第7話 お側に仕えられることが喜びです

 「……ん……?」


 どこか遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。薄目を開けると、視界には安らかな光が差し込んでいた。やわらかなベッドの感触に包まれながら、俺はぼんやりとまばたきを繰り返す。


(ここは……そうだ、転生してから滞在しているリスタウンの宿か。身体が妙に軽いな……疲れがない。ああ、そうか、昨日はアメリアのマッサージを受けて、そのまま抱きしめられて寝たんだっけ)


 思い出してくると、身体の芯に残っていた疲れがすうっと消えていく気がする。目を横に向ければ、ふと心地よい甘い香りが鼻をくすぐる。黒髪のメイド服をまとった少女――アメリアが、俺の胸に顔を寄せて寝息を立てていた。


「……ん……おはようございます、 ご主人様……」


 俺が動いた気配を感じたのか、アメリアがゆっくりと瞼を開く。その瞳は朝の光を反射し、潤んだまま俺を見つめてくる。ささやかながら幸せな光景に、胸が温かくなる。


「おはよう、アメリア。……なんか、今日も気持ちよく目覚められたよ」


「ふふ。ご主人様がよく眠れたようで、私も嬉しいです。今朝はどのようなご予定でいらっしゃいますか? ダンジョンへ向かわれるのでしょうか。それとも、少し街で買い物でも?」


 そう言いながら、アメリアはもぞもぞと起き上がり、ベッドの縁に腰かける。さらりと整えられたメイド服、スカートの裾を直しながら、俺に優しく微笑む。その仕草だけで、日常のあらゆるストレスが溶け去っていく。


(転生して、こんなに素敵なメイドが傍にいてくれるなんて……未だに信じられないけど、これが俺の新しい人生なんだよな)


 思わず頰がゆるむ。アメリアはそんな俺を見て、クスクスと楽しげに笑った。


「ご主人様、どうかなさいました? 少し頰が赤いようにお見受けしますが……」


「いや、なんでもないよ。アメリアがいてくれるから、朝から気分がいいっていうか……」


 言いながら頭をかく俺に、アメリアはパッと表情を輝かせる。


「まあ、嬉しい……! 私はご主人様が少しでも幸せを感じてくださるなら、何よりの喜びです。たとえささやかなことでも、私にとっては最高のご褒美ですわ」


「ああ、ありがとう。それじゃあ、今日はどうしようか……。せっかくだし、まずは軽いダンジョンに行こうかな。手頃なクエストを探して、冒険者ギルドで少し稼いでこよう」


「承知いたしました。ご主人様のご希望でしたら、私も全力でお供いたします。行く前に朝食をいただき、準備を整えましょう」


 そうして二人はベッドを離れ、簡単に身支度を始める。朝食は宿の一階でパンとスープをいただき、部屋へ戻ってから装備を確認。それぞれ使い慣れた武器――俺は短めのバトルナイフとハンドガン、アメリアは優美なレイピアを携えた。


「ご主人様、ナイフと弾丸の点検はお済みですか? ダンジョンに向かうなら、弾が切れてしまうと危険ですし、わたくしが予備を持っておきましょうか」


「うん、予備マガジンを数本だけ頼むよ。アメリアが持ってると、とっさに取り出すときに助かるし」


「かしこまりました。お任せくださいませ」


 そう言ってアメリアは、腰のポーチに俺の弾薬を丁寧に収める。自分のことを後回しにして、俺の武器の状態を優先的に確認してくれる姿勢がありがたい。


(俺だけをこんなにも気遣ってくれる存在がいるなんて……。もっと強くなって、アメリアに頼られるくらい堂々としていたいんだけどな)


 そんな決意を心に抱きながら、俺は彼女に微笑みかける。そして宿を出て、街のメインストリートを歩いて冒険者ギルドへ向かった。


 街の空気は朝から清々しく、大通りには市場で買い物する人や、他の冒険者らしき姿もちらほら見かける。だが、気づけば周囲の目はアメリアに向かいがちだ。清楚でクラシカルなメイド服、その凛とした立ち姿は街の中でもなかなか目立つようだ。


「……アメリア、みんなの視線を感じない?」


「ええ、少し。ですが私は、ご主人様さえ気にかけてくだされば、それだけで十分ですから。周りがどう思おうとも、お側に仕えられることが喜びです」


 アメリアの目には、一点の迷いも曇りもない。その強さと優しさに、俺は感謝と尊敬を同時に感じる。そうして二人手をつないでギルドへ向かい、カウンターへ足を運んだ。


(ああ、そうだ。今、俺はこの世界で生きてるんだ。まだまだ未知のダンジョンがあるけど、アメリアと一緒に成長していこう)


 胸が少し弾む。こんなふうに前向きな気持ちになれるなんて、前世の俺からは想像もつかなかった。これからの冒険を思い描きながら、二人はギルドの扉を開けるのだった。


 ――こうして、俺たちの新たな一日が始まった。甘く穏やかな朝の雰囲気を抱きしめたまま、次なる冒険を手にしようと決意して。

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