二話「チャイム」
鬼村は古い一軒家に住んでいる。四十の女一人暮らしに、はたして5LDKの庭付き一戸建てが必要なのかは疑問だが、随分古い家なので意外と安く購入出来たのかもしれない。神経質なうえに妙なところでこだわりをみせる彼女の性格を考えれば、壁一枚隔てた所に赤の他人が暮らしているというのは耐えられないのだろう。まあどちらにせよ、急に奇声をあげたり家中を何時間も歩き回る彼女に、周りの人が耐えられなくなる方が早いだろうが。
私は鬼村の家で、あがったばかりの原稿のチェックをしていた。
「これ、こないだの」と原稿を差し出しながら鬼村は嬉しそうに言った。確かに、この間二人で体験したこの世のものとは思えない怪現象の話が書いてある。喫茶店がほとんどトラウマとなっている私に対して、ニヤニヤと変質者じみた笑みを浮かべる鬼村のなんと邪悪なことだろう。
呆れながらも原稿を読み進めていくうちに、ふとチャイムの音が家の中に響いた。私は顔を上げる。
「私出ますよ」
「いい」
鬼村は立ち上がりかけた私を無造作に制した。かといって自分が玄関に向かうそぶりもなく、ただ椅子に座ったまま動かない。一度目のチャイムの余韻が消えた家の中に、二度目のチャイムが鳴り響いた。
どうして応えないのか。訝し気に私が彼女を見つめていると、三度目のチャイムと同時に彼女は困ったように笑った。
「あんた気づいてないの? うちにチャイムないんだよ」
ピンポーンと四度目のチャイム音。何故だか一度目から次第に大きくなっている気がする。
鬼村はこともなげな態度で机の上の書きかけの原稿に目を落としながら言った。
「帰るのは暫く後にしな。それまで外見ちゃだめだよ」
嗚呼、この作家の担当を辞めたい。
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