第2話 剣士グレオ

 酒場の扉を押し開けた瞬間、ざわめきと酒の匂いがアルガスを包み込んだ。木製のテーブルと椅子が所狭しと並び、冒険者たちは笑い声をあげながら酒を酌み交わしている。遠くではグラスが割れる音が響き、床にこぼれた酒が靴底を軽く吸い付けた。


 アルガスは扉を閉め、店内を見渡した。


「さて……この旅にふさわしい仲間を見つけなくては」


 独り言を呟きながら、彼は人混みを避けて奥へと進んだ。


 魔王討伐――もとい、魔王との交渉という途方もない任務を背負うアルガスにとって、仲間選びは極めて重要だった。適切な人材を見極めなければ、任務の失敗どころか命を落とす危険すらある。


 その重圧を意識しながらも、アルガスの瞳には迷いはなかった。


 そんな時、懐かしい声が喧騒の中から響いた。


「おい、アルガス! やっぱりお前だったか!」


 豪快な声とともに、人ごみをかき分けて現れたのは、背中に大剣を背負った筋肉質の男――グレオだった。その笑顔は太陽のように明るく、彼の存在感を一層際立たせている。


「久しぶりだな、グレオ」


 アルガスは軽く頷いた。その仕草は相変わらず冷静そのものだ。


「お前がここにいるってことは、例の魔王討伐の話、本当なんだな」


 グレオはニヤリと笑いながら近づいてきた。


「お前に必要なのは、俺みたいに腕っ節の強いヤツだろ? どうだ、俺をパーティに入れないか?」


 胸を誇らしげに張る彼の姿は、実直で力強い。だが、アルガスの表情には微かな挑発の色が浮かんでいた。


「自薦とは随分と自信があるな」


 アルガスは腕を組み、意地悪そうに目を細めた。


「理由を聞かせてもらおうか。君が適任だという確信はどこから来る?」


 腕を組みながら問いかけるアルガスに、グレオは気負う様子もなく笑い返した。


「理由? 俺の腕をお前が一番知ってるだろう? 駆け出しの頃、何度もパーティを組んだじゃねえか。それに、今じゃ王都で俺の名を知らねえ奴はいねえぞ」


 彼は背負った大剣を軽く叩きながら、さらに続ける。


「俺の力が必要だって、分かってんだろ?」


 アルガスは短く息をつき、冷静な声で問いかけた。


「例えば、敵が四方から攻めてきて、こちらの布陣を崩そうとしている状況だとしよう。さらに、その中の一体が増援を呼ぶ動きを見せている場合――君ならどう動く?」


 グレオは即座に笑い飛ばした。


「簡単だ。全部まとめて叩き潰す。それで終わりだろ!」


 その無鉄砲な答えに、アルガスはわずかに目を細める。


「なるほど。だが、全てを相手にするのはリスクが高い場合もある。特に増援が来れば状況はさらに悪化する。まず、仲間を呼ぼうとしている敵を止めるべきだとは思わないか?」


 グレオは肩をすくめて笑う。


「だから考えすぎなんだよ、お前は。お前が頭を使う。俺が敵をぶっ飛ばす。それでいいだろ?」


 アルガスは短くため息をつき、じっと彼を見つめた。そして、薄く笑みを浮かべながら言う。


「君はそういう奴だったな。そして、その力は確かに頼りになる。だが、条件がある」


 アルガスの声には重みがあった。


「僕の指示には必ず従ってもらう。それができるなら君を仲間に迎えよう」


「おう、任せておけ!」


 グレオは力強く頷き、拳を突き出す。


 アルガスはその拳を軽く叩き返した。こうして最初の仲間が決まった――が、話はここで終わらなかった。


 鋭い声が二人の間に割って入る。


「グレオ! あんた、まさか私を置いて行く気じゃないでしょうね?」


 声の主はローブを纏った女性だった。栗色の長髪と整った顔立ち、そして自信に満ちた瞳が印象的だ。彼女は腕を組みながらグレオを鋭く睨みつけている。


「おう、悪いな、エリス。しばらくこいつに付き合うことになった」


 グレオが苦笑混じりに答える。


「エリス……か」


 アルガスは呟きながら彼女に目を向けた。エリス――最近、グレオと頻繁にパーティを組んでいるという魔法使い。その実力は冒険者たちの間でも評判だった。


 エリスはアルガスをじっと見つめ、わざとらしくため息をついた。


「あなたが噂の勇者アルガスね。魔王討伐の話は聞いてるわ。面白そうだし、私も手伝ってあげようか?」


「ええっ!? お前もついてくるのかよ?」


 グレオが目を丸くする。


「当たり前でしょ? 私がいれば、魔王なんてあっという間に消し炭よ」


 エリスは得意げに笑い、胸を張った。


 だが、アルガスは冷静だった。彼女をじっくり観察し、静かに口を開く。


「あいにく、君をパーティに迎える予定はない」


 エリスの笑顔が急に凍りつく。


「……は? どういう意味?」


「君の実力は評価している。だが、冷静さを欠いた行動は、チームにとって致命的だ」


 アルガスの言葉には微塵の躊躇もなかった。エリスは目を細め、声を低くして問い返す。


「冷静さを欠く? それ、具体的にどういうこと?」


 アルガスはまっすぐ彼女を見据えた。


「例えば、3ヶ月前のウルフ大討伐――広範囲魔法で味方が巻き込まれた件を覚えているか?」


「3ヶ月前……?」


 エリスは眉をひそめ、記憶を探るような仕草を見せた。そして、ハッとした表情になる。


「あ、あれは……囲まれて、色々と大変だったからで……」


「そうだ。状況が複雑だった。それこそ、冷静さが求められる場面だ」


 アルガスは間髪入れずに言葉を重ねた。


「その時、敵を一掃することに集中するあまり、君は仲間の位置を確認しなかった。それが結果的に、味方の負傷につながった」


 エリスは反論できずに押し黙る。


「……いいわ。アタシの実力、見せてあげる。それで納得するでしょ」


「お、おいエリス。ここじゃ流石に――」


 グレオが止める間もなく、彼女は右手を掲げた。


 エリスが怒りを抑えるように深く息を吸い込んだ刹那――空気が凍りついたかのように重くなった。周囲の笑い声も途切れ、冒険者たちは思わず会話を止めて彼女の動きに視線を集めた。

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2024年12月22日 18:00 毎日 18:00

勇者はすべてを論破する 福本サーモン @fukumoto_salmon

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