1-① 謎の転校生

岩羽跳子いわはねとびこです。今日からよろしくお願いします!」

 紺のブレザーに同色のキュロット。純白のブラウス。私立サメ学園の灰色の制服もまだ間に合っていない転校生の少女が一礼すると、教壇の上でふたつ結びの髪の毛がぴょこんと跳ねた。

「席は廊下側の最前列です。以上」

 担任の教師は機械的に告げると、短いHRを終えて教室を後にした。残された生徒は、たったふたりだけ。先程自己紹介した転校生、岩羽跳子の他には男子生徒がひとり、窓側最後列の席に着くだけである。

「お隣さん、よろしくね!ずいぶん遠いお隣さんだね!」跳子は対角線を越えて大きく手を振り呼びかける。「わたしは跳子、あなたの名前は?」

 男子生徒は億劫そうに跳子を見遣ると、吐き捨てるように呟いた。「城敷仁しろしきひとしだよ」そのまま、何の興味も無く窓の外に視線を泳がせる。「そっち行っていいかな?いいよね!」返事も聞かずに跳子はずかずかと詰め寄り、前の席に馬乗りに座す。

「あんたその髪、染めてんの?」大して興味も無さそうに城敷は跳子の髪を見た。トウモロコシの実のような黄色い髪がふたつ結びにまとめられる。

「んー実はね、ウイッグなのよ。別に先生も咎めなかったけどね」

「そりゃそうだろうな」城敷は呟いた。「今月だけで行方不明者35名。4月からの累計では200人を越えてる。退学休学は数知れずで……。この学園はもう、崩壊しているんだ。教師も校則もあったもんじゃない」

「へー、そりゃすごいね」「すごいのはあんただ。なんでわざわざこんなところに転校してきた」「そりゃあもちろん、」跳子はわざとらしいウインクでいかにもな作り笑いを浮かべて言った「秘密なのだ!」てけりり、と鞠を転がすように微笑む。

「そういう城敷君は、退学も休学もしないの?ひとりでこの教室に残って、なにか理由でもあるのかな?うう~ん?」

「なにも無いさ。行くとこも、逃げるあてもね」城敷仁は灰色の詰襟よりも更に灰色な青春しか、手元に持ち合わせがなかった。

「じゃあ、これからこの学校を案内してよ!授業だって、どうせまともにやってないんだろうし!」

 岩羽跳子は椅子の上に立ち上がり、そこでくるりと一回転する。キュロットの裾が翻る様を見て城敷は眩しげに目をひそめた。窓の外は曇天甚だしかった。

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