第19話 刺客


 その浮浪者は、繁華街の裏路地を、生気の無い眼を地面に向けたまま彷徨さまよっていた。


 昔は高級レストランの廃棄品を集めれば、一般人が滅多に口にすることの無い高級食材が食べられていたと古株の仲間に聞いたことがあったが、今は廃棄物管理が厳しくなったので出来なくなったらしい。


 また以前はパチンコ屋に行って落ちているパチンコ玉を拾い一発台に賭ける、ということも出来たらしいが、今は玉が転がっていないし一発台も廃止されたとのことだ。3玉拾って、1.6万円になったことがあったと、ギャンブルで身を崩したじいさんが会う度に言っていた。


 今はアルミ缶拾いとボランティアが行う炊き出しで食いつないでいた。

 区によっては住居も世話をしてくれるところもあったが、男は不法滞在者であった。


 不法滞在者は通常強制送還されるのであるが、男は自国に戻った場合、さらに過酷な状況に置かれることを危惧し、身を隠して生活していた。


 自国に居るときも監視状態ではあったが、待遇はそれなりによかった。

 たった一回の失敗で、こんな底辺の生活を送るようになるとは思ってもいなかった。


 生活に必要な物を拾い集め、重い足取りで寝床へと帰途につく。


 地面を見つめながら進む視界に、立ち止まる革靴が見えた。

 汚い身なりの自分を前にして、避ける気配が無い。

 ゆっくりと、視線を上げてゆく。

 目の前には、街の明かりを背にした人影が、そびえ立っていた。

 自分の背丈より、かなり高い───。


 浮浪者は、その男の大きさよりも、男が発する「圧」に全身の毛が ぞわり──  と、総毛立つ感触を覚えた。



 浮浪者一人が姿を消しても、この街では誰も気に掛ける者はいなかった。



◇◇◇◇


 携帯画面からは、楽しそうな声が流れていた。

 充が、ほおづえをついて、携帯画面を見つめていた。

「あ~あ、こいつらすっかり有名人だよ・・・・・・」

 画面では、地球を救ったヒーローとして、宇宙飛行士がインタビューを受けている。

 小惑星衝突回避事件は映画化も決まったようだ。

「俺達がやったって、バラしちゃおうかな・・・・・・」


「駄目よ!!」

 パソコン画面にレミのアップが映し出された。


「わ! ビックリした!」

 充は周りを見渡した。


 彼女は常に俺達を監視しているのか?

 一度に複数の仕事をこなす事が出来る彼女には、この部屋の声を聞きながら社長業務をこなすことも、なんてことはないようだ。


「いい? 気付いていないみたいだけど、あなた達の能力は悪用したらとんでもないことになるのよ?」

 あちゃ~、説教が始まった。


「祐一さんは何処でも物体を取り寄せられるんだから、麻薬とか武器とか簡単に密輸できる。

 浩一郎さんは小惑星を動かしちゃったんだから、例えば衛星全てを一斉に地上に落下させて爆撃が出来る。

 博さんはどんな罪を犯しても見つけられないから捕まらない。

 充さんは覗きし放題。

 弘毅さんなんて、思考を相手に伝えられるんだから、それを知らない人に小さな声で囁けばいつか言われ続けた思考に染まるでしょうし、それが神の声が聞こえたと思った人には効果てきめんよ。もしかすると世界中の人を洗脳し、この世界を支配出来るかもしれないわ。

 時間を操るなんて、それこそ無敵よ」


 まくし立て、レミはプツッと回線を切った。

 横から覗き込んでいた武山に、視線を送る。

「───だって」


 自分だけショボかったのが気になるが、充は仕事に戻った。



◇◇◇◇


 せんげつの細い円弧が、虚空に浮かんでいた。

 土曜日だけあって、サラリーマン風の人影は少ない。


 浩一郎は今日夕方にようやく退院し、既にアパート近くまで辿り着いていた。

 前回の作戦後1週間眠り続け、退院した以降も体調を考慮して任務から外さることになった。

 よって、ずっと能力を使用していないし、使用も制限された。


 前回意識を失うほど無理をしたので、脳が疲弊した状態にあるという。慎重に確認せずに迂闊に能力を使うと、脳の回路が焼き切れて廃人になるかもしれない、と言われた。脳が爆発するかもしれないとまで脅された。

 そう言われたことを思い出し、浩一郎は溜息をついた。


 商店街を抜けると、急に辺りは静けさと闇が覆うようになる。

 暗い通い慣れた道を、浩一郎は一定のペースで進んでいた。


 電柱の後ろから、黒いフードを被った影がスッ・・・・・・と出てきて、浩一郎の進路上に立ち止まる。

 否応なしに、浩一郎の前進は止められた。


「富田浩一郎、だな・・・・・・」

 日本語だが、何かイントネーションが違う。

 そうですが? と、答えようとして、止めた。

 見知らぬ人間が、いきなり呼び捨てなどするだろうか。


 グリ・・・・・・


 ポケットから手を出す。

 そのこぶしには、鉄球が数個、握られていた。


 スニーカーまで全て黒で覆われた男は、ゆっくりと顔を上げた。

 その顔は、服と同じ、黒い面で覆われていた。

 目の部分は光沢が有り、端が吊り上がっていた。


 ヤバイ!


 そう思って、鉄球の一つを親指の先に繰り出した瞬間───。


 ザザッ


 背後からの気配に振り向く。


 蒼い天空に、より濃い黒塊が宙に浮かんでいた。

 上空から襲ってくる男の手から、銀光が細く、輝くのが解った。


 親指で鉄球を弾くと同時に、「念」を込める。

 宙に浮く男の手元で火花が弾け、ナイフがくるくると宙を舞う。

 男はそのまま真下へと降り立った。


 その時、両脇の塀にまた二人、同じような格好をした男が現れた。

 四方を囲まれ、逃げ場が無い。


 この状況よりまず浩一郎に浮かんだ言葉は、

(よかった~。頭、爆発してない)

 だった。


 先ほどの鉄球が、目を覚ました後初めて使った「念」だ。

 しかし今の自分の力がどれほどなのか、予測がつかない。


 突然、前後の男達が迫ってきた。

 両手から鉄球を弾く。


 が。

 鉄球は硬い音を立てて跳ね返った。

 金属音では無い。

 ファイバー繊維を織り込んだ強化プラスチックを内側に着込んでいるようだった。


 男達は迫る。

 力をまとって攻撃に出たいが、長い入院生活で感覚が鈍っている。

 かといってこの鉄球で装甲を貫通させるような力を込めた場合、死なせる恐れがある。

 そう、浩一郎は任務こそこなしてきたが、まだ敵を殺したことがないのだ。

 

(だが・・・・・・そうも言ってられない!)


 側溝の蓋が持ち上がり、フッ消えた。

 前後から、

「ウッ」

 という声がした。


 前後の男の動きが止まる。

 二人とも仰け反っていた。

 その姿勢から、ぐるん! と立ち直る。

 向き直った顔は、面が片側だけ割れ落ちていた。

 浩一郎を睨む。

 その瞳は青かった。

  

「フフフ・・・・・・」

 この場に似合わぬ、素っ頓狂な含み笑いが聞こえた。

「やはり念動力だったネ・・・・・・」

 前に立つ黒服の男の後ろから、黒い外套を羽織り肩まで伸びたウエーブ髪の男が現れた。

 その男に見覚えがあった。


「あ───。K国のウナギ男!」

「誰がウナギ男アルか!!」

 ミサイルに乗っていた、摩擦ゼロ男だ。


「お前確か、あの時能力を失って自由になったんじゃないの?」

「そう。あの後床屋に行って、服も買ってお洒落して風俗に行ったら、帰りの交通費が無くなったアル。それでもなんとか本国へ連絡を取ったアルが、能力を無くしたお前はもう不要だと言われて、新宿で路上生活をしていたアルよ」

「え? ずっと日本にいたの?」


 確かに前より髪が伸び、苦労のためか頭髪が薄くなり、頰と目の下の陰が濃くなっている。古い方の『死神博士』のようだ。


「そうよ~、きびしかったよ~。・・・・・・でも、S国にスカウトされたアル。お前ら、何か凄いことやったか? 大国連中がお前らの情報と身柄を確保したがっているアルよ? K国も一部の人間は私の話信じて調べていたみたいアルが、もうあんな冷たい国は知らないアル。今は唯一の目撃者ということで、S国からお給料貰ってるネ」


 前回の国際宇宙ステーションISS衝突作戦で大国が何か気付いたようだ。

 日本に秘密兵器があることを。

 レミが情報操作を行い完璧な偽オペレーション案を考え外務省も対応したが、理論上不可能なことをやってのけた点について、感の良いやつが各国にいたわけだ。

 さらにはこのウナギ男の話がK国から漏れ、日本に能力者がいるらしいとなったようだ。


「スパイ天国でネットセキュリティも甘い日本で、お前らの情報に関しては何も出てこないと、偉い人達がぼやいてたアルよ。お前らの顔を知っている私はVIPネ」

 なんだか自慢げに話すこいつが腹立たしく思えてきた。


「モンタージュを作って、マイナンバーカードのデータにアクセスし、お前達の顔と住所は掴めたね。それにお前の能力だけは前回解ったアル。あのときパチンコ球を飛ばした技、アレはサイコキネシス・念動力アルね」


 浩一郎は自分の能力を指摘されたことより、マイナンバーカードセキュリティを破った、という発言に驚いた。間違いなく日本最高レベルのセキュリティだ。それとも、世界レベルでは日本のセキュリティは甘いということだろうか。


「多分、予知能力者もいるねネ。お前を捕まえて、他の能力者のことを聞き出した後、研究材料ネ」


「喋りすぎだ・・・・・・」

 四方を囲む男の誰かが囁いた。

 声の位置を探知出来ないとは、何らかの訓練の成果だろう。

 それより浩一郎は、言葉と共に襲ってきた4つの影に対応しなければならなかった。

 

 浩一郎のポケットから銀色の球が飛び出し、浩一郎の姿を球状に取り囲んだかと思った瞬間、それはフッと消えた。

 四方の男達に散弾の嵐が襲った。

 一瞬、男達の動きが停止する。

「鉄球ぐらい、ホームセンターでいくらでも買えるんだよ!」


 しかし、それは一瞬。

 眼前の男が、音も無く目の前まで迫る。

 男の右脚が消えた。

 危険を察知した浩一郎の鼻先を、殺気を伴った風圧が掠めていった。

 それが蹴りだと解ったのは、男の脚が天に向かって真っ直ぐに伸びた時だった。


(あっぶね)

 上手く躱したと思った浩一郎は、スウェーした体勢からタックルへ移行した。

 その瞬間。

 視界が揺れ、続いて後頭部に衝撃を覚えた。


 踵落とし───。

 

 揺れた脳が視界を取り戻すまでの時間、浩一郎はゾッとした。

 自分が肉弾戦を挑んだ場合、全身を攻撃に対するバリアで覆う。

 それが機能しなかった。

 どうも身体が本能的にリミッターをかけているようだ。


(ヤバイ・・・・・・)

 やはり、能力を全開まで使えない。

 体格差は倍はある。

 それが4人。

 捕まる恐れが「大」だ。


「大人しく捕まった方が痛い思いをしなくて済むアルよ? それに向こうなら金髪美女の秘書が、24時間お世話してくれるアル。今、お前、そんなに優遇されているアルか?」

 

 浩一郎の血圧が上がる。

 本日一番の攻撃だった。

(24時間!? それって夜のお世話も含まれてるの?)

 昔、接待で一度、金髪美女が隣に座ってくれる店に行ったことがあったが、女性より小さい身体と女性と話し慣れていない浩一郎は終始大人しくしていた。話しかけても反応の薄い浩一郎は相手にされなくなり、あの時の劣等感が消えていない。

 あの時失った自信を取り戻せるなら・・・・・・ついてく方が得策?


「あれ? 浩一郎さん?」

 祐一がやってきた。

 そう言えば退院したら次の合体技を話し合おうと約束していたのだ。


「ん? お前は見たこと無いアルね・・・・・・」

 その声に祐一は、ようやく周りにいる黒服達に気付き、足を止めた。

 その姿を見て、浩一郎も我に返る。


「祐一君! 網!」

「あ、はい!」

 祐一がバックを開くと、黒い布状の物が飛び出した。

 浩一郎は5人の頭上でそれを展開させる。

 直後に身体を覆ったモノに、5人は体勢を崩した。


「何アルか!? これ!?」

 粘着剤を塗布した投網だ。

 祐一と二人で作っておいたモノだ。

 奴らが抜け出そうとすればするほど絡まり、身動きが取れなくなる。

 

 転がる敵の間をすり抜け、祐一が浩一郎に近寄る。

「祐一君、記憶消去装置、取り寄せられる?」

「場所は解らないですけど、物自体は見ましたんで出来ると思います」

 そう言って鞄の中をまさぐる。

 引き出した手には、記憶消去装置が握られていた。

「ナイス!」

 浩一郎は一人一人に向けてボタンを押した。

 光を見た男達は、次々と気を失った。


 それを見届けると、浩一郎は祐一の元へと戻った。

 膝の力が抜け、慌てて祐一が支える。

「悪い。気が抜けた途端、頭がガンガンしだした。みんなの顔と住所がS国にバレた。Q課のみんなに知らせなきゃ・・・・・・」

 荒い息を吐きながらそう言うと、浩一郎は意識を失った。



◇◇◇◇

 

 病室には課長と祐一、そして連絡が取れた桜木剛がいた。

 前と違って、警備を考え個室だ。


「じゃあ、S国から刺客が送られたと・・・・・・」

「はい、意識を失う前にS国って言っていました」

 ベッドに眠る浩一郎を見ながら、祐一は集まったみなに説明した。

「でも俺達ってそんなに必要? 犯罪組織ならまだしも大国なら凄いテクノロジーがあんだろ?」

 剛が疑問を口にした。

「時代によりますけどね・・・・・・」

 

 科学がまだ未発達だった時代では、占い師、つまり予知能力者が国家の意思決定を行っていた。

 日本で言えば卑弥呼のような存在。

 予知能力に限らず、人智をを超えた能力をシッディ・神通力・奇跡と言い、超能力者をシャーマン、仙人、聖人などと呼び神聖視された。


 科学の発達によって不明瞭なモノは理論的に説明可能な技術に移り変わっていったが、1900年頃に超心理学という学問が興る。

 そして冷戦時代。

 東側での超能力研究に焦りを覚えたアメリカ陸軍はスターゲイト・プロジェクトを始動させる。軍事作戦に遠隔透視能力を使用することが目的だったが、1995年にプロジェクトは終結した。

 結論として東西とも「再現性が不確定」との結果に終わった。

 つまり実際の作戦には使えないと判断したのだ。


 ところが「日本には実働部隊がいるらしい」という情報が大国に流れた。

 それなら捕まえて、真偽の程を確かめよう、となったようだ。

 拉致された場合、皆の能力は本物なので、二度と日本へは帰れないだろう。


 課長が一通り考察を話し終えた瞬間───。


 バンッ!!


 突然、病室の扉が開いた。

「ハハハハハ。今度はさっきみたいにはいかないアル!」

 ウナギ男が立っていた。

 記憶消去装置の使い方を間違えた?

 後ろには黒服が立ち、廊下には警備員が倒れている。


 言葉が終わる前に、剛が男達に殴りかかる。

 少し遅れて祐一が鞄から、米陸軍正式採用ストライカーファイア式拳銃SIG SAUER P320を取り出して構える。


「グッ!」

 二人の動きが止まった。

 祐一は黒服に殴られ、壁まで飛ばされる。

 パイプ椅子が派手な音を立てて、倒れた。

 剛は刻を戻して元の位置に立ち、攻めあぐねていた。


「こちらにも能力者はいるアルよ。と言っても気合い術レベルだけどネ。攻撃が出来るのはやはり浩一郎ぐらいのようネ。全員、拿捕アル!」


 部屋を緊張感が包んだその時───。


「やめなさーい!!」


 開いたドアに、美幸が仁王立ちしていた。

 全員の動きが止まる。


「怪我人がいるんですよ! 静かにして下さい!」


 美幸の気迫に押されたのか、それとも本当にスキルキャンセラ―の能力持ちなのか判断がつかないが、全員の動きが止まった。

 兎に角今言えることは、看護婦さんの言うことに従うこと。

 全員の思考がその一点で合致した。


「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 ウナギ男達一行は、すごすごと部屋を出て行った。


「はい、皆さんも面会時間過ぎてますよ!」

 Q課一行も大人しく病室を出た。



◇◇◇◇


 課に戻った全員に対し、

「じゃあ・・・・・・今日は解散しましょうか。私から本部と情報部に情報収集を依頼しておきます」

 と課長が言う。


 どんな能力を持ってしても、看護師さんには敵わない、と思いながら退室しようとしたときだ。


「そういや、連絡取れたのって俺だけだったんすか?」

 剛の言葉に、課長の顔色が変わった。

 祐一から詳細を聞く前だったので、深刻に捉えていなかった。

 確かに、他の誰も電話に出なかった。


 広瀬さんは遠くから来て貰うのが申し訳なく、武山君は授業中だから二人には電話もしていない。馬場君はすっかり存在を忘れていた。

 全員の顔と住所がバレ、実際に浩一郎が襲われたのだ。

 よく考えれば、この前の浅草の事案も弘毅が目的だったのかもしれない。


「すぐに全員に連絡を取って!」


 部屋は一気に緊張感に包まれた。


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