巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~

さけおみ肴

第1話 冬の朝

 ふっと意識が浮上して、真っ暗な部屋の中に朝の気配を感じ取る。

 と同時に顔がすっかり冷えきっていることに気づいた。

 はやく起きなきゃ……と思いつつやっているのは真逆のこと。かいまき布団から出るどころか襟元を鼻の頭まで引き上げている。


 ビロードのふわふわで滑らかな感触に顔半分を覆われて、ほうっとため息がもれた。

 一度空気の冷たさを意識してしまうと布団の中のぬくもりが何物にも変え難い。

 だけど、もう起きなければ。


「ううぅ……ううー」


 眠気と寒さに負けそうになりながらもなんとか身体を起こして、布団にくるまったまま足袋を二枚重ね履きする。こればかりは行儀が悪くても見逃してほしい。

 それから枕もとの服一式――肌襦袢じゅばん、裏地のついたあわせの長襦袢、これまた袷の白衣はくえと緋袴を手に取った。

 シュッシュと衣擦れの音をさせて着替えをすませると先ほどよりは意識がはっきりする。

 防寒に山葵わさび色の綿入れ半纏をはおり割烹着を着て、肩下まである髪を頭の上の方でくくれば準備万端だ。


「……よしっ」


 小さく気合いを入れて腕まくりし、まずは布団をたたんで衝立ついたての奥へと運ぶ。

 明かりはなにもないけど、暗闇でもどこになにがあるかは手に取るようにわかるから転んだりぶつかったりすることもない。

 セルロイドの湯たんぽを小脇に抱え、寝起きしている納戸からお勝手へそろりと出る。

 土間で草履ぞうりをつっかけて勝手口から外に出ると、凍てつくような寒さに全身がぶるりと大きく震えた。


「ひゃーさむさむ!」


 屋敷の裏手は崖沿いなので日中でも陽が当たらず冷気の溜まり場のようになっている。

 夏はひんやりして快適だけど、冬の寒さといったらそれはもうとんでもないことになっている。井戸端の洗面だらいに湯たんぽの中身を移せば、ぬるま湯にもかかわらず白い蒸気がもくもくと立ち昇った。


 熱いお湯でも入っているのかと錯覚しそうなそれは急激に冷水と変化していく。

 わたしは急いで顔を洗い、次いで歯磨きをすませて身支度を整えた。

 そこでようやく心身ともに目が覚めた心地がする。


「………………」


 外は凍えるほど寒いけど、すぐには中に入らず屋敷の裏手から玄関口へ足を向ける。

 はぁ、と真っ白い息を吐きかけながら手をこすりつつ視線を空に向ければ、まだ星と月が冴えざえと輝いていた。


 寒い冬は苦手だけど、わたしはこの夜と朝のうつろう時間が大好きだった。

 氷片をはらんだような空気は厳かで静謐せいひつで、ささやかな星光さえまばゆく見える。

 そのうち空の片側が薄紅と薄紫に染まって、やがてこの里山全体が金色に包まれていくのだ。山の中腹に建つ屋敷からはその様子をあますことなく見渡すことができた。


 でもわたしにはそれをゆっくり観賞している暇はない。

 世話役は早朝から夜遅くまでやることがたくさんあるのだ。


「さてと。まずは火を熾して、お湯沸かして、姫様の部屋をあっためて……」


 朝食までの行動をざっと挙げていき、段取りを考える。

 今日の朝餉は七草粥。つけあわせのお漬物はなににしようか?


 屋敷に入ってお勝手の吊るしランプに火を入れる。

 夜の気配を追いやると、暗い土間の輪郭がぼんやりと浮きあがった。

 さぁ、朝の始まりだ。

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