第十一話 穏やかな日常

 俺はまだ部屋にいたリュナを帰らせ、風呂に行こうとしていた。すると、ドアがノックされた。


「お兄さーん。

晩ごはんの時間ですよー。」


それはリアの声。

 そういえばまだ晩ごはんを食べてなかった。今日は昼ごはんも食べてない。それなのにお腹が空かないのは今日一日忙しかったからだろうか。


「は〜い。」


 とりあえずそう返事をし、ドアを開ける。

案の定リアがいた。


 「お兄さん、今日お昼ごはん食べてないでしょ?晩ごはんぐらいしっかり食べないと。

さあ、こっちが食堂だよ。ついて来て。」


と、廊下を歩き始める。

 俺の食事の心配をしている様子は、まるでお母さんのようだった。子供っぽいのに。


「ん?どうかした?」

「いや、なんでもない。」


 俺とリアが食堂に着くと、もうセトとリュナがいた。


「遅いよ〜。お腹すいたから早く席に着いて〜。」


と、リュナが言う。

 というか、あいつさっき俺の部屋出ていったばっかりだよな?

 リュナの態度については少々懐疑的な部分もあるけれど、俺はとりあえずそのことは置いておいて部屋を見渡した。

 全体的に明るくて柔らかい色合いで、とても広い。

三列テーブルと、十八人分の椅子が用意されており、

それぞれの席に食器類がきっちりと置かれていた。

 俺はリュナの隣の席に座る。


「ソラよ、今までどこをほっつき歩いていたのだ?」


 そうセトが聞いてくる。


「あのメイド三人の手伝いと、ルミアと一緒にスキルの訓練してた。

どうもルミアはユニークスキル所持者らしいね。」

「そうなのか。」

「へー。」


 反応を見るあたり、どこか興味がなさそうだ。自分から聞いてきたくせに。

 そんな話をしていると、


「お待たせしました。

メガロフロッグのソテーと、黒毛猪のスープでございます。」


と、リーベが料理を運んできた。

 俺の前にその聞いたこともない動物の料理が並べられた。

 リュナとセトは抵抗なく食べているが、俺が気になったのは名前だ。

 カエルだぞ?そのメガロフロッグってやつ。前世の知識では食感は鶏肉みたいだそうだが、カエル肉を食べるのは少し抵抗がある。

 猪はまだいい。豚みたいなものだもの。

 多少戸惑うが、恐る恐るカエル肉のソテーをナイフで切り、口に運ぶ。

 ―――美味い。

鶏肉より弾力はあるが、香ばしくて美味しい。

それに、軽い。パクパク食べられる。

 続いて猪。これは豚汁のような感じになっているが、味噌では無いので要注意。

 ―――美味い。

あっさりとしているが、それでいて肉の旨味が出ている。入っている肉も、ホロホロと崩れるほど柔らかい。

 ――想像以上だった。まさか異世界でこんなに美味い食事が出来るなんて。働くから一生ここで暮らしたい。


「ん~~!美味しい!流石黒毛猪!」

「まさかここまで素材の味を引き出すとは驚きだ。」


 リュナとセトも食事を楽しんでいるようだ。最初は食材の名前に忌避感があったものの、まさに絶品。神である二人が舌鼓を打っているのだから、間違いない。


 「それは良かったです!

ところでソラ様、この後も仕事があるので、よろしくお願いしますね!」


と、リーベが笑顔で言った。

 ん?仕事?

掃除と剪定で終わりじゃ無いの?


『皿洗いと二階の掃除、窓拭きと庭木の剪定を手伝ってもらいます。』


 ふと、ルミアの声が脳裏に蘇る。

――――皿洗い……

冒険者十八人分。どれだけあるのか。

いや、使用人達のまかないの分もあるだろう。

流石に一人ではないにしろ、多分結構な量になる。


「皿洗いか。どれくらいあるの?」

「そうですね。

冒険者の皆さん十八名分で三十六枚、

後私達使用人のまかないもあるので、合計百六枚程でしょうか。

まあ、調理器具やナイフ、フォーク等は私達と厨房の方々で手分けして洗うので、少々大変でしょうが、頑張ってください。」


 多い!少々大変って問題じゃないぞ。

下手したら今日中に終わるか怪しいところだ。せめて手助けの人を呼んでほしい。

 まあ、そんなことを考えてる時間が無駄なので、無理そうだったら手伝いを頼もう。

 厨房内の流し台。かなりの量の皿が積まれていた。

平皿が五十三枚、お椀が五十三枚ってところか。

 ひとまず、やりやすい平皿から手をつけていく。

 ここは特殊な流し台のようで、本来あるはずのない蛇口のようなものがついていた。

魔力で水を出す仕組みのようだ。

 汲みに行く時間が短縮されたとしても、皿にソテーのタレがこびりついて、洗いにくい。

終わらない気がしてきた。

 ―――一時間後、お椀四十七枚、平皿十五枚ほどが終わった。

ずっと平皿をやっていても終わらないと十五枚目地点で気づき、お椀に切り替えた。

 お椀はスープだったので、多少洗ったらきれいになる。その調子でもうお椀は終わりかけていた。

 そして立ちはだかる難関、ソテーの平皿。なんとか工夫を凝らしてタレを落としていく。

 ―――三十分後…………

 お椀が全て終わり、平皿は残り三十枚程。

俺がソテー皿に悪戦苦闘していると、後ろから


「手伝いましょうか?」


 というルミアの声が聞こえてきた。

 俺はもちろん、


「よろしく頼む。このタレがなかなか落ちなくてね……」


と言う。

 隣にルミアが来て、スポンジと汚れた皿を手に取る。


「これは……なかなか頑固そうですね。これを一人でやってたんですか?」

「うん……今かろうじて二十枚くらい洗ったんだけど、まだまだある。」

「大変ですね。」


 ルミアが加わり更に三十分後……やっと全て洗い終えた。ルミアが器用すぎて、二十枚ほどを一気に終わらせてしまったのだ。

 俺の一時間半の頑張りはどこへやら……


「やっと終わりましたね。」

「ルミアのおかげだよ。ありがとう。」

「いえいえ、私は途中からですし、殆どやったのはソラさんですよ。」


 なんというか、とても優しい感じがする。

最初のイメージとは裏腹に、とてもいい人なんだろうと思う。


 「さあて、お風呂に入りますか。ソラさんもこれからお風呂ですか?」

「うん。汗でベタベタするし、一度リフレッシュしたいからね。」


 実を言うと、ここ五日ほどずっとこの服だ。

転生したときに着ていた服。

 これまではセトの魔法とかでなんとかきれいにしていたのだが、流石に不衛生だろう。


「ソラさんって、ずっとその服ですよね。他の服は持ってないんですか?

それとも、同じ服を何着も持っているとか?」

「この服しか持ってないんだ。後々買おうとは思っていたんだけど。」

「でしたら、洗濯してはいかがですか?

このお屋敷には設備がありますし、替えの服もあります。一晩で乾くので、預けてもらったら洗濯しておきますよ。」


 それはありがたい。


「ぜひとも。」

「わかりました。それでは、脱衣所で脱いだ後、私が替えの服に変えておきます。」

「ありがとう。」


なんて親切なんだ。

 そう思いながら、俺は温泉へ向かった。


◀ ◇ ▶


 俺は脱衣所に入り、服を脱いでかごに入れた。もう遅い時間だからか、誰もいなかった。

 扉を開け、風呂場へ入る。大小様々な風呂がある。

 まずは日本のマナー通り身体を洗い、それから手前にあった大きい風呂に入る。


「ふは〜〜」


 思わず声が出るほど、久しぶりの風呂は気持ちよかった。やっぱり日本人は風呂に入らないとやってられないよ。

 しばらく湯船に肩まで浸かって、次は別の風呂に行くことにした。

 隣にあった、やや小さめの湯。細かい泡がシュワシュワとでてきている。

 入ってみると、身体の表面がシュワシュワする。これが“炭酸泉”というものだろう。

身体の表面の汚れが取れて、スッキリするような感じだ。

 そして、炭酸泉でツルツルになったところで、本日のメインイベント。そう、それは……露天風呂!

外に出てみると、岩で造られている立派な露天風呂があった。

 湯船に入ると、外の冷気と相まってよりリラックス出来る。


「は~~。気持ちいい。」


 外の景色を眺めながら入る風呂は最高だ。


 結構長い時間湯に浸かり、深部まで温まったので、そろそろあがることにした。

 脱衣所に来ると、身体が冷えていく。

 寒い寒いと思いつつかごを覗く。

俺の服はなくなり、代わりに水色の浴衣のような服が入っていた。

ちゃんと上着とズボンなので浴衣ではないだろう。

 俺の服は、ルミアが持っていって洗濯してくれているのかな。後でお礼を言っておこう。


 首にタオルを掛けて浴場から出る。

すると、そこには髪を濡らして風呂上がりのような格好のルミアがいた。


「おかえりなさい、ソラさん。

結構長風呂なんですね。」

「そうかな。

充分に温泉を堪能したから、長風呂しちゃったのかな。」


 実際そうだろう。

 俺の服を洗濯に出してくれたルミアが、俺より先に上がっているんだから。女性は風呂が長くなりそうだし。

 そう考えると、俺は長風呂し過ぎだ。


「ソラさん、お風呂好きなんですね。」

「ん〜。まあ、温泉は好きだよ。」

「――じゃあ、今度は私と一緒に入ります?」


 ん?え、今なんて?


「冗談ですよ。では、おやすみなさい。」


 急にそんなこと言われてドキッとした。なんだ、冗談か。


「おやすみ。」


ドギマギしつつも、平常心を装いとりあえず返しておく。

 本当にルミアの態度が前とはガラリと変わったな。

前はこんな冗談言わなかったのに。

 そう思いながら、自分の部屋に帰って、ベッドに潜った。

 そうしたら、すぐに眠ってしまった。


◀ ◇ ▶


 朝起きると、ベッドの横に怒ったような表情のリュナが立っていた。


 「ソラ君、ちょっとあのルミアってメイドと仲良すぎじゃない?

こちらとしてはパーティメンバーのソラ君が誑かされてるのは看過出来ないんだけど。」


言い方がいつになく険しい。

 こいつ、嫉妬してるのか?幼馴染のセトと仲良くしとけよ。

 すると、ドアが開いてセトが入ってきた。


「ソラ、起きたか。

もうすぐ朝飯だ。さっさと起きて食堂に行こう。

我はもう腹が減ったぞ。」


今そんな状況じゃないんだって。


「お、なんだ?リュナ、どうした?

ソラがメイドと仲良くしてるのを見て嫉妬してるのか?どうなんだ?」


 それを受けて、リュナの顔が一気に赤くなっていく。

 多分だけど今のセトの言葉がトドメとなったんだろう。さては図星だな。


「もう!黙ってて!これは私とソラ君の問題なの!」

「それくらい好きにさせてやれ。

ソラはお前に興味なさそうだし、ユニークスキル同士仲良くやってもいいだろう。」

「私もユニークスキル持ってるんですけど!」


 リュナの怒りの矛先がセトにズレかかっている。

かと言ってセトは何のダメージもなさそう。


「とにかく、ソラ君はあのメイドと一緒にいちゃだめ!」

「ヤダ。」


 セトに爆弾を落とされ、俺に即答され、リュナは半泣きになっている。


「何よ!もう良いもん。こうなったら実力行使よ。あのメイドと一勝負つけてくる!」


 それはやめたほうが……まあ、言わなくて良いか。


「ソラ、朝から踏んだり蹴ったりだな。

とりあえずリュナあれは放っておいて、朝飯食べに行こう。

その後、我がソラの練習に付き合ってやろうか。」

「本当!?ありがとう!」

「まあ、我も貴様と仲良くしているというメイドに会ってみたいしな。ついでに手合わせ願えればいいが……」


こいつ等は勝負の事しか考えてないのか?

 まあ良いや。セトが練習に付き合ってくれるなら。


「早く食堂に行こう。我が仕入れた情報によると、今日はフレンチトーストらしいぞ。」


 この世界にもフレンチトーストってあるんだ。

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