メリークリスマス? No! メニークルシミマス!

Shy-da(シャイダ)

第1話

 この日は聖夜に相応しい、静かで穏やかな夜だった。時折、頬を撫でる寒風さえも愛おしい。こんな日だからこそ、オイラの仕事は捗るというものだ。

 視線をふと外へと向けると、しんしんと雪が落ちていた。図らずもホワイトクリスマスだ。煌びやかなイルミネーションと純白の雪のコントラストが映えている。風流だなあ。

 ……そんな中、どうしてオイラはこんなところで油を売らなきゃならんのだ? オイラは大事な仕事の真っ最中だったって言うのに。……釈然としない。だってオイラは――


「……話、聞いている? ったく。本当だったら、今夜のあたしは彼氏といちゃいちゃするはずだったのに……。アンタみたいな輩がいるから、あたしらは――」

「…………」


 小柄だが、ドスの効いた声の女子を前に、オイラはひたすら無言を貫く。あー、目の前のこの女子、相当怒っているなあ。あんまり刺激は与えない方が良さそうだ。


「ちっ。さっさと話しなさいよ。まず、アンタの住所は?」

「……ワタシ、ニホンゴワカリマセン」

「……日本語喋ってんじゃん。……じゃあ、どこ出身? Where are you from? 」

「……英語はもっと分からにゃい……」

「やっぱ日本語分かるんじゃんか。まぁ良いや。それで、今何歳?」

「65歳の高齢者です」

「ウソけ! どこからどう見ても20~30代の若者やろがい! いい加減にしろ! 名前は!?」

「サンタクロースです。今宵、世界中の子供達が、私の到着を待っているのですよ、ほっほっほ」

「まだウソ吐くか! 警察舐めんな! 身分証出しなさい!」

「ワタシ、フィンランド出身ノサンタクロースデスヨ……アッ、身分証ヲ全部ハ取ラナイデ」

「……何々? ほら、やっぱりウソだ! 掘りの深い顔だから外国人の可能性も捨てきれなかったし……確かにフィンランド人とのハーフだけど、でも、生まれも育ちもバリバリの日本で、国籍も日本じゃないのさ!」

「……ちっ」

「舌打ちしたいのはこっちだわ! えぇと……名前が、ホセ・サンタクルス。あー、だからサンタクロースなんて名乗ったのね。似てるから。で、他は……27歳。何が65歳の高齢者です、だよ! それと、日本国籍。無職。東京都星出ほしで市在住。私立松ヶ谷まつがや学園高校出身。……うわー、マジか。松高って事は、アンタはあたしの先輩なんじゃん! 松高や、私立松ヶ谷学園全体の名を汚すような真似するんじゃないよ!」

「いやいや、オイラのように低レベルな頭脳では、超名門校の私立松ヶ谷学園高校になんて合格できませんよ! えっへん!」

「ンな情けない事で胸を張るな! それにまたウソ吐いたな!? どの身分証でもアンタの最終学歴は松高になってんだから、見え透いたウソは吐くな! とっくにバレてんだよ!」

「むぅ……」


 今オイラがどこにいて何をしているかというと……

 交番でお巡りさんから事情聴取を受けていた。相手はまだ若い女性の巡査だが、小柄な割に身体つきはガッシリしている。恐らく学生時代に柔道でもやっていたのだろう。しかもオイラの高校の後輩と来た。流石に面識は無いけど。ここは先輩の顔を立てると思って見逃して貰えんかねぇ……


「先輩の顔を立てると思って見逃したりしないからね! 罪は罪! しっかりと裁かれて罰を受け、その罪を償いなさい!」

「…………」


 随分と正義感に溢れたお嬢ちゃんだなあ。……あっ、警察官は正義感が無かったら務まらないか。松高OB・OGは清く正しく美しい心を持つ者ばかりだ。それが松高、ひいては私立松ヶ谷学園の校訓だからなんだよなあ。……オイラ? あ、いや、オイラは……


「……個人情報はこんなもんでOK、と。……さ、早く出しなさい」

「!? そ、そんな破廉恥な! オイラの熟れた裸を見てどうする気よっ!?」

「アホか! アンタのイチモツなんか所望する訳無いでしょ! 彼氏ので間に合ってるわ! 盗った物を出せって言っているのよ!」


 ……ほんとに怖いな、この嬢ちゃん。女子が先輩男子を脱がせて襲うとか、ほんのささやかなアメリカンジョークなのに。……オイラはフィンランド人とのハーフで、バキバキの日本人だけど。アメリカ全く関係無いけど。

 そう。

 この嬢ちゃんが言った通り、オイラは30分ほど前に窃盗と不法侵入の現行犯で逮捕されたのだ。

 我ながらヘタこいてしまった。クリスマスイヴに住宅へ押し入り、プレゼントを頂戴していくのがオイラの計画。もう3年もやっているから慣れたモンだった。なのに今年はオイラらしからぬ凡ミスでお縄になってしまったのである。

 現行犯逮捕された時の状況は、次の通りだ。


 今宵は聖夜。となれば、子供のいる家庭では必ずクリスマスプレゼントがどこかに隠されているはずで。3年前からそう踏んでいるオイラは、今夜も例年と同じく、前もって目を付けていた住宅に忍び込んだのである。

 時刻は22時。まだちょっと早い気もしたが、残念な事に今年のオイラは金策に困っていたため、気が急いてしまっていた。

 普通に侵入してしまったら不審者として即通報案件である。そのためオイラは変装をする事にした。サンタクロースの格好だ。また、去年と一昨年は間に合わなかったが、今年はこの時期までにいい感じで髭が伸びてくれたため、白く染めてサンタクロースのリアリティを追求した。最後にサンタ服を着て大きな白い袋を用意すれば……はい、サンタクロースのできあがり(ただし、偽者)。

 ターゲットとなる住宅への侵入は、松高卒業後に怪しい外国人から教わった鍵の解錠の方法が役に立った。……オイラも充分に怪しい外国人と思われなくはないけれど。

 しかし、犯行前から白い袋以外に手ぶらでは、見つかった際に心許ない。せっかく外見も本物に寄せている上に、本名も『サンタクルス』と微妙に『サンタクロース』に近いのだから、仮に警察に捕まりそうになったら本当のサンタクロースだと言い張って油断させてから逃げるのが良いだろう。その際、侵入する住宅の近くのイルミネーションの飾りの一つでも、これが用意したプレゼントです、と言って渡せば時間が稼げるかもしれない。……ふっふっふ、我ながら頭がいいな。

 そう、思っていたのだが。

 今夜は想定外の事態が起こってしまった。侵入した家のクリスマスプレゼントが豪華過ぎたのである。

 侵入する住宅の内部構造、外観、住人の家族構成から生活パターンまで丸1ヶ月張り込みをしてリサーチ済みだ。そのため、件の家のどこにクリスマスプレゼントが隠されていそうなのかを特定するのは、簡単、簡単。

 ターゲットは4人家族で、両親と中一と小五の男の子2人。家の中にお邪魔して、プレゼントを見たオイラは衝撃を受けた。

 ……PS5とニンテンドースイッチの有機ELモデルじゃねえか! 超豪華なゲームハードが二種類も!

 更に注意して探したら……ありましたよ、ゲームソフトが三本! てっきりダウンロード版を購入していたと思ったから、パッケージ版があったのは嬉しい誤算だ!

 スターオーシャンセカンドストーリーRに、ロマンシング サ・ガ2リベンジオブザセブン、ドラゴンクエスト3 HD-2Dリメイク……何と言うか、往年の名作RPGのリメイクだ。でもこれは嬉しい! 全部オイラがプレイしたいと思っていたソフトばかりなのだ!

 ……まぁオリジナルはどれも古き良きRPGで、ドラクエ3に至ってはオイラが生まれる前の作品だったりする。

 ここでオイラは完全に自分の立場と行動を忘れてしまっていた。宝の山を見つけて興奮していたのだろうけど、そもそもオイラはドロボーなんだ。慈善事業で子供達にプレゼントを配り回るご老人では、決してない。だからこの後のオイラの行動は『馬鹿の末路』なのだ。

 面白そうなゲームを前にしたオイラは欲求を抑え切れなくなり、あろう事かその場でゲームのプレイを開始してしまったのである。


 見つからない――そんな慢心や、

 大丈夫――そんな油断があった。


 結局、ゲームに夢中になったオイラは、不法侵入していた家の住民に見つかり、すぐさま110番通報されてあえなく御用、となった訳だ。……イルミネーションの飾り付けを盗んだ罪も加えられて。追加の罪なんか、見逃してくれよぅ……

 犯行現場で少年の心に戻ったのが、オイラらしくなくて悔やまれる。

 ……いや、いつかこうなる事は予想できていたはずだ。そもそもクリスマスプレゼントを狙って窃盗に勤しむなんて、子供しかやらな……、いや、子供でもやらない、か。


「……アンタ、バカでしょ?」

「ぐっ! 悔しいが、反論できない!」


 巡査の嬢ちゃんに冷酷な声音で言われ、オイラは力なく交番の机に突っ伏した。……そうです、オイラは大バカ者です。

 あーあ、罪を償って娑婆に戻ったら、真っ当に働くかあ。いつまでも姉ちゃん――実の姉貴のスネ齧ってばかりもいられないしな。親に合わせる顔なんてもう無いし。


 これが、クリスマスイヴに情けない姿を晒した、オイラの懺悔だ――


 END

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