第2話 入学式と立食パーティ
大学の入学式というのは高校や中学とは違ってえらくあっさりした物なんだな、先程の同級生女子、八島楓と共に建物群の一際奥、大講堂とでも呼ぶべきだろうか、ホールに飛び込んでからほんの一時間少し位だろうか。
あ、少し盛ったかもしれない二時間位か、何の滞りもなく式は進んで、全く知りもしないし今後卒業式まで聴くことも無いだろう校歌とやらの斉唱を最後にプログラムは終了した。
「終わったね〜真ちゃん!」
ぱんっと肩を叩いて間の抜けたような、だが一際煌いた様な明るい声は、改めて言う事も無いだろう八島楓だった、友達呼び早くない? でもあまり悪い気はしない。
「懇親会この後すぐだけど、真ちゃんも行くよね? ただ飯だよ!」
このフレンドリーさは見習いたい、そして彼女の言っている懇親会とは芸術学部写真学科の新入生、教職員同士の顔合わせ的な食事会で、酒類こそ提供はされないが駅前のホテルのホールを使って行われる割としっかりとした立食パーティだ。
「行こう、とは思ってるかな、せっかくだしね」
「へへへっやったー、じゃあこのまま一緒に会場行こう!」
底抜けの笑顔、多分男子だったら即落とせるんだろうな、全く羨ましいのかどうなのか。
行きと同じく駅までの路線バスは新入生達でぎゅうぎゅうに詰められ、でも行きでは気が付かなかったが何人かちらほらとカメラバッグを肩に背に掛けている人を見かけた、ああ皆同級生なのかな、と何の気なしにそのカメラバッグを抱えた男子や女子を眺めていると。
「そ言えば、真ちゃんは出身どこ? 一人暮らし?」
「僕は実家から通うよ、墨田区出身、厚木からはかなり遠いけどね」
「そうなんだ! 私も都内だよ! 二十三区じゃ無いけどね〜」
そしてテンションを崩さないまま一方的な自己紹介が始まった、彼女曰く、出身は東京都国分寺市、実家は中古バイク屋さんでお父さんはその世界では割と有名なYouTuberなんだとか、ちなみにお店の名前は聞いたけど忘れた、他にも高校時代は演劇部で本当はバイク部を作ろうとしたけど校則に引っかかって渋々演劇部だったとか、写真はツーリング先で写真を撮っている内に興味が出た、とか、矢継ぎ早に身の上話を聞かされた。
「真ちゃんは、どうしてこの大学に?」
うっと答えに詰まってしまった。それはそうだ僕自身入学理由は割とボヤけた理由だったからだ、家は墨田区本所で代々続く個人の病院で僕も本来は医学部を目指すのが筋だったんだろうけど僕が入学したのは芸術学部写真学科、何の事は無い、祖父の趣味が写真で子供の頃からカメラは見慣れていて、気が付いたら祖父のカメラを借りて自分でも撮るようになっていて、そんな時に進路を決めなくてはならなくなって、そこで漠然と写真を勉強したいって思う様になった、それだけだった、つまるところ僕にはこれと言う才能や経歴は無くって、全く写真なんてよくわからない素人が紛れこんでしまった様なものなのだ。
「そろそろ着くね〜ほら、こっち! あのホテルだよ!」
案内の地図を見ながら、楓ちゃんが指差したのは、駅前の一際大きな、と言っても周辺と比べたらの話だけど立派なホテルで、やはり同級生と思しき集団が列を成して入って行くのだった。
夕方に差し掛かって居ただろうか。受付を済ませて入った会場には壇上には恐らく偉い教員、教授だろうか、ジュース類に各種のお洒落な料理の数々、なるほど、かなり豪勢なただ飯だ。
「本年度入学生の皆様、ご入学おめでとう御座います」
「さて、教育各位の詳しいご紹介は後日のガイダンスで行うとしまして、皆様に先ず言わなければいけない事があります」
「あなた方は奇しくも写真学科に入ってしまった変態だ」
「だから、変態らしく精一杯四年間を楽しむように!」
「以上、写真学科教授、田井中善次」
一番歳をとっている、だが、最も風格とでも言うのだろうか、何処となく気品ある老人だと思った、彼は壇上に上がるなりそう言ってまた席に戻った、教授陣は静かに笑って、新入生達は唖然としていたのは言うまでもない、そして頭には先ず中々入らないだろう教授陣の挨拶は終わり、自由に食事タイムが訪れた。
「真ちゃーん! ローストビーフ! ローストビーフあるよ!」
すたたーっと料理にめがけて向かっていく楓と、声を掛けようとして無視されている少数の男子、後ろからゆっくりとついていく僕、やっぱりあまり積極的にはなれそうにない。
「君は、新入生……カメラは?」
身長の少し上、ローストビーフを切り分けるコーナーの前で声を掛けられた。
「えぇっと、はいあの、僕は新入生ですけど、あなたも?」
僕の頭上からだった、前髪が掛かっていて眼はちゃんと見えない、痩せ型の男子、背は頭ひとつ分は大きい。
「……ふーん、カメラ持って無いんだ」
それだけ言って、そいつは踵を返した、控えめに言わなくても感じが悪い、いや何なんあいつ、ただ去り際にこの腹の立つ男子が肩から提げていたものが見えた、赤い丸にLeicaの小さな文字の小型なカメラ。
この場で自分のカメラすら持っていないのは、もしかして僕だけかも知れない、カメラはいずれと思っていたけど、もしかしたら甘かったのかも知れない。
「真ちゃん! どしたの?」
少し嫌な気分に浸っていたけど、ふ、と気を引き戻された、全く空気を意に介さない明るい声、他でもない楓だった。
「あ、うん、大丈夫だよ何でもない」
「ふーん、そろそろ時間みたいだし帰ろっか?」
見れば新入生同士でも仲のいいグループは出来ていて、ちらほらまとまって帰る姿が見えた。
ホテル近くのバス停、大学の駐輪場にバイクを置いている楓は、またバスでキャンパスに戻るみたいだ、外はすっかり暗くなり、寒気を帯びた夜風が身体を通る。
「じゃあね! 真ちゃん、これからよろしくね!」
ありきたりかどうかは解らないけど不安はある、でも楽しみな気持ちも同じくらいある。
「うん、また明日ね!」
だから僕は、この場所で初めて出来た友達に、そう答えたのだった、明日から写真学生としての生活が始まる。
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