第3話 「蛇神様」

 実は、この私の市には奇妙な伝説というか言い伝えがあって、それはどんなものかと言うと要は大蛇伝説なのだが、何でも今から約千年ほど前に、山沿いの村に全長10メートル以上もあろうという大蛇が、突如、出現したと言うのだ。


 結局、3人の若者が自ら志願して決死隊を結成し、その大蛇を退治。


 後に、その大蛇のたたりを恐れて「蛇神様」の祠も建てられたとの話である。

 ただ、この「蛇紙様」の祠は現在残っていない。そういう訳で、今でも私の住んでいる市には、北蛇谷村と南蛇谷村と言う村名が今でも残っている程である。


 私個人の考えでは、その村の付近にはラジウム鉱泉もある事から、遺伝子の突然変異による大蛇の出現の可能性も否定できないかもしれない。


 が、こんな北陸の地に全長10メートル以上もあろうという大蛇が存在できるとは生物学的に絶対にあり得ない話である為、この大蛇伝説は、大蛇(おろち)のように残忍な盗賊がいて、それを当時の村人が退治したのであろうと推論しているのだ。


 が、それにしても、あのお金持ちで何の不自由もない若く美しいお嫁さんが、「蛇神様」に祟られ、発狂し自殺してしまった事だけは、紛れもない事実であった。


 しかも、間髪をいれず、次なる奇怪な事件が、またも勃発。


 今度も、私の家から3軒目、先ほどの奥さんの家と道をはさんで丁度正反対の方向の家に住んでいる原さんと言う女子大生が、両親と祖父を自宅の納屋にあった大型の鉈(なた)で惨殺。自分も灯油を浴びて全身火だるまのまま、焼死してしまったのである。


 犯行は夕暮れ時であり、殺害された時の家族の大きな絶叫が、丁度その時家にいた私の妻にも聞こえたと言うが、その直後、現場に踏み込んだ警察も目を覆うほどの非道い事件であったと言う。


 父親と祖父は、鉈で滅多切りにされていたのみならず、特に、母親が非道かった。  まるで時代劇の小説に出てくるように「真っ向唐竹割り」されており、頭頂部から臀部にかけて真ん中で、左右に綺麗に(?)切断されていたと言うのだ。


 八畳のリビングルームの丁度真ん中で、バックリと切断された、人間の胴体。おお!考えただけでも、吐き気を催すようなおぞましい話ではないか!


 この女子大生は、小学校時代から剣道を習っており、確か、高校の時は県大出場もしたほどの腕力を持っていたのは事実だが、その後、私の一人娘も通っている地元の大学の福祉学科へ進学し家族仲良く暮らしていた筈で、両親や祖父を惨殺する理由など微塵も存在しない幸福な家庭であった筈だった。


 事件後、彼女の死体は司法解剖されたものの、特に変わった所見は無く、この事から、一時的な精神錯乱事件として片付けられてしまったのである。


 ほぼ1週間の間に、近所の2軒の葬式の手伝いに駆り出された私は、相当、精神的にも肉体的にも参っていたのだが、更に、追い打ちをかけるような怪事件が、次々と起って来たのである。


 まず、葬式の手伝いが終わってやっと出勤した私に、この4月に私の施設に就職したばかりの職員でその名を石嶌聖美(いしじまさとみ)と言うのだが、その女性職員からある相談を持ちかけられたのだった。彼女は、あの変態と噂される林達夫施設長の鶴の一声で採用された職員であり、職種は介護職員であるが、その美しさやスタイルの良さと言う点では、事務員の松浦宏美を遙かに凌駕していた。


 ただ、組織図や命令系統から言えば彼女の直属の上司は高橋春男介護係長であって、私ではなかったのだが、高橋はそのあだ名が「歩く生殖器」と噂される程のセクハラ男であり、女性職員の評判は大変に悪かったので、多分、私への相談となったのであろう。


 その彼女からの相談とは非通知電話の件で、今の時代何処にでも転がっていそうな話であったが、事はしかしそう簡単ではなかったのである。


 その非通知電話は、4月の就職以来、彼女の自宅へは勿論、彼女のスマホにまで100回以上も掛かって来たと言うのだ。しかし彼女は、特に仲の良い女子職員や友人以外、自分の携帯電話番号は誰にも言っていないと断言したのだ。勿論、着信拒否にしたのだが……。


(ここだけの話であるが、あの林施設長が採用を条件に、彼女のスマホの電話番号やメルアド、ラインを教えて下さいと頼んだらしいのだが、ものの見事に断られたと言う。だから、彼女の言うとおり、彼女のスマホ情報等を知っているのは少人数だと言うのは事実なのである)


 そういう訳で、私としては、とりあえず警察のほうに被害届けを出しておくよう指示するしかできなかったのである。


 さすがに、彼女の相談に乗ったその日は疲れ切っており、自宅に帰った私の部屋には、ホラー小説を書くためにと、30数年前頃から収集していたホラー小説は勿論、ホラー漫画や、ホラー映画をダビングしたDVDRが山のように散乱していたが、とても片づける気にもならなかった。いつの間にか、私の部屋はホラーの巣のようになっていたのだった。


 その後、約2週間は、何事も起きなかった。


 しかし、またもや異変が起きた。


 それは、私の部下の田辺君がスマホで職員のスナップ写真を撮って、それを印刷した時の事である。事務職員や介護職員が、仲良く写っているスナップ写真の筈であったが、何とその写真の片隅に、あのお婆さんが見たという「死に神」の姿が、背景に、確かに写っていたのだと言う!


 職場は、女子職員の悲鳴で一時騒然となった。田辺君は焦ってオロオロになった。  そしてどうしようもなくなった田辺君は、その心霊写真もどきの写真を、ライターで火をつけて即座に処分したのである。そのため、結局、私はその写真を確認する事ができなかった。


 更に、5月に入ってからの事である。


 今度は部下の事務職員の松浦宏美の母親から、緊急の相談を受ける事となった。その日は、松浦宏美は朝から職場を休んでいたのだが、昼過ぎに、松浦の母親から娘の状態がおかしいので家に来てくれと、泣くような声で電話があったのである。 あの林施設長にも相談したら、何はともあれ、直ぐに自宅へ行けと命令された。


 何でも母親の話では、前日の夜、職場で幽霊(例の「死に神」か?)らしき存在を目撃してからと言うもの、職場に行くのが怖くなったとの本人の弁で、朝から自宅のトイレの内側から鍵を掛けてもう3時間近くもトイレから出ようとしないのだと言う。


 どうも完全なノイローゼ状態であるらしい。


 松浦宏美は、私と松浦の母親の懸命の説得により、その後3日間休んだ後、何とか職場に復帰できたたものの、以前に比べて数段やつれていた。仕事中にも、恐怖に震えるような仕草をした。誰が見ても明らかにノイローゼのようであった。


 先の石嶌聖美の件と言い、この松浦宏美の件と言い、いくら上司とは言えどうもしてやれないような不可解な事例を抱え、私自身もほとほと弱ってしまったのだった。   しかも、あまりに色々な問題が次々に生じてきたので、思い余って私が相談しようとしていた高橋介護係長本人が、何と、勤務時間中に、この施設の空き部屋で別の若い女性介護職員とHな行為をしていたと言うのである。


 この話は、あの無言電話の相談を私にして来た石嶌聖美が、施設の見回り中に一番端の空部屋で変なうめき声が聞こえたので、恐る恐る戸を開けてその現場を目撃したと言うのだから疑う余地が無い。


 しかもその事実を、林施設長に大至急伝えなければと施設長室に飛び込んで行ったところ、今度は、林施設長自身が、石嶌の話に耳を傾けるどころか完全に聞き流し、「歩く生殖器」と噂される高橋介護係長以上の嫌らしい目つきで、石嶌聖美の顔から胸、腰回り、そして下半身まで、まるで蛇が蛙を見つめるような目で、ゆっくりと見廻したと言うのである。


 しかもその時が問題なのだ!


 何と、林施設長の舌なめずりする赤く長い舌が、あたかも蛇男の舌のように二股に分かれてチロチロと動いて見えたと言うのだ!これじゃ、正に、「蛇人間」ではないか?それにしても、まさか、あの林施設長が蛇人間だったとは!


「もう、この施設は、妖怪の集まりですか?変態職員の巣ですか?私も、松浦さんのようにノイローゼになりそうです。もう、直ぐにでもこんな施設は辞めたいです」と、泣くように私に愚痴を言われ、何とか彼女を引き止めようと頑張ったものの、若い女性の扱いに関して慣れていない私には、誠心誠意、ただただ説得するしか他にいいアイデアは出なかったのである。


 ちなみに彼女は、南蛇谷村の出身であり、これも、林施設長の件に何か関係しているのかも知れない、と、そう考えてみるぐらいが精一杯であった。


私の近辺では、その後も、現実離れしたような怪事件が続発し続けたのである。


 ともかく何処からかは分からないが、ヒタヒタと迫り来る恐怖に、言葉にできない不安感に襲われるようになった。私はその謂われの無い不安感から脱出するためも、例の『針いっぱいの密室の部屋』の執筆に没頭した。


 ともかくホラー小説を書く、ともかくホラー小説を出版する。その執念だけで、毎日を生きているようになっていた。


「お父さんの顔、怖い!」と、とうとう、一緒に住んでいる私の大学生の一人娘から言われるようにまでなってしまったが、私はこれも小説のためにと敢えて娘の苦言を聞き流していた。


 しかし、私自信にとっても、更に、大きな事件が起きたのである。


 あの近所のお嫁さんの全裸自殺事件から、3箇月近く経った時、今度は、この私までが警察に尋問されるような、猟奇的事件が私の施設で起きてしまったのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る