第16話 特別講演

 王立研究院・大講堂。その広い空間に、多くの来賓が再び集まっていた。午前の発表とは打って変わり、辺りには張りつめた空気が漂っている。

 午後のプログラム、「軍事部門・特別講演」の開始を告げるベルが静かに鳴り響くと、参加者たちは席へ戻っていく。アリーシャもホールのやや後方の席に腰を下ろし、心を落ち着けようと深呼吸をする。


(これからが本番……。何が明らかになるんだろう)


 講堂の壇上には、先ほどまでの研究員とは違う、軍服姿の高官が立っていた。髪を短く刈った精悍な男で、胸に多数の勲章を下げている。

 彼が低くマイク(魔術式の拡声器)に語りかけると、広いホールがシンと静まり返った。


「皆さま、本日は我が王立研究院・軍事部門の最新研究成果を共有するため、遠路はるばるお越しいただき感謝します。私はライスラー准将。国防総省の要請を受け、この講演を統括しております」


 会場のあちこちで軽い拍手が起きる。アリーシャも手を叩きながら、准将の言葉に耳を研ぎ澄ます。

 やがてライスラーはスライドを示しながら、概略を説明し始めた。そこには「次世代魔導兵器」という文字が躍る。


「本国が抱える資源問題、周辺国との緊張――こうした状況下で、我々の研究は“抑止力”としての兵器を志向しております。敵国の大軍をも一挙に制圧できる大規模魔法砲、あるいは局所的な自然災害を誘発する呪術兵器……」


 ――局所的な自然災害を誘発する呪術兵器。

 そのフレーズに、アリーシャは思わず背筋を震わせる。以前、彼女とセレスティアが懸念していた“自然を操る魔道兵器”の可能性が公然と語られているのだ。


(やはり……。この国はそこまで進んでいるのね)


 壇上のスライドには、地形を歪ませるような魔法陣の概念図が映し出される。ギョッとするほど精巧な図で、専門家たちが唸るような声が聞こえてくる。

 ライスラー准将は熱を帯びた口調で続ける。


「もちろん、これらを実際に完成させるにはまだ時間がかかります。しかし、研究院の皆さんの協力と、資金提供をいただく貴族や企業、さらに軍の後押しがあれば、そう遠い未来の話ではありません。王国の覇権を守るため、ぜひご理解とご支援をお願い申し上げます」


 拍手が起きるが、どこか冷めたものも混じっている。貴族の中には嫌な顔をする者もいれば、逆にうなずいて熱心に手を叩く者もいる。

 アリーシャは苦い思いでその光景を見つめ、メモを走らせる。


(世界を壊しかねない兵器を“抑止力”と称して作る……。こんな過激な開発を、国全体が押し進めているなんて。どう考えても危険よね)



 壇上での「新魔導技術の概要」説明が進むにつれ、アリーシャは背後の席に落ち着かぬ気配を感じ始めた。ちらっと振り向くと、黒フード姿の人物が、さらに数名連れ立って入室しているのが見えた。


(やっぱりいる……黒フード集団。講演会にまで堂々と? それとも貴族や軍の人が連れてきた傭兵か何かなの?)


 不審者そのものだが、なぜかスタッフは止めに入らない。もしかすると招待客と一緒に紛れ込んでいるのかもしれない。彼らは後方の空席に腰を下ろし、じっと壇上を見つめている。

 さり気なく観察しようとすると、やはり彼らもアリーシャの存在に気づいたのか、視線を投げかけてくる。奥まったフードの下で、不吉な瞳が光るのを感じる。


(まずい、ここで揉めるわけにはいかない……)


 アリーシャは視線をそらし、表情を保ちながら前を向いた。壇上では准将に続いて軍の技術士官が登壇し、新たに“治癒魔法の軍事転用”など、別の内容を紹介し始める。

 だがアリーシャの意識は後ろを意識し続けている。黒フード集団が講演を聞くだけならいいが、この場で何か仕掛ける可能性は捨てきれない――。



 やがて時刻は午後の中盤。休憩を挟まず進められる講演内容は、どんどん軍事色を強めていく。

 「隣国との衝突シミュレーション」だの「実践投入が見込まれる実験用兵器」だの、聞くだけで嫌気がさすような議題が並ぶ。資料には抽象的な記述しか書かれていないが、充分物騒だ。

 貴族の一部が「おお、これはすごい」と興奮気味に囁き合う声も耳に届く。まるで新しい玩具を手に入れるような感覚で、“世界の破滅に繋がるかもしれない力”を礼賛している。


(これが、戦争を引き寄せる火種か……。セレスティアさんが知ったら、ますます危機感を抱くだろうな)


 アリーシャは講演の途中で席を立とうか迷うが、今はとにかく情報収集が優先だ。兵器開発部門のキーパーソンが登壇するまで、ここで耐えるしかない。

 隣の席では恰幅のいい貴族らしき男が資料を読んで頷いている。「こういう兵器があれば、うちの領地も安全だ」などと口走っているのを聞き、思わずため息をつきたくなる。


 


 やがて壇上に現れたのは、先ほどアリーシャが朝のうちに門前で見かけた軍人――情報部のエルンストだった。痩せた体と鋭い目つきで、聴衆を眺め回す。


「皆さま、お楽しみのところ失礼いたします。私は軍情報部のエルンスト。今回の講演では、国家安全保障上の防諜・連絡事項をお伝えするよう命じられております」


 軽いどよめきが起こる。防諜ということは、すなわち“外に漏らしてはならない情報”が多いという宣言だ。アリーシャは頬を引きつらせながら耳をそばだてる。

 エルンストは淡々と兵器開発の秘匿性や、国際関係への影響などを説き、「本日の内容を外部に漏らした者には厳罰が下る」ことを強調する。


「……以上、本講演内容は極秘に扱っていただきたい。それに伴い、皆さまが本日受け取った“特別資料”は会場外への持ち出しを禁ずる。必要があれば、軍や研究院の許可を得てから閲覧するように」


 エルンストの冷淡な声音がホールに響く。まるで全員を監視しているかのような圧力を放ち、参加者の中には息を呑む者もいる。

 アリーシャは背筋に冷たいものを感じながら、彼の目が一瞬こちらを捉えたのを見逃さなかった。――どうやら、エルンストも彼女の存在を“要注意人物”として認識しているらしい。


 


 休憩をはさむことなく、次の登壇者が紹介される。どうやら「魔導工学」の専門家であり、軍と協力して“新型魔法砲”の開発を主導している人物らしい。壇上で巨大な図面を広げると、各部の仕組みをテンポよく説明し始めた。

 だがアリーシャは、その話を聞きながらも気がそわそわしていた。――黒フード集団の動きが視界に入らないのだ。先ほど後方にいたはずのフード男たちは、いつの間にか席を立ち、消えている。


(どこへ……? このタイミングに裏で何をしているの?)


 講堂の出入口付近に目をやるが、見当たらない。

 すると、不意に隣の席から軽い視線が感じられた。そっと見やると、リクがいつのまにか座っていた。彼も何か慌てているように見える。


「アリーシャさん……! やっぱり来ていたのか。ちょっと、まずい空気だよ。――さっき、軍部の連中が講堂を出入りしていたし、何かきな臭い」

「私も同感。黒フードの人たちがどこかへ消えたの」


 リクは嫌な顔をしながら、小声で耳打ちする。

「そいつら、俺も見かけた。さっき兵士が急ぎ足で廊下に向かってたし……何か不審者情報でも入ったんじゃないか? この講演自体、もうちょっとで終わるはずだけど、変な事件が起こらなきゃいいけどな」


(やはり事件の匂いがする。黒フード集団が、ただ話を聞くためだけに来るはずがない……)


 アリーシャは決意を新たにし、ホールの最奥を睨む。エルンストの姿は壇上から消え、どこかへ下がっている。

 一方で、魔法砲の開発者の説明は盛り上がりつつあり、観客の拍手が断続的に起こる。まるで“新しい兵器開発”を手放しで歓迎するような空気が生まれかけていた。


(まずい……。こんな研究が世に出れば、いずれ戦争が避けられなくなる。それを黒フード集団が裏から煽るとしたら……)


 そんな思考を渦巻かせていると、ついにホールの扉が静かに開いて数名の兵士が入ってきた。彼らは列の端をこそこそと移動しながら、警戒した様子で客席を見回している。


「リクさん、私、ちょっと動くわ」

「危険じゃないのか? 何をする気だ?」

「黒フード集団が何を企んでるか、少しでも掴まないと……。ここにじっとしていても駄目よ」


 アリーシャは席を立ち上がり、警備の目を欺くようにそっとホールを抜け出した。リクが「気をつけろ」と呟くのを背に感じながら、廊下へ足を踏み出す。

 外には先ほどの兵士たちがばらけて動いており、「不審者は見当たりません」と報告し合っているのが聞こえる。


(兵士たちも黒フードを探してるのね。いったい何が起きるのかしら?)


 


 廊下を少し進むと、研究員専用の通路に繋がるドアがあった。昼に見た案内板によれば、“軍事区画”への通路が近くにあるはずだ。立ち入り禁止だと分かっているが、何かの手がかりがあるかもしれない。

 ドアに手をかけようか迷っていると、奥のほうから急ぎ足の人影が近づいてくる。


(……まずい、衛兵? それとも情報部かしら)


 身を隠す場所は少ない。アリーシャはとっさにドアの陰へ体を寄せ、魔力で気配を薄める。足音が近づいてきて、何者かがドアを開けようとする――。

 すると、そこにもう一人の人物が追いかけるように走ってきた。


「待て、お前……何をしようとしているっ!」


 咄嗟に姿を現したのは、黒いフードの男だった。ドアを開けかけた相手を引き留めるように手を伸ばす。

 アリーシャが目を凝らすと、フードの下に覗くのは荒れた表情の青年。彼の手には短剣のようなものが握られている。


(黒フード同士じゃない? 内輪で争ってるの?)


 疑問が浮かぶが、二人の低い声と荒い息遣いから、かなり切迫した空気が伝わってくる。どうやら“門を開ける”か“阻止する”かで揉めているらしい。

 アリーシャは身を潜めたまま耳を傾ける。フードの男は相手を詰問するように声を荒らげた。


「……命令に従え。俺たちの計画は、研究所内部には手を出さないはずだろう。何で勝手にやるんだ!」

「計画? 俺はただ、やるべきことをやるだけだ……。この国を壊すのは容易い、だが兵器をもっと拡散させれば……っ」


 ――拡散。

 その言葉に、アリーシャはゾッとする。黒フード集団の一部が、兵器開発を“さらに煽る”ことで世界を混乱に落とし入れようとしているのか。

 しかし、その行動を止めようとする別の黒フードもいる。彼らの間にも一枚岩ではない何かがあるのかもしれない。


「黙れ……! これ以上余計なことをすれば、俺たちの存在が軍や情報部にバレる。撤退しろ!」

「クソっ……お前は臆病者だ!俺は……この国の破滅を早めたいだけだ!」


 そう叫ぶと、短剣を持った男はドアを開け放とうと力を込める。だが相手が一瞬の隙を突いて腕を掴み、背後から押さえ込んだ。

 もみ合いの末、短剣が落下して甲高い音を立てる。アリーシャがぎょっとして振り返ると、二人は倒れ込みながら低い呻き声を上げていた。


(このままでは衛兵が来るわ。……どう動くべき?)


 一瞬、彼女は体が固まる。だが、その間にも二人は乱暴に取っ組み合い、物音を立てている。周囲の廊下に兵士が現れるのも時間の問題だろう。

 このまま見過ごせば、黒フード同士が勝手に潰し合うだけかもしれないが、兵器開発を「拡散」させようという話を耳にした以上、聞き逃すわけにはいかない。


 アリーシャは杖を握り、そっと結界の魔法陣を描く。


(……仕掛けよう。どちらが正義かは分からないけど、何もせず見過ごすわけにはいかない)


 視線を研ぎ澄まし、二人の動向を見極める。ちょうど短剣が落ちている位置へ足を運び、“捕縛の糸環”の発動を構える。

 もし襲ってきたら魔法で制圧し、情報を引き出すか、衛兵に引き渡すか――この判断を数秒で下さなければならない。


 ――まさにその刹那、ドアの向こうにさらに別の人影が現れた気配がした。

 誰かが静かにドアの隙間から覗いている。もしかして兵士か、あるいは研究員か、それとも黒フードの増援か。アリーシャは息を呑む。


(くる――!)


 激しい鼓動がアリーシャの耳に響き、冷や汗が背筋を伝った。この暗い廊下での小競り合いが、一体どんな結末を迎えるのか。講演会は進行中だというのに、思わぬ事態が目の前で爆発しようとしている。


「運命は……変えられるの、よね」


 呟き、アリーシャは杖を高く掲げた。躊躇していれば、取り返しがつかない惨事に繋がるかもしれない。

 果たして、二人の黒フードの行動を阻止できるのか。それとも、別の闖入者が何かを仕掛けるのか。

 静かで重苦しい研究所の廊下に、魔力のうねりが生まれようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る