5-4:お前には、きっちりここで償ってもらう
やっぱり、間違いはなかった。
念のため、町の中に出てみた。なんの変哲もない住宅街。僕は数日前、一軒の家の前で幽霊を見た。
そして、一つの変化を目撃した。
家の住人も外に出ている。目立った変化は見られないけれど、男の人の幽霊はもう近くでは見つからない。
思った通りだ。
『この方法』でなら、あいつを止めることができる。
ショコラ。
あいつは、きっと大きな力を持っている。好きなように人間の心に干渉して、幽霊を見させて殺すこともできる。
だから、誰もあいつには太刀打ちできない。
でも、あいつには『弱点』がある。調子に乗って、今まで人を殺してきたから。
胸の奥が締め付けられる。
どうしても、怖いとは思う。けれど、逃げるわけにはいかない。
僕はもう、気づいてしまったから。
最後に一度、顔を見ておきたかった。
ユーちゃんとサッちゃんが死んだ場所。今もガードレールの前には花が供えられている。
ミズナちゃんは今も、横断歩道の真ん中に佇んでいた。
こんな日が来るなんて、想像もしていなかった。いつか一緒に地獄に行こうって、前に約束をした。僕たちは『地獄同盟』なんだって。
だから、あの約束を守らなきゃ。
「ミズナちゃん。もうすぐだから」
道路の先へ向けて、僕は言葉を発する。
待っていて欲しい。
「僕が、お母さんに会わせてあげるから」
あまり気は乗らない。
でも、今は好き嫌いを言ってはいられない。これからのことに関しては、『こいつ』の協力が不可欠になるんだから。
記憶する道を辿り、一軒の家の前で立ち止まる。今はまだ空が明るく、光の色もオレンジじゃない。前に見た時とは違い、家の色もあまりぼんやりとは感じなかった。
黒い鉄製の門は閉まっている。そこの下を潜り抜け、庭先に忍び込んだ。
あとは、ただじっと待つだけ。
今日は土曜日のはずだ。アツヤも家にいたけれど、ずっと部屋に引き籠もっていた。
中にいるのか。それとも出かけているのか。どっちにしても、僕に出来ることは待つことだけだ。
そうやって、一時間近く座っていた頃だろうか。
ゆっくりと門が開かれる。
今日は学生服ではなく、灰色のパーカーに白のジーンズ。「あれ?」と僕を見るなり動きを止め、しばらくその場で固まっていた。
あえて、僕は声を出さない。
無言でじっと見据え続け、伝えたいことがあると訴える。
「どうして、僕の家に」
隆太は両目を見開き、ぼんやり僕を見下ろした。
ちょうど、家族は留守だったらしい。
隆太は前と同じ部屋に僕を招き入れ、困惑したように顔を見据えてくる。
「何か、用があるんだよな」
隆太は絨毯の上に膝をつき、「うーん」と胸の前で両腕を組んだ。
本当は、わかっているんだろう。
僕は目線で問い続ける。
隆太は、事故現場にいる僕を遠目に見ていた。ミズナちゃんの幽霊が写真に収められたのも知っている。
だから、僕の用事も察して理解しているはず。
僕とミズナちゃんには繋がりがあって、その件でここに来たこと。
「僕の言葉は、わかるのか?」
不安そうに眉をひそめ、隆太が問う。
前足を軽く動かし、絨毯の上に置いた。
「幽霊とか、その関連の何か。それで、何か言いたいのか」
アツヤほどじゃないけれど、少しは察してくれている。
隆太の喉が動く。緊張しているのが伝わってきた。
「ミズナちゃんの、こと、なのか?」
恐る恐るという風に、僕に問いかける。
どうするか。
こいつの今の様子だと、下手に動かない方がいい。もし、僕がどこかへ視線でも向けようものなら、そこに『誰か』がいるって思いそうだ。
だから、僕はじっと両目を見続ける。
「そうなんだな。それで、ここに来たんだな?」
隆太は次第に、呼吸が乱れてきた。
「ごめん。ちょっと待ってくれ」
おもむろに立ち上がり、机の方へと向かう。ノートを一冊取り出して、シュッとページを破いてみせる。「こうして」とペンを手にすると、何かを書き始めた。
「お前さ、人間の文字はわかるのか? だったら、これで会話するなんてこと、できない、かな」
僕の前に紙を置き、そこに書かれたものを見せる。
『あいうえお』
『かきくけこ』
そこには、ひらがなの文字が書かれていた。
良かった、と安堵する。
僕はたしかに、この文字を知っている。おばあちゃんと一緒にテレビを見る内に、これが人間の基本的な言葉なんだってことを学習した。
たしかにこれなら、自分の意志を伝えられる。
こうして考えると、僕は普通の猫よりも頭がいいのかもしれない。他の猫では、おそらくこうはいかなかっただろう。
「わかるなら、これ、使ってくれ」
隆太はポケットから黄緑の財布を取り出して、十円玉をつまみ上げた。
そして、紙の上へと置いてみせる。
「どうなんだ。わかるのか?」
一歩引き、僕と紙の様子を交互に見た。
もう、十分だろう。
僕は右の前足を十円玉の上に置く。「ああ」と隆太が息を吐いた。
ゆっくりと、僕は文字の上へと移動させる。
『み』
最初の一文字に、十円玉を置いてみせた。
「『み』、それで?」
隆太が声を震わせる。
続けて、二文字目、三文字目と移動させた。
『す』、『な』。
濁点は必要ない。続けて三文字、隆太に示した。
「『み』、『す』、『な』、『け』、『し』、『て』?」
文字を読み上げ、不可解そうに僕を見る。
「『ミズナ、消して』。そう、言いたいのか?」
隆太の顔が青ざめる。
僕は静かに、隆太の顔を見つめてやった。
そうだ。その通りだ。
僕は約束を守らなきゃならない。ミズナちゃんを、いつまでもあんな状態ではいさせられない。
そして、お前に拒否権はない。
瞬きもせず、僕は怯える顔を見つめ続けた。
ミズナちゃんには、もう『こうする』しかない。
隆太。お前には、きっちりここで償ってもらう。
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