オークの騎士【再掲】
こどもじ
第1話 プロローグ
昔書籍化して二冊だけ出た作品を再掲します。
供養にどうぞ
―――――
幼い頃から、私の足下には一本の果て無き道が敷かれていた。
私がそこに足を踏み入れたその瞬間から、いつの日か今日のような時を迎えるに至るまで、ただひたすら脇目も振らずに自らを高め続けてきた。
思えば四十年。
女も知らず、酒も飲まず、俗世や人との関わりも持たずに、余りにも無味乾燥な彩りのない人生を歩んできたものだと思う。
だが今日、この長いようで短かった日々が唐突に終わりを告げた。
「――癌ですね」
医者の先生の、断ち切るような無慈悲な宣告に対し、私はただ「そうですか」と答えた。
人はいつか死ぬ。
この世界が形作られた時より唯一変わらない不変の真理であり、今更それに対して驚きや後悔や恐怖を抱くのは、未練というものなのだろう。
私は、力が落ちるので煙草も酒も暴食もやらなかったが、そんな私でも他の同年代の人々よりも先んじて癌という死の病にかかることもある。
その、運命の理不尽さに対しても、私は「そういうものなのだ」と、ストンと受け入れることが出来た。
これは、この四十年の短い人生をすべて心身の鍛錬に費やした一つの成果と言えるだろう。
…………惜しむらくは、あと少し。
あともう少しだけ時間が残されていれば、あの先の見えない問い掛けに対して、ひとつの答えが見出だせるような気がしていたのだが……。
まあ、それも未練というものなのだろう。
ひたすら鍛錬に身を捧げた私の人生は、何も結実することなく未達のまま終わるのだ。
…………否。今はそれもまた良しと、死を目前にしてこの穏やかな心持ちであるだけでも、この私が研鑽を積んだ四十年が無駄ではなかったのだ
と確信を持つことが出来る。
初美は……先に逝った私の妹は、今の私の姿を見てどう思うだろうか。
面白味も何もない、平坦で砂漠のような人生を歩んだこの私を、「情けない」と笑うだろうか。それとも、「お疲れさま」と労ってくれるだろう
か。
ああ、初美。
私ももうすぐ、そちらに向かうぞ。
幼い頃、この手から取りこぼしてしまった最愛の妹と、もう一度再会出来るのなら、死出の旅もそれほど悪くはないと、そう思えるのだ。
ただ、もし輪廻というものがあるのなら、次は病に負けぬような、強い身体になれれば――――
そう思った瞬間、私は体に襲いかかる急激な虚脱感とともに、暗闇の中に意識を手放した。
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