傷ついた小鳥を介抱する話
冬部 圭
傷ついた小鳥を介抱する話
「出会いが少ない仕事なんです。良かったら、また声を掛けていただいても?」
妹に友人を紹介したいと言われて、何のことかよくわからないまま連れ出された馴染みの喫茶店。紹介された妹の友人という佐伯小鳩さんからそんなことを言われた。
佐伯さんの言葉は妹の顔を立てるための口上のような気がした。だから、こちらも、
「日曜日の午前は、普段この店にいます。気が向いたら声を掛けてください」
と応じた。
妹はそんなやり取りにやや不満があったようだが、
「まあ、いいか」
と呟いて、それ以上のことは言ってこなかった。
「どういうことか、まだ、理解できないんだけど」
佐伯さんを見送ってから、妹に詳しい事情を聴く。
「佐伯ちゃん、結婚願望はあるんだけど、出会いがないんだって。だから私の知り合いの中で、一番ましな人を紹介してあげるって約束した」
一番ましとか、乱暴なことを。
「別に付き合う必要はないんだよ。誰か紹介してあげれば。あんまり適当なことをしそうにない人がいなくて」
妹よ、それでは君の知人はいい加減な人ばかりということにならないか?
「つまり、彼女の人となりを見て、誰か合いそうな知人を紹介すればいい、と」
丸く、角の立たないような表現で言い直す。
「そう。佐伯ちゃんは真面目でおとなしい子だから、よろしく」
佐伯さんは相談する相手を間違った。そんな気がしたけれど、それならどうしたらよいのかわからなかったので、とりあえず、また会ったときに話せば良いかと、あまり気にしないことにした。
日曜日、佐伯さんが来るかは分からなかったけれど、約束の喫茶店に入る。
いつも通り、ブレンドとホットサンドを頼む。ホットサンドを食べた後、ミステリ小説を読みながら、少しずつ、コーヒーを飲んでいると、佐伯さんが店に入ってくるのが見えた。
「こんにちは。お待たせしましたね」
佐伯さんはそう言って向かいの席に座る。ダージリンを注文した後、
「ミステリ、お好きなんですか?」
と尋ねてくる。
「読んですぐに内容を忘れるから。一年に一度くらい、同じ本を読んでます。経済的、なのかな」
そう言っておどけた後、よく読んでいる作家の名前を三人ばかり挙げる。
「難しくないですか?」
「楽しく騙されればいいんですよ。誰が犯人か当てるのが楽しいって人もいますが」
そんなものなんですねと言って、佐伯さんはカップに口をつける。
「楽しみ方って、人それぞれですから」
それでいいんだと思う。自分の楽しみ方があって、人の楽しみ方にはケチをつけない。そんな単純なことで。
「私、趣味と呼べるほど、打ち込めるものがなくて」
申し訳なさそうに佐伯さんが呟く。別に恥ずかしいことではないと思う。
「歌とか、ドラマとか。そこそこ好きなものがあればいいと思いますよ」
のめりこむものがなくても、それなりに日々が楽しければそれでいいと思う。
「最近、何かドラマか何か見てます?」
話を振ってみる。
「そうですね。例えば」
切ないと話題の恋愛もののタイトルが挙がる。残念ながら僕は見ていないので、詳しい中身まではわからないが、名の通った俳優が主演していたはずだ。そのことを指摘すると、
「そうなんです。彼の演技が素晴らしくて。切ないのはつらいですけど、あんなふうに誰かを想えるってすごいことだと思うんです」
と熱のこもった感想を聞かせてくれる。
「今度、僕も見てみようかな」
興味をひかれたので、そんな言葉を返す。
「是非。感想を聞かせてください」
佐伯さんがあまりに嬉しそうだったので、見逃さないように気を付けないといけないなと肝に銘じた。
そんな話に気を取られていたから、佐伯さんがどんな人が好みなのか、聞きそびれてしまった。誰を紹介するか、糸口も見えないので、また、来週会った時に聞いてみるかとあまり深く考えないようにした。
つまらなかったら、話題に困るなと思いながら、ドラマを見た。
そんな心配をする必要はなかったくらい、ドラマは面白かった。でも、なんと伝えよう。
僕は感想を端的に伝えるのが苦手なので、うまくこの気持ちを表現できる自信がない。まあ、ありきたりの美辞麗句を並べるより、たった一言、「面白かったです」
と言えば良いか。そんなことを考えながら、次の日曜日を待った。
日曜日、いつもの時間に喫茶店に入った。いつもと同じ注文をしてミステリ小説を読みながら時間をつぶしていると、佐伯さんがやってきた。
「こんにちは」
先に声を掛けると佐伯さんは会釈をして向かいの席に座った。
「見ましたよ」
ドラマの話を振ると、佐伯さんは心配そうに、
「いかがでしたか?」
と恐る恐る訪ねてきた。
「面白かったです。心情の描写が美しいですね」
語彙が少ないのであまりうまく感想を伝えられないけれど、できないことを嘆いても仕方がない。
「そうなんです。静かな情熱というか。深い慈しみというか。うまく言えないけれど、心の持ち方が美しいと思うんです」
佐伯さんは一生懸命、感想を伝えてくれる。きっと、あんな恋をしたいんだ。お互いが、相手のことを大切に想い合って。そんなことを考えながら、その日は佐伯さんを見送った。
ドラマの話を熱く語る姿に比べて、佐伯さんは自身のことはあまり喋りたがらない。自己肯定感があまり感じられないのが気になったので、妹に電話で話を聞いてみた。
「あんまり、話すつもりはなかったんだけど」
と前置きをして、
「前に振られた時、つまらないからって言われたのが結構ショックだったみたい」
と教えてくれた。
それは結構辛かったかもしれないと考えながら、佐伯さんが自信を持つにはどうしたらよいだろうかと続けて聞いてみた。
「そんなの自分で考えてよ」
妹は何故か不機嫌になって、電話を切ってしまった。
何か自信をつけてもらうことができないか考えてみたけれど、良い手を思い浮かばなかった。
次の日曜日、同じように喫茶店で佐伯さんと会った。
佐伯さんはずっと、ドラマの話を熱く語ってくれた後、
「私ばかり話してしまって」
と、恐縮した様子を見せた。
「お話を伺うのは楽しいですよ」
と素直な感想を伝えたけれど、額面通りには受け取ってもらえなかったみたいで、少し影のある表情で、
「すみません」
と答えが返ってきた。
「謝る必要はありません。お話を聞いているのは楽しいですから」
もう一度繰り返す。
「たくさん、お話を聞かせてください。ドラマのことも、それ以外のことも。僕はあなたのことを知りたいから」
「でも、私」
その先を言わせないように先に言葉を紡ぐ。
「鳥って、色々特徴があるじゃないですか。で、人の方にもいろいろな好みがある。色が好きだからとか、鳴き声が美しいからとか、強いからとか、愛嬌があるとか。人と人の関係も似たようなものですよ」
そこまで言って、コーヒーに口を付ける。
「でも、私には」
佐伯さんはテーブルのカップを見つめたまま、言葉を継げない。
「僕の友人で烏が美しいという人がいます。ペンギンが強いって人もいます。多分、彼らは烏の美しさ、ペンギンの強さを知るきっかけがあったんだと思います。感じ方は人それぞれなんです。だから、あなたを好ましいと思ってくれる人の手を取ってみてはどうですか?」
言いたいことを言ってみる。
「だけど。私を好ましいと思ってくれる人に、心当たりはありません」
消え入りそうな声で佐伯さんが答える。
「だったら、僕の手を取ってみませんか?」
気障だという自覚はあるが、思ったままのことを口にする。
一瞬、華やいだ表情を見せた後、佐伯さんは真っ赤になって俯いてしまった。
前向きな答えがもらえるといいななんて考えながら、僕は残ったコーヒーを飲み干した。
傷ついた小鳥を介抱する話 冬部 圭 @kay_fuyube
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