止めた。
二人を見ながら、机の上の果物ナイフを掴む。
掴んだ右手を左手で押さえながら、息を整える。
殺意を押し殺し、二人を恨みを込めながら拘束し始めた。
このまま断崖絶壁に連れて行き、放り投げてやろうかと思った。
だが、まだこいつらの目的を、聞いていない。
家中の紐とガムテープで蓑虫のような状態にし、尋問を開始しようかと時間停止を解除した瞬間だった。
電話が鳴った。
「広渡さん! 無事ですか!?」
電話に出た途端、祐一の切羽詰まった声が聞こえた。
「実は、今・・・・・・」
義則は二人の暴漢が家に押し入ってきたことを説明した。
祐一も浩一郎が襲われたことを説明し、そして───。
Q課全員の身元が割れ、S国から狙われているらしい、と言った。
「すぐにそちらへ向かいます。ご家族は保護プログラム対象になるそうです」
電話を切るなり、充と武山が現れた。
不審者二人を先ず本部へ移動させた後、家族全員をQ課にテレポートさせた。
◇◇◇◇
娘と妻はVIP病棟で眠ったまま検査を受けた。
義則は二人の具合を心配しながらも、この先のことを応接室で待機しながら考えていた。
結局自分以外のQ課メンバーは無事が確認出来たらしい。
扉が開き、課長が入ってくる。
「奥さんと娘さんは即効性の麻酔薬を使われたようです。体内で分解される部類なので、後遺症も無く目覚めるでしょう」
それを聞いてホッと一安心する。
だがすぐに、次の不安が襲ってきた。
(今回は無事だったが、もし私が居ない間に拉致でもされたら・・・・・・)
国外へ逃げる?
いや、相手は国家。
そして狙いは自分。
何処に居ようが危険性に変わりは無いだろう。
宝くじで当たった10億円はQ課預かりとなっている。
他のメンバーはQ課所属時にそれまでの罪は不問とされたが、宝くじ受け取りは少々危険性があった。受取時に住所や名前を教えると、個人情報が漏れる恐れがある。知らない団体から献金依頼の電話が来た、等という話を聞いたことがある義則は、課で受け取って貰い預かって貰うことにしたのだ。
自分の身に何か起こった場合は家族に渡すという条件で。
その金は、今使うべきでは無いだろうか。
「広渡さん。今回の件で、課全員の家族にも護衛を付けることにしました。貴方も家族の
妻と自分だけであれば、すぐにこの提案を受け入れただろう。妻に説明しても、承諾すると思う。
しかし娘の将来を考えると、簡単に決められることでは無かった。娘には出会いも必要だし、レミさんみたいな特殊な人間でも無い。世間との繋がりを切ることも今の友人と別れさせるのも躊躇われた。
「妻と相談させて下さい・・・・・・」
◇◇◇◇
「広渡さんは、家族を守ることを優先させたいらしいです。Q課からは離脱します」
朝礼でいきなり課長はそう告げた。
義則は妻に「国家機密に関する事案に現在関わっている」とだけ告げた。
自分が持つ能力まで説明すると、家族まで拉致対象になってしまうから。
妻は「護衛が付くの? VIPみたい!」と、呑気に承諾した。
義則は娘が心配なので学校や習い事への送り迎えをし、なるべく家族と一緒に居ることにした。護衛だけではもし複数人で襲われた際、一人でも取り逃がした場合家族の誰かが危険にさらされる恐れがあるが、自分の能力であれば刻を止めて逃げることが可能だ。
残された者は、広渡さんの決断を受け入れるしか出来なかった。
そしてもう一つ浮かんだ不安。
もしかしてこうして、一人ずつ、Q課を去って行くのではないだろうか・・・・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます