激辛試験
カニカマもどき
激辛試験
汗が止まらない。
頭がぼうっとする。
口の中がヒリヒリする。
しかし――
私は、踏破しなくてはならない。
この山を。
*
――十数分前。
「へいらっしゃい!」
店主の威勢のいい声が、店内に響いた。
「お好きなお席へどうぞォ!」
セルフサービスの水を注ぎ、私はカウンター席に腰を下ろす。
「ご注文お決まりになりましたらお呼びくださァいッ!」
初めて訪れるラーメン店であるが、注文は既に決まっている。
私は口を開いた。
「”
さあ。
注文をしてしまったからには、もう引き返せは――
「お客さん! 失礼ですが、免許はお持ちでしょうかァ?!」
は。
「え、免許?……ええと、AT普通免許なら」
私は免許証を取り出そうとした。
「ああ、いえすいやせん、そうではなくッてェ! うちの”極辛”を注文できるのはですね、ワンランク下の”激辛富士”を一度完食いただいて、”極辛挑戦免許”を取得されたお客様のみなんですよォ!」
「何……だと……?」
出鼻をくじかれてしまった。
しかしまあ、考えてみれば合理的な措置なのかもしれない。
”極辛”は辛さレベルが高すぎるゆえに、一定の辛さ耐性があると認められた客にしか出すことができないというわけだ。
本物のチョモランマに、素人がいきなり登ることができないのと同様だ。
「承知した。では、その”激辛富士”を一つ」
こうして私は、激辛富士に挑戦することとなった。
*
所詮はチョモランマの前座と侮っていたが、とんでもない。
”激辛富士”の実物を目の前にしたとき、私は既にそう感じ始めていた。
丼を満たす真っ赤なスープ。
山と盛られた麺。
さらにその上に盛られた大量のもやし。
それは、神々しさすら覚える、見事な赤き富士であった。
ただ、序盤はまだよかった。
激辛といっても、ただ辛いだけではない。
その富士には、凝縮された濃厚な旨みが詰まっていた。
にぼしなどの出汁を絶妙な配分で調合し、先代からの注ぎ足し注ぎ足しでさらに旨みを増したりとかなんとかしているのだろう。
これならどんどん登れる。いや食える。
そう思った。
そのときの感情は、三分後には何処かへと消え去っていた。
辛い。辛すぎる。
もはや、旨みとか気にしている余裕はない。
汗が止まらない。
頭がぼうっとする。
口の中がヒリヒリする。
耳が遠い。
汗が止まらな――これはもう言った。
これはあれだ。
きっと高山病のようなものなのだ。
富士などの高山は、単に、長い距離や高い標高に耐えられる強靭な体力があれば登れる――というわけでもない。
下界と離れるにつれ徐々に低くなる気圧、薄くなる酸素に己の体を慣らし、環境に適応させながら、正しいペースで登っていくことが不可欠なのだ。
激辛ラーメンにも同じことが言えよう。
考えなしに、無闇にすするな。
山の雄大さや、辛さにひるむな。
呼吸を整え、最適なペースで、あせらず、しかし確実に前進せよ。
ラーメンと対話し、己と対話するのだ。
世界には、只、私とラーメンのみが在るのだ――
*
私は”激辛富士”を完食した。
「やるねえ! あんちゃん見かけによらず、立派な激辛戦士だッ!」
食いながら軽くトリップしていたようだが――
音や光が復活し、世界は元の姿を取り戻した。
「このまま”極辛”にも挑戦するかい?!」
店主がとんでもないことを言い出すので、私はあわてて、首を横に振る。
その返答は当然予測されていたようで、
「そうかい! じゃ、”激辛富士”一つで、お会計五千円ッ!」
と、店主は言った。
私の体は一瞬にして冷えた。
財布の中身を見る。
千円札が一、二、三枚。
百円玉が一、二、三、四、五枚。
うむ。足りない。
「クレジットカー……」
「あ、うち支払は現金だけなんすよッ! すんませんッ!」
再び汗が――否、今度は冷や汗が噴き出してくる。
「いやあ、五千円は高いッてよく言われるんですけどね! まあ量は多いし、スコヴィル値の高い特別な唐辛子を取り寄せてるし、一応不正なしに完食したか見てなくちゃいけないッてんでこういう値段になってまして! あ、さっき食ってるときに説明したからお客さんはもう分かってますよねッ!……お客さん? どうしました、そんな固まっちまって? お客さん?」
* * *
「へい、らっしゃい!」
私の、精一杯威勢のいい声が、店内に響く。
あれだ。
この接客も、皿洗いも、”極辛”に挑むための関門と考えよう。
”極辛”への道は、一日にして成らず。
私は未だ、道の途中なのだ。
激辛試験 カニカマもどき @wasabi014
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