蒼い光の先へ

飾磨環

第1話

 私は女優になりたかった。


 京都の故郷を後に、上京してきて養成所に入った。初めて来る東京。京都とは空気が違う。私、蒼井美空あおいみくは、ここでやっていけるだろうか。女優になると意気込んで来たのはいいものの、自分に自信がなかった。夢見るメディアの世界は私にとってはキラキラしすぎているかもしれない。今まで、人の影に隠れて生活してきた。学生時代もクラスの中心ではなく、教室の隅で、一人ぼーっと空を眺めているような人間だった。でも、テレビで好きな女優に憧れて、自分も演技をやってみたいと思うようになった。その女優は私より一つ年下だが、子役から活躍している実力派で、小柄だけど、演技は堂々としていて素晴らしかった。私もこの女優みたいになりたい。いつもテレビを齧り付くように観ていた。そんな私が、本当に女優になろうとして、今ここに立っている。不安で、手のひらが汗ばむ。昔から緊張すると手に汗をかいた。それがコンプレックスですごく嫌だった。でも私のネガティブな心と同じように、ずっと治ることはなく共に歩んできた。友達はできるかな? 知り合いがいないけど大丈夫かな? そんな不安が、頭の中をぐるぐる巡る。


 養成所で、のちに美空の所属する『Twinkle Drops』の桜庭凛さくらばりんと出会うが、その時は、ここまで仲良くなると思っていなかった。養成所時代は、凛とは付かず離れずの関係を保ち、特に親密にもなることはなかった。養成所時代が、楽だったかと言えば、そんなことはない。慣れない演技のレッスンの連続で、自分が選んだ道ではあったものの、心が折れそうになったことも何回もあった。内気でおとなしくコミュニケーションの苦手な美空は、そんな時、家族に電話をした。一人東京に来て、初めての一人暮らしをして、今まで、五人兄妹の末っ子として生きてきた美空にとって、家族の存在はとてつもなく大きかったし、兄妹も両親も大好きだった。その中でも特に電話をかけたのは、姉と母親だ。ホームシックにならないわけはなかったし、東京に来て友達らしい友達もまだできていなかった美空は、家族とする電話が何よりも心の安定剤だった。

『どう? そっちは? もう慣れた?』

「お姉ちゃん、まだこっち来て一ヶ月も経ってないんだよ? 慣れるわけないよ」

『そう? それにしては元気そうじゃん?』

「これは、お姉ちゃんと電話してるから、元気を振る舞ってるの」

『そうですか。本当は元気じゃないって言いたそうだね……』

「そういうつもりでもないけど、ほら、一人で寂しいじゃん? お姉ちゃんの声が聞きたくなる気持ちもわかってよ」

『友達まだできてないの? 美空は本当に内気だねぇ』

「仕方ないでしょ! 性格なんだもん。そう簡単に治らないよ」

『大丈夫。美空は私の妹だもん。きっと素敵な友達ができるはずよ。そうクヨクヨしないで、元気出して!』

「ありがとうお姉ちゃん。やっぱりお姉ちゃんと電話して良かった。また電話するね」

 いつでも電話してきなさいと言って、お姉ちゃんは電話を切ってしまった。このまま電話を繋いでいても、美空が電話をなかなか切らないことを知っているからだ。まだ話したいことあったのにと思ったが、元気になったのも確かだ。また、明日から頑張ろう。そう思いながら眠りについた。

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